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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
満月の光は優しく
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危機

 ピンポーンと軽快なチャイムの音が家中に響いた。

 誰かが尋ねてくるということ自体少ない最上兄妹の家では物凄く珍しいことで、ベッドの上でハードカバーの本を仰向けのまま読み耽っていた最上妹は聞きなれないチャイムの音に驚いて手を離してしまった。

 あっ、と声を出したときにはもう遅く、分厚い本が鼻に落下していた。

 一瞬の間の後、鼻が潰れる感触と思いのほか大きい痛みが最上妹を襲った。

 声にならない声を上げて顔面に落ちたハードカバーの本を引っ剥がして投擲し、鼻を押さえながらベッドの上で転がって悶える最上妹はインターホンが鳴ったことなど頭から吹っ飛んでいた。

 じんじんと鈍痛が続く鼻を引っ張って潰れていないか確かめると閉じた状態で床に落ちた本を睨みつけた。

 わざわざ本を拾って読書を再開するというのも癪で、ふんと鼻を鳴らした最上妹はベッドの縁に乱暴に座った。

 赤みを帯びた鼻を撫でながら、最上妹は枕元に置いた携帯電話にてを伸ばした。

 折り畳み式の携帯を開き、何度か操作して妹の動きが止まった。

 液晶画面には電話帳が開かれていて、最上兄の携帯の電話番号が表示されていた。というより最上兄の電話番号しかなかった。いや、必要としていないのだろうか。

 最上兄の電話番号をしばらく眺めてから、通話ボタンに指を伸ばしたところで再びピンポーンとチャイムが鳴った。

 手に持った携帯電話と部屋の扉を交互に見てしばらく迷ったあと、追加のチャイムが鳴って最上妹は携帯電話を閉じた。

 ベッドの上に携帯を放ってから、軽く身支度を整えてから部屋を出た。

 軽快な足音を立てて階段を駆け下り、そのまま一直線の廊下を通って玄関の扉を開けた。

 瞬間、眼球を焼く閃光が迸った。

 なにか筒のようなものが一瞬だけ見えたが、とんでもない光量の光が視界を真っ白に染めた。

 反射的に目を覆うが既に遅く、強すぎる光が視神経を駆け抜け脳天を貫いた。うっと喉元からせりあがってくる吐き気をこらえようとして、平衡感覚が失われていることに遅れて気づいた。

 こらえきれずにその場に座り込み、吐き気を押し殺しながらなんとか後退しようとするが、目が見えない上に未だにぐらつく体ではほとんど動けないでいた。

 そして、右手の骨が砕けた。

 誰かが近づいてきた、と優れた聴覚ではわかったものの、抵抗できる力がない今、逃げるしかない。しかしその逃走すらもままならない最上妹はまさにまな板の上の鯛だった。

 目の前で足音が止まり僅かな静寂の後、ゴム質の硬い感触のなにかが手の甲に触れたと思った瞬間、右掌が激痛に苛まれ、ほんのすこし遅れて内側から骨の折れる音が全身に響いた。遅れて、勢い良く踏みつけられたのだと気付いた。

 手の甲を踏みにじったままの足をどけようと、呻き声をもらしながらも歯を食いしばり握った左拳を振るうが届かない。一切の機能が停止してしまった視覚が効かないのならば仕方のないことだろう。瞼を閉じているにもかかわらず、未だに網膜は白一色を映し出している。

 もう一度と体を僅かに起こすが、肉の中で骨が潰されている感触の気持ち悪さに触発された吐き気に勝てず、最上妹は左半身を起こして腕を振り切った体勢のまま、喉を昇ってくるものを思い切り吐き出した。

 つんとする刺激臭が一面に広がり、生温かい液体が右腕の上腕辺りに降り注いで大きく濡らした。

「おいおい、吐いちまってんじゃねーかよ。本当に吸血鬼かこいつ」

 すぐ側から聞こえる嘲笑混じりの声に反応して、玄関の方からもうひとつ軽薄そうな声が上がった。一人ならばなんとかなるかもしれないが二人以上いるならまた話は変わってくる。目が見えない上に右腕まで使えないのだ。たとえ今のように相手が油断していても一人倒したところで手痛い反撃を貰うのが目に見えている。

「うっわぁホントだ。つかお前の靴にそいつのゲロ掛かってね?」

「うわっ……ふざけんなよ。この靴買ったばっかなんだけど!」

 鳩尾に衝撃。殴られたと気づくのにどうしても時間が掛かってしまうのはやはり目が見えないせいだろう。嘔吐した直後の追い討ちに、少し胃に残ったものも全て吐き出してしまった。

 口周りが汚れ、喉が胃液に焼かれて痛む。踏まれたままの右手の感覚がなくなっていることが少し気になるが、どうせ傷一つ残らずに治る。と、そこまで考えてハッとした。一度眼球を破壊して再生させれば視界は元に戻るのではないか。しかし当たり前に激痛が伴うであろうし、傷が出来ました、はい再生、というほどの治癒力を持ってはいない。兄ならばそんな荒技が可能かもしれないが。

 痛みが怖いから、などと甘えたことは状況が許さない。今は嬲って遊んでいるようだが銀を持ち出されてしまえばどうしようもない。

 瞼を開いて眼球に指を突っ込めばいいだけだ。しかし肝心の視界が機能していない上に一度失敗してしまえば抵抗の意志があるとばれてしまうだろう。一か八か、最上妹は覚悟を決めた。

 だが、虚しくも行動する前に左腕を押さえられてしまった。持ち上げかけた腕が床に押さえつけられ、更に体重をかけて手首が固定された。拘束を外そうとしてもがくが、右手の出血が酷いらしく、力が入らない。

「なぁおい、こいつの服ひん剥いてやろうぜ」

「おおいいじゃん。吸血鬼の体の具合はどうなんだろうな」

 気持ち悪い興奮混じりに、男たちが下卑た笑い声を上げた。玄関のほうにいた男の声が近づいてくる。続いて、がちゃりと扉が閉まる音がした。

 右手と左手首に更に体重が掛けられ、傷が深く抉られて苦悶の声を上げる最上妹の胸元に、太腿に座って完全に押さえ込んだ男は手を掛けた。

 襟首のボタンを器用に片手で外していく。出掛ける予定がなかった為に軽装でいたのが裏目に出てしまった。

 身をよじって男を押しのけようとするが押さえつけられた状態ではわずかに身じろぎする程度しか動けない。普段ならこんな男共なんか一瞬で血だるまに出来るのにと、不甲斐ない自分に腹が立って、されるがままになっている自分に苛立って、最上妹は閉じた瞼に涙を浮かばせた。

「おいおい泣いちゃったよ。どうするよ? やめてやろうか?」

「冗談やめろよバカ。ズボンの真ん中膨らませておいて説得力ねえよ」

 げらげらと下品な笑い声を上げて、最上妹に圧し掛かった男はまた手を動かす。全てのボタンが外され、薄紅色のブラジャーがちらりと見えて、男たちは更にいきり立った。

 留めるもののなくなった服を一気には剥ぎ取り、男はそのままスカートに手を伸ばした。

 横のファスナーをゆっくりと下げていく。そして、何度か雪のように白い太腿を撫で回すとスカートを脱がせた。

 ブラジャーとお揃いのショーツが晒され、男たちは口笛を吹いた。

 怒りと羞恥で耳まで赤くした最上妹は今までよりも激しく抵抗した。圧し掛かる男が右手から両足に体重を移動させたことで拘束が緩くなっていたことが幸いだった。急速に傷が治癒されていくことで血液の流失を防いで、ようやく全身に血が巡り始めたのだ。

 ショーツに手を掛けられていることに気付いてはいるが、吸血鬼の力を見せ付けるにはもうすこしだけ時間が必要だ。それに未だに目に光が戻っていない。今すぐにでも抵抗したいが、視界が戻っていない今チャンスは一回しかないだろう。

 なんとかしてショーツを脱がされる前に時間を稼がなければと口を開いた矢先、玄関の扉が物凄い勢いで開いた。

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