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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
満月の光は優しく
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数多の眼球

 さて、退路を断たれたといってもいい衛だが、彼は油断はしないものの心の中では気を抜いていた、あのようにゆっくりとした動きであれば脇を通ってすぐに逃げられると考えていたからだ。

 しかし不思議なことに道の前後を塞ぐ人影は明かりの下でもなんでもなく、暗闇の中で活動しているではないか。がだあのぎこちない動きといいゆっくりとした動作といい、道を塞ぐ二人は眼前の男の親類か何かなのだろうか。漂ってくる異臭も同じだということを鑑みるとやはり縁者なのだろうか。

 それなら、と衛は簡単に逃げられるとそれ以上の考察を放り投げた。

 じりじりと近づく遠くの二人を気にも留めず、衛は眼前の一人を先に仕留めてしまおうと地面を蹴って一気に接近した。振り被った右腕が光の中に侵入し、男が緩慢な反応を見せたとき、その背後から一つの影が男を飛び越して衛に腕を貫き手を突き出した。聴覚にも嗅覚にももう一人の存在を捉えていなかった衛は完全に無防備な状態でただ固まることしかできなかった。せめてもとばかりに左腕を顔近くに持ち上げるが既に遅く、衛の喉に中指の半ばまで貫き手がめり込んだ。

 ぐっと息を詰まらせて呼吸が止まる。背中から落ちた衛は体を丸めて両手で喉を押さえてごほごほとむせ返った。唾液さえも飲み込むことができずに血液混じりの唾を何度も吐いた。たったの一撃で息を吸うことすら困難な状態にまで陥ってしまった衛は自分が油断していたことを思い知らされた。

 咳き込みながらも新たな闖入者を睨みつけた。

 中年といっても差し支えない年齢であろう男性だ。服装は上下ともに青いジャージというやる気の無いもので、近所に出かけるような服だ。しかしどこを見ているのか分からない虚ろな瞳は男と同じで、漂う異臭さえも全く同じだ。

 左手の五指がぐにゃぐにゃと複雑に骨折しているがこの中年も痛みを感じないようだ。

時折嗚咽をもらして呻く衛は未だに立ち上がれそうにない。ジャージ男はやはりぎこちない動きで衛に接近する。一番最初に遭遇した男は光の中でしか動けないようで、他の三人と比べるとむしろこの男が例外のようだった。

 じりじりと衛の逃げ場を潰している二つの影と、もう目の前にまで近づいてきたジャージ男に衛は激痛を発する喉で無理やり唾を飲み込んだ。

 ジャージ男が足を振り上げる。右半身を下にして体を丸めている衛の左脇腹を踏みつけるつもりなのだろう。しかし衛は辛うじて後方に回転すると空振りしたジャージ男の足は強く砂を蹴りつけ、その足がわずかに地面にめり込んだ。

 やはりこいつらは人間じゃない。貫き手を喰らった衛は焼け付くような痛みを喉に感じながらも背筋を冷たくした。

 地面をわずかにとはいえ陥没させた脚力と腕力が同じならば首の骨が折れなかっただけ僥倖なのだろ。もし機微の骨が折れていたらいまのように戦闘不能になるどころか即死していたかもしれない。

 胸のほうから何かがせり上がってきて、それを吐き出す。

 血の塊とでもいえばそれは合致するのだろう。どろっとしたものが痛む喉から吐き出され、倒れたまま地面にぶちまけた。

 視界いっぱいが赤黒く染まる。しかし喉の痛みは治まってきた。

 一口にいえば異常な速度の自然回復力が喉の傷を引っぺがして血になった傷を吐き出させだろう。

 ゆるやかに喉の痛みが治まってくるのを感じた衛は両手で地面を押しのけた反動を使って体を起こしそのまま半回転させると同時に、いつのまにか眼前で足を振り上げていたジャージ男の軸足を蹴り払った。

 ジャージ男は体を縦に一回転し、そのままの勢いで背中を強く地面に打ち付けた。

 普通ならむせ返ってもおかしくないほど強烈な衝撃だが、痛覚の無い男には柳に風だ。

 まだ治癒中の喉の違和感は拭えないが、衛はそれを無視してのろのろと起き上がるジャージ男の胸倉を掴み上げると、街灯の下で座り込んだまま虚脱している男に向かって投げ飛ばした。

 ジャージ男の重さは外見とそう変わらず、一息に放り投げた衛は左右に視線を巡らせた。

 おぼろげな輪郭しか見えていなかったが、もう既に体格から人相までくっきりと見えるほど近づいている。

 左の方は女子学生だろうか、制服を着込み幼さを残した顔立ちだ。右の方は杖をついていれば似合いそうな腰をひん曲げた老人だ。

 人相が見えるといっても衛の視力が高いだけでその実距離は開いている。しかし衛は油断なく身構えた。身を持って叩き込まれた教訓を忘れるわけがない。

 目の前で絡まって動けないでいる男二人を片付けるべく、衛は接近を試みる。その一歩を踏み出したと同時に、複数の足音が左右から聞こえてきた。

 思わず足を止め、音の発信源を目を細めて見つめる。

 不規則な足音が徐々に近づいてくるのを衛ははっきりと聞いた。それも数人なんて数ではなく、大規模な行進を連想させるような響く音だ。

 足元の小石が小刻みに震え。

 衛の目には、道幅いっぱいに人間が集まり、その全員が自分を凝視しているのが見えた。

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