暖光
衛は目の前の光景から目が離せなかった。
二匹は互いにいきりたち、牙を或いは爪を用いて互いを傷つけ合い、しかしそれでも血液と形容出来る液体は一切流さず、ただお互いをかき消さんとしていた。
どちらが有利だ、などとは言えず、その強さは均衡して動きがなかった。
素人目に見ても、決着はつかないだろうと簡単に予想出来るほどのものだった。
しかしそれでも彼らは手を止めなかった。
本能に従っているだけなのか、何か目的があるのかは定かではない。
「どうしよう……どうしたら、どうすればいいの!?」
ぽろぽろと涙を流しながら最上兄にそう叫んだトーコは混乱の極みにいた。友人が次々と倒れていき、命の危機が迫っている中で自分の犯したとりかえしがつかない大きな失敗。その苛烈たる現実が次々と降り掛かってきた彼女はもうまともに考えることすら出来ずにいた。
そんな彼女に喝を入れたのは最上妹だった。
トーコは頬を押さえて呆然と最上妹を見つめた。
そう、最上妹はトーコの頬を叩いたのだ。
「落ち着いて」
たった一言、彼女はそう言った。
それに重ねるように兄も深呼吸を勧めた。
深く呼吸を繰り返して多少落ち着いたトーコはこれから先どうすればいいかを考える。神社をぐるっと見回して、トーコはふと気づいた。
もう既に日が落ちているため非常に見づらいが、赤い点々が階段に向かって伸びている。
トーコの視線を追った最上兄が口を開いた。
「血だね。ボクたちが来る前に怪我をした誰かここから離れたみたいだ」
そっか、と大して興味のない様子で頷いた。それもそのはずトーコはつい先ほどまで気を失っていたのだから何があったのかわからなくてもおかしくはない。
降魔師たちは大怪我ながらも自力で逃げ延びたらしい。切り離された腕を持って。
「とりあえず」
最上兄がそう言いかけたところで小さな風切り音がすぐ傍で鳴った。次いで激突音。木の葉がざわざわと揺れた。どうやら木にぶつかったらしい。
警戒して立ち上がった最上兄妹が鋭い視線を木が揺れた辺りに巡らす。
呻き声が小さく聞こえ、目の前の腰ほどの高さの茂みが左右に割れた。
「いっ……てぇ」
額を押さえながら腹ばいになって茂みから出てきたのは半袖に短パンの男子児童もとい韋駄天だった。
「あ……きみは」
「いてて……ん? あーっ! お前はあのときの! ここで会ったが百年目! 絶対にゆるさ、な……こんちゃん!?」
右半身を血まみれにして横たわったお稲荷様を見つけた韋駄天は大きく目を見開き、わなわなと唇を震わせた。
少しの間唖然と彼女を見つめた後、髪がめちゃめちゃに暴れるほどの風を纏ってトーコたち三人を睨みつけた。
「これはおまえらがやったのかっ!? こんちゃんを傷つけたのはおまえたちか!?」
一番小さいトーコよりも二回りは更に小さい韋駄天の体躯からは考えれないほど強い殺気がトーコと最上兄妹に叩きつけられた。
トーコは勿論、最上妹でさえ一歩下がってしまうほどの激怒の風の中で、最上兄はただひとり、小さな神を見据えていた。
「ボクたちじゃ、ない。これは降魔師がやったんじゃないかい?」
韋駄天を見つめたままトーコに確認する。強い恐怖に囚らわれて体が凍りついたように動かせなかったトーコは彼の声にはっと我に返って叫んだ。
「アタシたちがこんなことする訳ない! 紺ちゃんは大切な友達なんだから!」
言うなればそれは心からの叫びだ。
三人を睨みつけていた韋駄天はイチド深呼吸をすると、吹き荒れる風を散らした。
ごめん、と消沈した声色で一言頭を下げると、彼は横たわったお稲荷様の傍に座った。
そしておもむろに彼はお稲荷様の腕のない右肩に触れた。
「もしかして……」
「なにを……」
最上兄が韋駄天の行動を見て小さく呟き、妹が首を傾げて見守った。
次の瞬間、小さな神様の手が淡い光に包まれた。
それはまさしく、以前お稲荷様が衛を治療したときと同じ輝きだった。




