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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
満月の光は優しく
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この世のどこでもない場所

 自分が今どんな状態にあるのかわからない、立っているのか横になっているのかもわからない暗がりの空間で衛ははっと目を覚ました。

 倒れる前後のことはあまり覚えていないがそれよりも前の記憶を遡ることで自分が倒れたことに気付いた。

 誰かの声を聞いたような気がしたが酷く遠い上に不鮮明な声だったせいでその誰かはわからずじまいだった。お稲荷様かトーコのどちらか、という当てくらいは持っているが。

 目を覚ました直後から叩くような頭痛が続いている。更に手足の末端の感覚が酷く鈍い。シルクハット男の拡散する剣で受けた傷のせいなのだろう。おまけに今の自分の体はかなり危ないようだ。漠然としているが命の水と仮に呼称する見えない何かが絶えずこぼれてしまっていることを感じる。

 だとすればここは通称三途の川、正式名葬頭河と呼ばれる彼岸の入り口なのだろうか?

 それにしては川が見えない上、船も見当たらない。というよりも暗闇の中にいるためここがどこかも見当がつかない。

 ふと思いついた衛はポケットに手を突っ込んで中を探りはじめた。しかしお目当てのもの見つからず、ここは三途の川ではないことがわかった。

 探していたのは六文銭だ。

 ポケットに手を抜いてから衛は気づいた。始めから六文などもっていない。何故ならこの現代に、衛の知り合いの誰かがもっているわけがなく、記憶は曖昧だが火葬された覚えもないのだ。それに懸衣爺と奪衣婆の老夫婦の姿もない。

 これでここは三途の川という線はなくなったが、その答えが出ればここはどこなのだろうかと衛は首を傾げた。

 三途の川を通り越して地獄にでも来てしまったのかもしれないが、明かりのない無明地獄など聞いたことがない。とその時、鳥の羽ばたきに似た音が前方から響いてきた。生命の吐息を感じることが出来ないこの場所に鳥が飛び込んでくるとは思えないがせっかくの自分以外の生き物だ。多少は気が紛れるだろうと衛は座って待つことにした。ここでは暗闇ながらも衛の目は利かない。ならば動かない方がいいだろう。

 次第に近づいてくる羽ばたきがすぐ目の前まで飛行してきた瞬間、衛は思い切り後方へ跳び退いた。

 あれは鳥なんて可愛いものではない。衛の背丈よりも大きい化け蝙だった。

 眼前まで迫ってきてようやく視界に映ったのだからこの空間はやはり異常だ。もしかしたら視力だけではなく身体能力全体が落ちているのかもしれない。

 あの蝙は衛の顔面に喰らいつこうとしていた。敵意があると見て間違いないだろう。しかし相手は飛んでいて攻撃手段が大きく制限されてしまう。

 攻めあぐねている衛を嘲笑うかのように蝙は高く上昇した。数拍の間の後、蝙はその巨体に見合った牙を剥き出しながら急下降した。

 鼻先で空気は噛んだ牙が大きく打ち鳴らされた。その瞬間、衛の脳裏に自分の頭が食いつかれもぎ取られる映像が明確に浮かんだ。

 そのあまりの鮮明さに衛は思わず尻餅をついてしまった。

 静止していた蝙が口角を吊り上げた気がした。

 蝙は綺麗な弧を描いて一回転し、その勢いのまま衛の頭部目掛けて飛びかかった。

 刹那、衛の腹から半透明の何かが飛び出した。

 それは衛に飛びかかる寸前の蝙を体当たりで押し退けて衛から離した。

 蝙は地面に叩きつけられそうになるもその大きな翼で力強く羽ばたいて体勢を整えると事なきを得た。

 一方は牙を剥き出して威嚇する蝙。

 一方は低く唸りながら睨みつける真っ黒の何か。いや、衛はそれを知っている。

 この暗闇に溶けてしまいそうなほどの黒を纏った狼。


 視界の外からふらりと巫女装束が倒れ込んできた。いや、お稲荷が倒れてきたのだ。

 バランスを崩して倒れかかるもトーコはなんとかお稲荷様を抱き止めることが出来た。しかしお稲荷様の体が驚くほど冷たかった。トーコは衛を心配するあまり、片腕を失いほどの大怪我をお稲荷様が負っていることが頭から抜け落ちていたのだ。

 さぁっと顔面蒼白にして抱き止めたお稲荷様をゆっくりと寝かせ、頭を膝に乗せた。

 最上兄妹も慌てて駆け寄り脈を計り、切断面をハンカチできつく縛ったりと出来うる限りのことをしたがその甲斐性なく、彼女は静かに目を閉じた。

 自分の失態にいよいよ絶望したトーコは今にも溢れそうな涙をこらえて必死に呼びかける。

「少し寝れば治るから」

 心配しないで、と眠たげな眼でトーコに伝えて、お稲荷様は再び目を閉じた。

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