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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
風よりも早く!
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ともだちのねがい

「おにーさーん! どこー?」

「おーかみくーん! どこー?」

 近所迷惑になるだろうと、騒ぐ韋駄天に再び猿轡を噛ませ、更に分厚い布団を被せた上に部屋の襖をしっかりと閉めて防音すると、二人は改めて軋む廊下に出た。

 お稲荷様とトーコはきょろきょろと廊下の前後を見るが衛の姿は既になく、二人は社務所にはいないだろうと当たりをつけ、慌しく木張りの廊下を駆けていった。

 途中、廊下に面したししおどし付きの小さな池のある小ぢんまりした中庭の様子を見たものの衛はそこにもおらず、これはまずいとお稲荷様とトーコは着の身着のまま社務所から飛び出した。

 とはいえ、衛の足は速い。本気で彼が走れば瞬きのうちに姿を見失ってしまうだろう。その上衛の姿は視界になく、既に山を降りてしまっているのかもしれない。そうなっていれば探すのは困難になってしまう。迅速な発見が必要だ。

 お稲荷様とトーコは二手に分かれて、トーコが奥の本殿近くを、お稲荷様が参道入り口の狛狐像周辺をそれぞれ探すことになった。

 砂利道を鳴らしながら歩くトーコはどこか楽しげな面持ちであたりを見回していた。こういった神社などじっくりと見る機会がなかったトーコは忙しなく動き回りながら衛を探しつつ、しっかりと見学を続けた。

 拝殿の全体をちょこちょこと歩いて一周しながら見渡し、銭費箱の中を覗いてあまりの少なさに驚きの声を上げ、色褪せてはいるが壮大で厳格な本殿を見て感嘆の息をこぼした。

 途中から明らかに目的が変わってしまっていた。

 そうして一通り見て回ってからはっと我に帰ったトーコは衛の名を呼びながら探しに走り回るのだった。

 一方、どこか浮かない顔つきのお稲荷様は足取り重く守るを探していた。やはり尻尾も感情に引かれるのか、いつもの元気は欠片もなく力尽きたようにぶらぶらとゆれていた。

 人間の数倍の聴覚を持つ狐耳を左右にぴこぴこと動かして衛の足音を探すが、本殿の方からトーコの足音が聞こえるだけであった。既に山を降りてしまっているのか、単に動いていないだけなのか。いくら衛の足が速いとはいえ山を降りることまでは不可能だ。となればお稲荷様よりも耳の良い衛が自分を探していることに音から感づいたのかもしれない。

 やれることはやろうと手水舎の方に視線を遣り、衛がいないことを確認すると絵馬殿にも目を向ける。そこには数少ない絵馬が哀愁を漂わせながら風に揺れいているだけで衛の足跡すらなかった。踵を返したお稲荷様は念のためもう一度社務所の方向を見てため息を漏らした。やはり衛はいない。

 どうにも衛を探すことに気が進まないらしいお稲荷様は暗い表情のまま狛狐像の近くまでやってきた。草履と砂利が擦れて立てる音は普段ならば心地の良いものなのだが、今はそれが酷く鬱陶しい。これもやはり心が進まない証拠なのだろう。

 表情のない石像ながらも心配そうな雰囲気で自分を見つめる狛狐像たちを一撫でしてからお稲荷様は境内から山道につながる唯一の階段を下りていく。

 足を踏み出すたびに段差に溜まった枯葉が乾いた音を立てて砕ける。まだ紅葉の季節ではないが、秋が近付いてきているのが十分分かる風情だ。しかし日が昇らないうちから掃き掃除に勤しんでいた身としてはやるせないものを感じる。だが暑いのが苦手なお稲荷様にとって夏の足音が遠ざかっていくのは良いことだった。

「あ……狼くん」

 サクサクと落ち葉を踏みながら階段を下り、神社からそこそこ離れた小さく開けた場所で、衛が一人静かに落ち葉に埋もれた樹木の根っこに腰掛けていた。

 落ち葉がひらりと目を瞑る衛の肩に乗る。

「ねぇ、狼くん。……やっぱり殺しちゃうのはだめだよ」

 物の怪同士の争いどころか、人間同士の争いを嫌い平和を好むお稲荷様らしい言葉だ。しかしその平和主義な一言が不安定な衛の心に油を注ぐことになった。

「あなたに何がわかるんだっ!」

 瞳孔が縦に裂けて金色を湛え、烈火のごとき怒りが燃え上がり衛は顔を歪ませた。

 目を見開いて立ち上がり、剣呑な目つきでお稲荷様を睨む姿は別人にすら思える容貌だ。自分の言葉で衛が激怒することは、彼が物の怪になった経緯を知っているお稲荷様にはわかっていることだった。しかし彼を怒らせてしまってもお稲荷様は大切な友人が薄暗い復讐の炎を心に宿すのは是が非でも阻止したいことだった。もう何百年も生きているお稲荷様は復讐の果てに得るものなど何もないことを目の前で見て、知っているのだ。かつて友人だった物の怪が死に物狂いで復讐を遂げてからの劇的な変化を。

 その友人に残ったのは達成感などではなく、ただただ白い、虚ろだけだった。

 長年連れ添ったはずお稲荷様の姿すら、友人の目には映らなかった。

 だからこそ、お稲荷様は衛に乞うのだ。

 目にいっぱいの涙を溜めて、殺気すら放つ衛に怯えていても、その気持ちは微塵も揺らぐことはなかった。

 ただ友人を想って言葉を紡ぐ。

「狼くんの気持ちはわからないよ。でも、でもね、私、嫌なんだよ。私は狼くんのように復讐をして、何も残らなかった人をしってるの」

「だとしても、あなたに関係ないはずだ。これは僕自身の問題なんですよ! 例え何も残らないのだとしても、あいつだけは、僕と同じ境遇になる人間をいなくするためにも、あいつは殺すべきなんだ。僕みたいな人間を、生み出しちゃいけないんですよ」

 吐き捨てるような衛の言葉には、実感と苦痛が重々しく伴っていた。

 何も言えず黙り込んでしまったお稲荷様を一瞥して、衛は背を向けた。このまま彼を行かせてしまえばもう会えなくなってしまうのでは、とお稲荷様の心が恐怖に慄いた。思い浮かぶのは差し違えても復讐をと決意し、心と共に死んでしまった友人の姿。その面影が衛の背中と重なった。瞬間、彼女は駆け出した。

 行かせまいと衛の腹に腕を回し、強く強く抱きしめてぐいぐいと神社の方へ引っ張っていく。衛もただされるがままになっている訳もなく、腹部に回された腕を外そうとしながら足を突っ張った。

「離してくださいっ」

「絶対にやだ! 私は狼くんの友達なの! 友達に危ないことはさせたくないの! 友達が誰かを殺すところなんて見たくないの! 友達が、友達が、友達に、いなくなって欲しくないのぉ!」

 結局のところ、お稲荷様の心はその一言に尽きた。死んで欲しくない、いなくなって欲しくない、生きていて欲しい。たったそれだけの、誰かが友に思うような、単純なことだった。

 感情を吐露すると一緒に、目尻から雫をこぼして衛にしがみつくお稲荷様はまるで駄々をこねる幼子だった。そしてまさしく衛はそう思った。

 名ばかりの友ではなく、心からの友を引き止める為のわがまま。

 気づけば衛の体から力は抜け、震え上がる殺気はなりを潜め、いつもの衛に戻っていた。

「友達……ですか。わかりました。復讐も、殺しもしません。でも一切の容赦をせずに殴ります。それならいいですか?」

「うんっ! それなら幾らでも協力するよ! だから、だから……」

「はい。“友達”の頼みは断れませんよ」

 それが僕のためのお願いなら尚更。

 涙を流しながらなんども頷き、ぐりぐりと自分の腰に顔を押し付けるお稲荷様の姿に、衛は心の波が収まって消えていくのを感じた。と、その時。

「あ、おにーさんこんなところに! 紺ちゃんがいなくなったから探しにきたら……あー! おにーさんが紺ちゃん泣かせてる!」

 こらー! とぷんすか怒りながら駆けてくるトーコに苦笑を浮かべる。

「おーい、トーコチャーン。マモルクンを探して欲しいってことだったけど……マモルクンがコンチャンを泣かせてる!?」

 トーコに衛探しを頼まれた最上兄が階段を上ってきたのだ。おそらく連絡を受けてからすっ飛んできたのだろう、ぜえはあと息を荒くしていたのだが、時間が止まったかのように最上兄の動きが止まる。だが次の瞬間、腕を振り回しながら猛烈な勢いで階段を駆け上ってきた。

 最上兄の突然すぎる登場に呆然と見つめるが、表情はすぐに変わった。

 ぷんぷん怒っている友達一号、まだぐずつている友達二号、叫びながら飛び跳ねているのは友達三号……かな。

 三人を交互に見回す衛は、これまでにないくらいの笑顔だった。

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