願いの強さ
どうすればいいのだろうか。
酷く混乱しながらもなんとかそれを顔に出さないようにしながら彼女は視界一杯に見える男女混合の長い列を見て唇を噛んだ。
これから向かう先に目標がいるからか、全員が剣呑とした空気を纏っていてこの場に充満する気配も随分と物騒なものになっていた。
物々しい雰囲気の中でただ一人、彼女は自分の浅慮に悔やみながらも足を止めることは出来なかった。
目的の場所までもう目前だ。
彼女は震える拳を押さえつけながらひたすらに願った。
どうか神様、あたしに勇気をください。友達を裏切らないための、眩しいくらいの勇気をください。
例えば、そう。何もいわずに友達を助けてくれた狼の彼みたいな勇気を。
長い列の先頭を歩く男が、山道の入り口に足を踏み入れた。
先程から二匹の獣が死闘を演じているが何か大切なことが頭から抜け落ちているような感覚が、ずっと離れないでいた。
二匹は確かに血みどろで、満身創痍なのだがどうしてか消耗した様子が一切ないのだ。
これはどういうことだろうかと衛は首を傾げる。
大切なこと、というよりも狼と蝙の共通点を忘れてしまっている気がするのだ。気のせいだと判断してもいいのだがやはりあるだけの情報を一度整理した方が良いだろう。
まず最初に疲弊した様子が見受けられないのはどうしてだろうか、と考えたところですぐに思い出した。
速度の差があるにしてもあの二匹は傷を再生することが出来る。しかし疲労の色が見えないことはその再生能力だけでは説明がつかないのだ。
どんな体力自慢でもす延々と動き回っていればいつかはぐったりと疲れてしまうだろう。ましてや目の前の二匹は肉体的にも精神的にも疲弊し易いであろう緊張に満ちた戦闘で、呼吸を荒くすることや動きが鈍くなったりといったことがないのだ。もしかしたらこの獣たちは体力といった概念が存在しないのかもしれない。周囲に濡れる血溜まりもただの色でしかないのかもしれない。
衛は眼前の戦闘に集中するあまりここがどこなのか認識していなかったのだ。
ここは明らかに現実ではない。現実でないのなら何でも可能なのかもしれない。目の前の二匹のように無尽蔵の体力を持ち得ることが出来るのかもしれない。
まずは試さなければ何も始まらない。
自分の予想が間違っていて、ただ身一つであの二匹の間に突入していったとしても、衛はきっと諦めないでどこまでも立ち向かうだろう。
鋭さを失った指を握って衛は駆け出した。
狙いはそう、狼だ。
想像するのは正方形で直径三十センチほどの分厚い鉄塊。簡単にいえば巨大化させたサイコロを鉄製に変化させたものだ。明らかに重量のある鉄塊を正面に浮かばせ、それに右の拳を叩きつけて貫通させるイメージを頭の中で繰り返す。
蹴りは論外だ。素人に毛が生えた程度の喧嘩技術しかない衛はほとんど蹴り技を使わない。重心の移動はバランス感覚が必要な足技は素人には無理だ。使ったところで大した威力にはならない上、決定的な隙が出来る。
繰り返したイメージは貫通から徐々に鉄塊をぶち抜くものに変わっていった。
その想像を崩さないように言葉として吐き出していく。
ひたすらに呟きながら鉄塊をぶち抜くイメージを繰り返している衛の前で、狼が蝙の脇腹を、蝙が狼の首に噛みついてとっくみ合った。
それを見た瞬間、衛は駆け出した。
呟きだった声は段々と大きくなり、それに伴って確固たる想像が頭の中で再生される。獣たちの眼球が衛を睨みつけるが彼の眼中にはなかった。
腕を大きく引き絞り、強く踏み込んだ。
目にも留まらぬ速さで振り抜いた右腕は残像を見せながら狼の横っ腹に突き刺さった。
どっ、と衝撃が音になった。拳が毛皮に、肉に、骨にめり込む過程を何もかも吹っ飛ばして衛の腕は狼の体を貫いた。
それだけには飽き足らず、風穴が開いた狼の腹から侵食するように頭の先から尻尾の末端まで、黒い毛の一本すら残さずに消滅した。
圧倒的だった。
たったの一撃で塵すら存在させずに粉砕し、凶悪な攻撃を放った衛自身には傷一つない。
だかまだ蝙が残っている。
狼を消し飛ばしたことを喜ぶのはまた後だと身構えた衛は、自身の目を疑った。
狼に意識を向けていた隙にゆっくりと接近してきた蝙が、衛の腹に入って消えたのだ。
浸透した、といえる突拍子のない光景に困惑するが、すぐに衛は思い出した。
確か狼が飛び出したはずだ。ならばこれはそれと同じことなのだろうか?
そう考えたところで唐突に、衛の視界は真っ黒に塗り潰された。まるで一矢報いようとする狼が衛の頭部に噛みついたようだった。
もがく間もなく、意識が手元から離れていった。




