迫る
駆ける、駆ける、駆ける。
道路を渡り、家を飛び越し、風を切って更に駆ける。
しなやかな体は灰色の毛で包まれている。躍動する筋肉が石を蹴り、屋根を軋ませ、太陽を影で隠す。
謝らなければならない。彼に。
恨まれているだろう。それは覚悟している。
酷い罵声を浴びせられるかもしれないが甘んじて受け止めよう。
それが自分の罰。
それが自分の罪。
それが自分の償い。
そのために、走る。
夏の残滓が現在進行形に駆け足で遠ざかっていく秋の半ば。人々は寒そうに防寒着を着ていた。
既に紅葉を始めた木々の間には真っ赤な落ち葉の絨毯が大きく広がっていた。まるでレッドカーペットのようなそれを踏みながら歩くのは現在普通の学生として生活する一方で友人の物の怪退治についていくなど、普通とは大きく違った生活を満喫しているのは西野桃花だ。彼女の友人、鳴海明日香は、物の怪退治など危ないことに連れて行きたくはなかったのだが、桃花の強い押しに根負けした鳴海は比較的安全な物の怪退治を選んで桃花を連れて行くことにしている。のだが、衛たちとは違い人を襲うために退治される物の怪はそのほとんどが凶暴なものが多く安全性などあまり期待できないものだ。それを説明しても桃花は引くことがなかった。
「友達が一人で危ないことしてるって知ってるのに、ただ待ってるなんてできないよ」
そう決意の篭った目で嬉しいことを言われては鳴海も頷くしかなかった。
そうして週一のペースで凶暴な物の怪の相手をすることになった桃花は以前と比べて驚くほどの度胸を身につけていた。
鳴海からもらったお守りのおかげで怯える必要のなくなった桃花はこうして外を自由に歩くことができるようになっていた。とはいえ、やはりお守りを持っていても唐突に見えることがあるようで、今も擦れ違った学生の肩を青白い腕が掴んでいるのが目に入った。桃花が見えていてもその本人には見えない。それゆえに指摘しても信じてもらえないどころが自分の心配をされる始末だ。なので害のなさそうな幽霊は無視することにしている。これも以前では考えられないほどの成長だろう。
さて、彼女が一人で休日の町を歩くことには目的がある。わざわざ鳴海の遊びのお誘いを断腸の思いで断っても行きたい場所とは図書館である。こうして市立図書館に来る前に学校の図書室で目的の本を探したのだが見つからず、こうして町にある図書館へと出向いたのだ。
街路樹のほとんどが紅葉しら今の時期はちょうどカップルが画策するにはぴったりな時期だ。そのためそこかしこで和気藹々としたカップルの声が聞こえてくる。
人の波を通るのは少しばかり苦労したがようやく目的の場所にくることができた。知的そうなカップルがほっと汗を拭う桃花の前を過ぎて一足先に図書館に入っていくところをみると思ったよりも人が多いようだ。
おのぼりさんのように来たことのない図書館に入るとすぐに湾曲した白いカウンターがあった。ここで貸し出しのやりとりをするのだろう。ちょうどよく目の前で手続きを済ませた学生が桃花と擦れ違いに出て行った。
三階建ての図書館は温暖機能がしっかりとしているようで締め切られた館内は外で着ていた上着を着ていると暑いくらいだ。
桃花はファーのついたこげ茶色のコート脱ぐと腕に掛けた。そうしてから館内を見回すとカウンターの手前に案内板を見つけた。
それは種類別に分けられた館内の書物の場所を簡潔に記したもののようだ。桃花の目的の本は三階の隅に置いてあるらしい。
カウンター奥の階段を上る。一階、二階と違い、三階は人が少ないようで中央のソファーには数人の姿しかなかった。
早速桃花は三階隅にある複数の本棚に近付いた。棚上部のプレートには〈神話・伝承〉と書かれ、間違いないことを確かめてから気合をいれるためにピンクのセーターの袖を捲くった。
一つの本棚はそれぞれ縦五段に分かれていて、分厚く重い本は最下段に収納されている。
本棚の上から一段目は背丈の小さい桃花では指先が辛うじて届くほど高く、いきなり挫折した桃花はあたりを見回して足場になりそうな桃花の膝丈くらいの小さな椅子を引き摺って本棚の前に置くと桃花は靴を揃えて脱いでから危なげなくよじ登った。
左から右に、指先で収納された本の背表紙を沿って一つずつ題名を確認していく。幸い本棚の横幅はそこまで広いものではなく、小さな椅子の幅でも端から端まで見ることができた。二段目からは椅子がなくても届くので椅子を後ろに押しのけて二段目に取り掛かる。
同じように一番下まで調べていくと、最下段の右の一番隅にお目当ての本を見つけた。青い背表紙には『西洋の怪物』と書かれていて、それを手にとって表紙を見るといまにも飛び出してきそうな全身毛むくじゃらで半人半狼の狼男と長い牙をむき出しにして黒いマントを翻す吸血鬼のおどろおどろしい絵が描かれていた。
その本を手に先程押しのけた椅子に腰を降ろすともう一度表紙を眺めてから本を開いた。
次章に入りました。というより最終章です。
最後までどうかよろしくお願いします。




