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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
古より十字架は今と変わらず
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十字架の下に

 凄慘な光景をその目に映しながらも、大した感情が表情現れていない女の肩に掛けた手を弾かれると同時に美丈夫が口を開いた。

「おーおー。こりゃまたグチャグチャで。お前さんは加減ってもんを知らないのか?」

「闇の一族に加減は必要無い」

 薄暗い路地裏の袋小路。左右の壁にスプレーで描かれた落書きが路地裏から延々と続いている。道の隅を見れば食べ終わった菓子袋や空のペットボトルの容器が道なりに散らかり、それを辿れば袋小路の角に鎮座する使われなくなった薄汚い青いポリバケツがあった。所々黒ずみ、蝿の集るポリバケツから漂う腐臭が、ただでさえ人の寄り付かないこの場所を、更に過疎化させている。もっとも、このような所に人が寄り付く筈もなく、今では一部の化け物の居心地の良い住居となっている。

 左右から重なる様に突き出た屋根の僅かな隙間から雨が滑り落ち、小汚い地面を洗っていく。しかしそれも大した効果も無く、汚れは一向に取れない。そんな路地裏の中、修道服を纏い、首から十字架をぶら下げた黒髪黒眼、純日本人の二十代前後の女が、体のあちこちに飛び散った赤黒い血液を、懐から取り出した真新しい清潔な白いタオルで拭った。その女の傍らにしゃがみ込んで、首無しの死神男ことデュラハンと、首無しの愛馬だった複数の肉塊と、周囲に散乱した木片を、まじまじと眺める美丈夫がいた。輪ゴムで纏め、緑色に染髪した前髪を撫でる。薄茶色に染めた肩口までの髪が生臭い風に弄ばれる。壁に寄りかかっていた

「魔物ね、魔物。善良な物の怪だっているんだからしっかり区別しないと」

「必要無い、と言った」

 興味深々といった様子で、納刀したままの鞘先で肉塊をこね回す美丈夫を射抜かんばかりに睨み付ける修道服の女。端から見れば敵対しているようにも見えるこの二人は、普通の人間には知られない“裏の”教会の人間である。人間に害をもたらす魔物を排除出来るだけの力を持つ人間、自ら志願した人間が主に属している、それが裏の教会だ。物の怪達にとっては正真正銘、天敵の、人間離れした人間だ。

 魔物と物の怪を区別する人間もこの裏の教会の人間だけである。だが善悪の区別は人間が独断で決めてしまうので、物の怪である筈の者を攻撃する事も数多くある。もっとも酷い話は容姿だけで魔物と断定された物の怪の話だ。

「おーっと怖い怖い。まぁこいつは魔物だったしいいや。で、どうするよ? しばらくここで暮らすのか?」

「そうだ。まだこの町には闇の一族がいる」

「真面目だねー。んま、オレも暮らすんだけどさ」

 言いながら美丈夫は柄を掴み刀を抜いた。銀色の輝きを目の前でかざすと、刀身をなぞるように水滴が滴り落ち、鍔に溜まって柄と指の間に浸透した。眼前の壁一面に広がる血液をそのままに魔物だった肉塊に刃先をゆっくりと突き刺す。ずぶずぶと肉に吸い込まれる銀の刃がアスファルトの地面を叩くと、刀身が躍動し、血肉を喰らう。やがて肉塊は銀刀に喰い尽くされ、みるみるうちに消えていった。鞘を腰に当て、ちんっ、と鍔を鳴らし刀を収納すると美丈夫は満足気に頷いた。壁に伝う雨粒が飛び散っていた血液も少しずつ洗っていく。

「さーて、帰りましょうか。一番近い教会ってどこだっけ? っていねーし」

 背後から聞こえる暢気な声にため息を吐いた、修道服を着た腰程までの長髪の女はそのまま大通りに出た。人目を惹く服装だが、それを気にすることもなく、美丈夫を置いていきながら住居になる教会へ向かう。

 どこか遠くで鐘が鳴った。

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