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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
風よりも早く!
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怖い笑顔

 そこには想像もしなかった光景があった。

 魔王でさえも震えてしまいそうなほど濃密で隙間のない異様な威圧感を放っているのは狐耳と尻尾をぴんと立たせて仁王立ちのお稲荷様で、髪の逆立った小学生くらいの男の子は自慢の一つでもある髪をぺたりとさせて畳の上で正座をしながら小さくなっていた。

 トーコはお稲荷様を同じように仁王立ちで子供を眼光鋭く睨み付け、胸の前で腕を組み――ただでさえ豊満な胸が更に強調されている――効果音でも響きそうなほど殺気を迸らせていた。

 傍から見れば少々どころか凄く大人げない光景なのだが、トーコは被害者で子供は加害者。更に子供にとっては頼みの綱であろうお稲荷様までトーコの味方になっているのだ。子供は大人しく縮こまるしかない上に彼が行なった所業については弁明のしようもない。

 普段は優しい二人が猛禽類の目をしているのだ。目を覚ましたばかりの衛にはどうすることも出来ない。というより状況が把握しきれていない。

 ここは一つ、がたがたと震えている子供にはトーコを泣かせた制裁を潔く受けてもらうではないか。

 そう思った衛は目の前の三人から静かに目を逸らした。

 さて、目が覚めた衛にトーコが抱き付いて衛が失神しかけるといった一悶着があったのだが割合しよう。

 目が覚めた衛は自身に巻かれた包帯を眺めてそこそこ重傷だったのかと他人事のように頷くと部屋の隅で痙攣する子供の紹介をするお稲荷様に目を向けた。

 驚いたことにお稲荷様の昔なじみらしい子供は名を韋駄天と呼び、なんとお稲荷様と同じく神様であったのだ。それを聞いた途端に狼狽するトーコに衛は首を傾げる。彼の与り知らぬところではあるがトーコは韋駄天に対してそれはもう凄いお仕置きをしたのだ。当たり前のようにお稲荷様も参加していたのだから昔なじみというのも本当なのだろう。

 肩までぐるぐる巻きにされた腕を持ち上げて痙攣を続ける韋駄天を指差した衛は控えめに口を出した。

「いいんですか? あれ」

「全然いいんだよ。気にしないでね」

 にっこり笑顔で言った。

 触らぬ神に祟りなしとばかりに衛は目を逸らした。

 本物の神なので。

 改めて自分が気絶してからの状況と、曖昧な記憶をトーコとお稲荷様に聞いた衛は我ながら無茶したもんだとしげしげと自分の体を見下ろした。全身に包帯を巻かれた姿は狼男ではなくまるでミイラ男だ。治癒能力が高いとはいえ、たった数時間の睡眠では治りきらないようで体のそこかしこが痛む。無茶をし過ぎて体が軋むようだ。

 苦労して上体を起こすとトーコが慌てて体を支えた。

「まだ寝てなきゃ駄目だよおにーさん!」

 心底心配そうな顔で衛の背中に手を添えてくれたトーコを見て、知らずのうちに小さな笑みが浮かんでいた。純粋に心配してくれたことが嬉しかった。

 逆にトーコは自分の所為で衛が大怪我したと酷い自責の念で瞳を揺らしていた。自分がここにいるだけでもがいになるんじゃないかと思うほどそれは酷いものだった。

 もちろん衛はそんなこと微塵も思っていない。むしろトーコが無事なら怪我くらいどうってことないのだ。トーコが無事でいてくれればそれで良いと考えていた。

「怪我、してないですか?」

「うん、うんっ。おにーさんのおかげだよ。本当にありがとう。……でもおにーさんが」

「平気ですから、これくらい。慣れてますよ」

 目の縁にこぼれそうな涙をためて、今にも泣きそうな表情で衛の包帯を見るトーコの頭を衛は優しく撫でた。

 体のあちこちに痛みが走るせいでぎこちないが、それでも笑顔を浮かべて口を開く。

「きみが無事ならそれでいいんですよ」

 その言葉にトーコはついに泣き出した。

「おにーさん……おにーさんおにーさんおにーさぁんっ!」

 必死に涙をこらえようとするも湧き上がる感情が止まらない。我慢できずに衛の包帯だらけの体に抱きついた。そんなトーコに顔を赤くしながら苦笑を浮かべると優しく慈しむようにトーコの頭を撫でた。泣き止むどころか更に激しくなってしまった鳴咽に衛は傍らで見守っていたお稲荷様に困った顔で救援の視線を送った。しかしお稲荷様は優しく微笑んで首を横に振ると足音を立てないように部屋を出ていった。

 頼みの綱もいなくなってしまっていよいよ困った衛は胸に顔をうずめるトーコの頭を優しく撫で、母が子をあやすように背中をぽんぽんと叩いた。

 困った表情ではあるものの、衛の心中は穏やかだった。

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