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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
風よりも早く!
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駆けろ!

「おにーさんっ!」

 歓喜混じりの声に衛の士気もぐんと上がった。だがそれほどにひどいことをされたのだろうかと沸々と怒りが首をもたげてくる。

 気だるい体に鞭を入れて距離を詰めようとして駆け出す。しかし不意にわずかな風切り音が耳に届いた。

 すぐさま体を横に投げ出して避ける。だが今度は一度だけではなく、連続して風切り音が飛んできた。慌てて体を起こして前転の要領で一撃をなんとか避ける。続けて右手足で地面を弾いて左に移動し、直後に風の刃がすぐ近くに着弾した。はじけるアスファルトのかけらを受けながら立ち上がり一瞬だけ目を開けて前方を確認する。幸い、トーコのいる方向にしっかりと体が向いていた。そしてそのまま駆け出すのだが再び不可視の刃が衛を襲う。やはりこれも転がるようにして避ける。刃の速度があまりにも早く不安定な体勢であっても真横に飛ばない限り避けられないのだ。その威力はアスファルトを容易く削るほどの切断力だ。軽く触れただけでもすっぱりと切られてしまうだろう。

 ひゅん、と続けざまに二度風が鳴る。地面に転がったまま膝に力を入れて後方へ跳び退く。なんとか一発目の刃を避けられた。次の一撃に備えてもう一度後方へ跳ぶ。だが背中に何かがぶつかり、それを一瞬で建物の壁だと理解した衛は一気に顔を青くした。

 間に合わないとは理解しているが反射的に体が動いた。座り込んで背中に壁をつけている体勢では大して動くことができない。それでも背中を壁に擦りながら上体を左に倒した。

「おにーさん!? いやぁ! やめて!」

 恐らくぐったりとした衛とその右半身を見たのだろう。絶叫じみた悲鳴が甲高く聞こえてくる。端正な顔歪めているであろうトーコに上げて落としてしまったことを申し訳なく感じた。それと同時に骨を削る気味の悪い振動が脳内どころか体中に響いて広がってくる。

 関節に近い右上腕部から肩甲骨を一閃し、鎖骨の半ばまで横に裂いた風の刃はその勢いを止めず背後のコンクリート壁に一文字の爪跡を刻み込んで四散した。

 喉の奥から絞り出すような呻き声が漏れる。痛みはまだないがもうすぐにやってくるだろう。今はそれよりも骨を削られる生々しい感触に吐き気がした。更に問題なのは皮とわずかな肉だけで繋がっている右腕だ。上腕部の骨は完全に断ち切られており、肩甲骨も横に綺麗に割れてしまっている。もはや右腕は使いものにならないだろう。

 動かない右腕に苦労しながらも制服とワイシャツを脱ぐ。ティーシャツ姿のまま制服の上着を乱暴に放るとワイシャツの右腕部分の付け根を強く噛み締めて一気に引き裂いた。その引き裂いた腕部分の布を脇の下から通して右肩を縦にきつく縛った。

 何かの拍子で腕が落ちないように、気休めではあるが千切れそうな腕をほうっておくよりはましだ。

 遠くからトーコの悲鳴がわずかに聞こえてくる。既に意識も遠ざかっているようだ。どこかぼんやりとした表情でトーコの方を見遣った。

 駆け足で抱きついてきた痛覚が衛の体を燃やした。

 噴き出る血潮がアスファルトの黒と混じって赤く染める。咄嗟に口元を押さえて下唇を強く強く噛み締める。だがそれでもこぼれる悲鳴を隠すことは出来なかった。

 急激に血か抜けていくのを感じる。トーコがなにか叫んでいるがうまく聞き取れない。

 ちらと右肩を見れば縛りつけた布が隙間もないほど真っ赤に染まり、赤い雫を滴らせていた。

 次第に遠のく意識に抗うことが出来ず、このまま終わってしまうのかと自問自答を繰り返した。

「…………んっ!」

 このまま終わりたくない。

「…………さんっ!」

 せめてトーコを助けるまでは。

「おにーさんっ! もう逃げて! アタシのことはもういいからぁ!」

 寝るのはまだ早い。

 かっと燃え上がった脳内が焼けるように熱くなった。遠のいていた意識は勢い良く引き戻されて視界がはっきりと、トーコの叫ぶ声もよく聞こえる。

 血の勢いは弱まったものの、未だにその赤が滴っている。

 ぎりぎりと音が出るほどに歯を食いしばり、腹に力を入れてゆっくりと立ち上がる。

 走れ、走れ、走れ!

 涙ながらに叫ぶトーコを無視する。ここで逃げてたまるかと気合いを入れて前を見た。

 爆発的に加速した衛は飛んでくる風の刃と交差した。音で聞き分け小さい動きで半身を逸らす。刃を避けた瞬間に軸足で地面を蹴り弾く。まるで跳ぶように衛は駆ける。

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