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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
風よりも早く!
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ともの名をよぶ

 先の一幕を見なかったことにしてから衛は寄り道することなく帰路を歩く。時折吹き付ける強い風に足を止められることもあるがそれも僅か数秒のことだ。ざわざわと枝を揺らし何枚も葉を飛ばす街路樹がいささか気の毒に思えた。

 衛は人気の少ない道を一人歩いていく。年月が経ち色褪せた灰色の上から真新しいアスファルトが敷かれた車道はマンホールの形を残して先の信号機まで綺麗に舗装されていた。

 ちらりの覗いたコンビニでは、暇そうに頬杖をついて雑誌を捲っていたコンビニ店員がバックヤードから出てきた先輩らしき店員に叱られていた。彼らは外の出来事を知らないようだ。

 平和そうな彼らを尻目に、自然と考えるのは先ほどから聞こえる風に混じった声のこと。あれから幾度となく吹いてきた風に何度か聞こえ、その度に衛は首を捻っていた。この風が自然現象ではないことは薄々わかってきていた。だがピンポイントでスカートを捲るような物の怪を衛は知らない。衛が知らないだけで実在するのかもしれないが、色々な物の怪を見てきた衛はその可能性は低いと見た。とはいえそれも確実ではない。だとすれば本当にただの自然現象なのか、はたまた衛の知らない未知の物の怪なのだろうか。未だ謎は深いままだ。

 深く考え込んでいた衛は前方不注意で周りを見ていなかった。ようやく思考をまとめて、いつの間にか下がっていた視線を上げる。その瞬間、衛は何か小さなものが腹部にぶつかった感触を覚えた。咄嗟に片足を下げて倒れないようにバランスをとった衛はそのまま反射的に相手の肩を支えようとして急いで腕を前に出す。だが、気付けば目の前には何もなく、焦りに強張った腕は空を切った。

 顔をしかめた衛は目を細めて辺りを見回す。だがそれらしき姿も気配も既になかった。と、その時だった。

 人気のない路上に甲高い悲鳴が響いた。

 聴覚が訴えるのはその声の持ち主の居場所と、聞き覚えのある声だということ。

 距離はそこそこ近く、尚且つ悲鳴が上がるまで風が吹いていない。ならばこの異様な風の仕業ではないことは明白だ。

 ぐっと足に力を入れて最初からトップスピードで走り出した。

 こんなときに信号無視もあるものかと赤い光が点る横断歩道を一気に駆け抜ける。交互に現れては消える白黒をすぐさま走り切りって歩道と車道を分けるブロックを飛び越える。

 危険な行動ではあるが、幸いにも車が一台も往来していなかった。これもやはり風の影響なのだろう。

 ぐんぐんと景色を置き去りにしながら耳を澄ます。するとくぐもった呻き声が徐々に近づいてくるのが分かった。悲鳴が上がった場所までもう少しだ。

 邪魔になりそうな手に持った鞄を歩道脇に放り投げて豪奢な装飾の美容院の側面にある小道に入る。刹那、何かに足を掬われた衛は前のめりに転倒して勢いを殺せないまま派手に転がっていった。

 身体を丸めて衝撃を緩衝しようとする衛に更に追い討ちが掛かり、突風が吹き上がり横殴りに叩きつけられた衛は駐車場を囲むフェンスに衝突した。突然のことに状況判断も出来ず、頭を混乱させたまま目を白黒させていたが再び吹き付けてきた強風にすぐさま身を起こし、真横へ飛び込んだ。その直後制服のスラックスの裾がに強く煽られてはためき、次いでフェンスを激しく揺さぶり騒音を立てた。

 もはや暴風ともいえる風を見て衛はこの風を起こしているのは物の怪だと確信した。

 悲鳴が聞こえたのはこの先だ。恐らくこの風を起こしている元凶もそこにいるのだろう。

 前進しようとする衛をこれ以上行かせないとばかりに、拒むように道幅いっぱいに強風が吹き荒れた。爪先に体重をかけ、腕で顔を守りながら前かがみの姿勢で踏ん張るが、スニーカーが音を立てるのと同時に体が押し戻されていることに驚愕し、気を緩めてしまった。

 耳元でごうっ、と風が唸った直後、足場がなくなった。いとも簡単に足を掬われて車道の真ん中辺りに飛ばされ、何度も転がった衛は前後不覚のまま起き上がれずにぐったりと伏せた。ぐるぐると回転する視界をようやく持ち上げ、頭を強く振ってアスファルトに両腕を突っ張り起き上がろうとする。だがどこからともなく吹きつけた風に全身を地面に押さえつけられてしまった。呻き、目いっぱい力を込めてもほんの少し地面から胸が離れるだけでそれ以上体が持ち上がらない。

 ごうごうと吹き付ける暴風の中で、かすかな悲鳴が聞こえた。それは先ほどの悲鳴で、知った声。

「すぐに、助けるから」

 掠れた声で呟き、匍匐前進の要領で少しずつ進んでいく。尺取虫の歩みのようだが、それでも確実に、止まることなく。

「待ってて……トーコ」

 大切な友達の名前を、初めて呼んだ。

今日も忘れてました。すいません……

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