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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
満月の光は優しく
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「トーコちゃん!?」

 気を失っているのだろう。焦燥混じりのお稲荷様の呼びかけにぴくりともしなかった。

 ぐったりとうなだれて動かないトーコを見て、お稲荷様が青い顔を更に青くしていた。

 トーコと出会った日の再現に、衛は鋭い視線をシルクハット男に突き刺した。しかし男は少しもその眼光に怯むことはなく、にやにやと嫌らしい笑みを浮かべて衛の全身を舐めるように見回した。そうしてから自分の腕の中に目を落とすと気持ち悪い笑顔を更に深くしてこらえきれないとばかりに笑い声を漏らした。その様はまるで腐った林檎が不恰好にひしゃげるような姿で、まん丸と膨れた輪郭や弛んだ頬肉が瓜二つだった。

「ヒッヒヒッ! 久しぶーりデスねぇ」

 気分の悪くなる笑い声を上げると、男は恰幅のいい体を大きく揺らしながら衛に近づいてきた。

 何を詰め込めばそのように大地を振動させることの出来る体になるのかわからないが、どこからどう見ても不健康で運動不足の体をスムーズに動かして衛を見下ろす位置にまで接近した。

 人質を取られているせいで何も出来ない衛は歯噛みし、悔しげな表情でシルクハット男を睨みつけるが男はますます気を良くした。

 気持ち悪い笑顔を嗜虐的な笑みに変えてでっぷりと張り出した腹を撫でた。

「ヒヒッ、アナタと会うのもこれ限りデスヨ。この町にいるモンスターたちはみぃんな消えちゃウんだからね。クヒッ」

「どういうこと、なの?」

「フヒッ、やぁっぱリ知らないんデスねえ。そのまま、クヒヒッ、何も知らないまま死んでしまいなサイ! ヒーッヒヒヒ」

 抱腹絶倒の有り様で耳障りな声を上げる男の隙を必死で窺うが、大口を開けて笑っているにもかかわらず全く隙という隙を晒さない男は以前とはまるで違って見えた。下手に動いてしまえばトーコに危害が加えられかねない。ならばどうすればいいのか。

 何か使える物はないかと辺りをさり気なく見回すと、視界の先でお稲荷様がじっと自分を見つめていることに気づいた。

 強い眼差しに何かメッセージを込めているようで、お稲荷様はゆっくりと腕を動かしていった。そうして緩慢な動作で未だに馬鹿笑いし続ける男に気取られないようにそっと小石を握り込んだ。

 その行動を見て衛ははっとした。

 お稲荷様の位置は肥満男の右後方だ。その位置からならば何らかの行動で男に一瞬でも隙を作ることが出来る。お稲荷様は自分の怪我を押してまで、自分の命を危険に晒してまでトーコを助けようとしている。だったら自分も命を掛けて二人を守ろう。それが人間として、いや男としてやらなければいけないことだ。

 お稲荷様がゆっくりと腕を振り上げる。

 その動きに合わせて衛は片膝を立て、逆の足首をしっかりと地面つけた。

 大切なのはタイミングだ。早すぎても男に止められてしまうだろうし、遅すぎてもお稲荷様が危険だ。お稲荷様と息を合わせなければシルクハット男の隙を作ることは出来ない。それどころかトーコに何かされてしまうかもしれない。チャンスは一回きりだ。リトライなんて便利なものはない。

 早くなる呼吸を抑えながら滲んだ手汗をそっと服で拭った。

 お稲荷様の手首が動く。その動きを注視してその一瞬を見極める。

 網膜に映し出された白い腕がスローモーションで動く。骨が浮き出る様子も血管が伸びるのも、皺の一つ一つさえも見えるほどに拡大された映像が緩慢と進んでいく。

 五本の指が徐々に開いていき、手首が柔らかく躍動するのを見届けて、衛は地面を強く踏みしめた。

 ふっ、とお稲荷様が息を吐いた。

 完全に開いた手の平から小石が飛び出して、一直線に男の背中に引き寄せられていく。

 わずかな砂を散らしながら角張った石ころは衛の視界から消えた。

「ヒーッヒヒッヒヒ! ん、なんデスカ?」

 男が振り返った。肥満体型と通り、首にもみっちりと脂肪が詰まった男は首だけを向けることは出来ない。それはつまりお稲荷様の方に体を向けるということになる。そして、そこに確かな隙が生まれる。

 地面につけた左手に砂を食い込ませて、衛は倒れ込む形で男の背中に体当たりをかました。

 猛烈な勢いで地面を蹴ったせいで足をつけていた場所はえぐれ、衛の後ろに多量の砂が飛び散った。

 片腕のない人間たちいるはずだが、衛にはそんな些細なことなど眼中になかった。

 人外の視覚が映し出した光景で、頭がいっぱいだった。

 それは即ち、衛に押し倒されて顔面から倒れる男の腕から、トーコが離れたということだ。

 肥満男をクッションにして倒れた衛は素早く立ち上がると一目散に地面に倒れたトーコを抱えてお稲荷様のところまで駆け抜けた。

 青ざめた顔に喜びの色を混ぜたお稲荷様に、未だ目覚めないトーコを預けると衛は二人の前に立って陣取った。

 顔を押さえながら体を震わせて立ち上がる男の真正面に立って細く息を吐いた。

 あとは二人を守りながら男を戦闘不能にするだけだ。

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