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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
満月の光は優しく
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妹至上主義

 最上兄の朝は早い。

 まだ太陽が沈んでいるうちから目を覚まし、日課である妹の寝顔を拝見しに忍び足で妹の部屋に向かう。

 彼は毎朝これをしなければ一日中やる気がでないようだ。ただ、寝顔が見れなくともリビングに出てきた眠たげな妹の顔を見れば一日の元気がもらえるようなので見れても見れなくてもあまり変わらない。

最上兄お手製のネームプレートが掛けられた妹の部屋の前についた。音を立てないようにゆっくりとノブを回し、少しずつ扉を開けていく。

 扉の螺子が緩んでいるのか、扉を開く際にも音が出ることはなかった。

 最上兄は少しだけ開けた扉の隙間に体を滑り込ませると、妹が寒くないように扉を閉めた。

 途端に香る妹の甘い匂い。最上兄はそれを胸一杯に深呼吸すると満面の笑顔を浮かべた。その様子は変態と呼ぶべき姿ではあるが、もはやご愛嬌である。

 妹君の御顔を拝見する前に、最上兄は部屋を見回す。年頃の女の子にしてはひどく殺風景な部屋だ。もっと物があってもいいようなものだが、彼女は不要なものは置かない性格のようで、いつでも綺麗に整理整頓されている。

 相変わらずな妹の性格に苦笑を漏らすと、最上兄は壁に掛けられた額縁に目を留めた。

 いくら不要なものを置かない妹であっても、大切な宝物は常に見える場所に、ずっと大切に持っているようだ。

 年月が経ってはいるが、保存状態の良い色褪せた写真。よほど大事にされていることが一目でわかる。

 仲の良さそうでびっくりするほどそっくりな兄妹が笑顔で写真に納まっていた。

 その写真を近くで眺めて破顔一笑した。

 これは妹がよく話しかけてくれた昔の写真だ。当時は暴力を振るうこともなく、ものすごい甘えたで、その上寂しがりやで、いつでもどこでも、寝るときであっても最上兄の手を握りっぱなしの妹だった。その甘え癖は今では完全に抜け切っていて、兄としてゃ少し寂しくもあるが自立しているという証明でもあるのだ。実際にどうなのかはともかく、そんな風に最上兄は思っている。

 しばらく懐かしく微笑ましい思い出に浸ってから、最初の目的を果たすべく、最上兄は抜き足でベッドへと近づいていく。

 レースのついた白いカーテンの隙間から、顔を出し始めた太陽の細い日差しが差し込んで、姿勢良く眠る最上妹の頬を掠めて照らしていた。多少は眩しいとは思うが、睡眠中の彼女はそんな程度のことでは目を覚まさない。ましてや朝だ。吸血鬼が一番苦手な朝はどんなに強力な吸血鬼であっても抗えない魔の睡眠欲が体を支配するのだ。しかし最上兄にそんなことはなく、早起きが得意だといっても過言ではないくらいに朝は得意だ。ある意味で吸血鬼の枠を超えているのかもしれない。本人は妹愛のなせる技だと思っているようである。

 そっとベッドを覗き込んで――最上兄は白雪姫のようだと思った。

 雪のような白い肌。誰もが振り返るような美貌。白雪の頬を照らす太陽の光がベッドを横断して輝く様は、まるで咲き誇る草花で編まれたベッドで眠る姿を見せた。静かに寝息を立てる妹は御伽噺の中にいる白雪姫が現実に飛び出したのではないかというほど、何もかも合致していた。そして何より、兄の前では常に無表情を装っている彼女が口元を緩く湾曲させていたのだ。つまり、微笑んでいたのだ。

 思わず最上兄は感嘆の吐息を漏らした。

 兄として、これほど誇らしいことはない。

 成績も良く、容姿端麗、更には運動神経も抜群で、ほかの追随を許さないほどの、まさに神がその手で作り上げたような完璧な存在だ。

 そう、誇りだ。最上兄にとっての誇りとは自分の持っているものに誇るものはない。しかし、かけがえのない妹が彼のたった一つで、これ以上にないほどの誇りなのだ。

 さて、十二分に妹の愛らしい寝顔を堪能した彼は意気揚々と、そして静かに部屋を出た。

 いつもよりも長く妹の寝顔を眺めていたが、昨日に続いて休日なのでなんら問題はない。むしろ妹が起きるまで寝顔を堪能していても良いほどだ。

 しかし最上兄には重大な使命があるのだ。

 そう、妹の朝食作りだ。

 味付けから食感まで、妹の好みを熟知している最上兄は彼女好みの料理を作ることができる。ただし妹に作るときだけなので、自分自身の料理は基本的にインスタントだ。

 キッチンに出た最上兄はやる気を漲らせてエプロンを身に着ける。そのままの勢いで冷蔵庫をがばっと開けると、中に一切の食材が入っていなかった。

 頭に石を落とされたかのようにふらついた最上兄は崩れ落ちそうになる体を冷蔵庫に寄りかからせて心の中で絶叫した。

 ――カレンチャンの朝ごはんが作れないじゃないかぁっ!

 最上兄はエプロンをつけたままキッチンを飛び出した。

 コンビニでもスーパーでもなんでもいい。とにかく食材が欲しい!

 おざなりに身支度を整えてから玄関に駆け寄ると半ば体当たりするように扉を開けて、しかししっかり施錠すると全速力で駆け出した。

 全ては妹のために。



 階下からどたどたと騒がしい足音が遠ざかっていくのを聞きながら、最上妹はまどろんでいた。

 重たい瞼の隙間から兄の笑顔が見えた気がしたが、恐らくそれは夢の中のことなのだろうと彼女は定まらない頭で考えた。

 そしてわずかに開いた瞼が閉じられ、夢の世界に旅立つ直前に、本人も意識しないままぽつりと呟いた。

「兄様…………大好き」

 柔らかい笑顔を浮かべて、最上可憐は眠りに落ちた。



 さて、脇目もふらず駆け出した最上兄が辿り着いたのは徒歩二十分のところにある大型スーパーである。品揃えも値段も主婦の方々に好評なこのスーパーの自動ドアをこじ開けんばかりに店内に入った。途端に聞こえる軽快なローカルソングを大半の人がそうするように右から左に聞き流して最上兄は買い物かごをショッピングカートに叩きつけるようにして乗せた。

 流石に店の中で走るのは自重したようで、しかしそえでもかなりの早足で果物売り場を素通りした。

 朝早いためか他の客の姿はあまりなく、夜勤明けなのか店員たちもどこか眠たげに商品の補充を行なっていた。

 足早にショッピングカートを操る金髪の外国人の少年に擦れ違う人は機微をかしげて見送っていた。そんなことなど露知らず、最上兄はただただ一心でカートを操っていた。

 小気味良い車輪の音を響かせながら最上兄が向かったのは鮮魚コーナーだ。冷蔵庫の中が空だったので、一気に買ってしまったほうが後々楽だと考えたようで、ぎらついた目で横たわる魚たちを睨み、もとい眺めていく。

 凄腕の主婦さながらの観察眼で状態の良いものを袋に詰めていく。袋の口をしっかり縛ってからトングを元の場所に戻し、最上兄は次のコーナーへと駆け寄る。

 並べられたばかりの惣菜類を端から端まで眺め、てから、最上兄は何もカートにいれずに立ち去った。妹の朝食に出来合いはふさわしくないと思ったようだ。

 そのようにして次から次へと、肉や野菜、その他諸々の食材をカゴの中に入れていく。飲料コーナーで牛乳片手に最上兄は考えていた。

 巨乳になった妹はどうだろうか、と。

 胸部の発育があまりよろしくない最上妹自身はあまり気にしていないようで、バストアップをさせるための行動は特にしていない。しかしと最上兄は考える。

 仮に妹の胸が大きくなったとしたら視覚的にどうなるのだろう。答えは一つだった。

 容姿端麗にスタイル抜群ときたら完璧な妹が更に完璧になるではないか!

 表情豊かになればいうことはないが、無理なものは無理だ。しかしこれ以上に眼福になるものはあるのだろうか、いやない!

 冷蔵庫の扉棚に入るだけのパック牛乳をカートに入れ、最上兄は鼻歌混じりに買い物を続ける。

 そうして店内を一周するころには、彼の押すショッピングカートのカゴは隙間なく商品で埋められ、量も限界まであった。カゴの中を一瞥してから最上兄はレジへと向かう。夜勤の店員と交代したのか、いかにもアルバイトといった感じの若い女性店員がレジ前で待機している会計所にカートを押した。

 これでもかとカゴの満載された品物がカゴからカゴにうつされていく。カウンターからカゴを持ち上げ、もう一つ奥のカウンターで買った食材を持ってきた大きめの袋に詰めていく。目の前がガラス張りで駐輪場になっているスーパーを、最上兄が忙しなく大量の食材を袋に詰めている目の前を、大神衛が通り過ぎた。

 彼は最上兄に気付かず、というより心ここにあらずといったようでこころなしか足取りも危なっかしいものだった。

 そんな衛を見た最上兄はいつもの倍以上の速度で袋に詰め込むと、ショッピングカートを店の入り口に置き場に収納してからぱんぱんになった袋を肩に掛けて走り出した。

 幸い、衛の歩く速度は遅くすぐに追いつくことができた。

「マモルクン!」

 背を向けて歩く衛に声を掛けたとき、最上兄は確かに見た。衛の手のひらに乾燥した赤黒い血のようなものがこびりついていたことを。

 ゆっくりと振り返る衛の目元にはうっすらとした隈が浮かんでいた。

「どうしたんだいマモルクン。すごく具合が悪そうだけど……」

「なんでもないよ。平気だ」

「全然平気には見えないよ。どこかで休んだ方がいい。そうだ、うちにくるかい? ちょうど朝ごはんを作るところだったんだ」

「ああ、いや、僕は……」

「いいから! ほら、早くしないとカレンチャンがおなかをすかせちゃうだろ!」

 そういって強引に衛の腕を掴んだ最上兄は半ば無理やり引き摺るようにして衛を歩かせる。

 明らかになにかあったようだが、まず話を聞かなければどうしようもない。

 ただ、彼が素直に話してくれるかが問題だ。

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