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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
こんこん
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魅了の白狐

「んん? この子は誰だって? いやボクもわからないよ。なんでかボクの下で寝ていて……。え? いやいやいや! 押し倒してなんかいないよ!? ボクがそんな卑劣なことするわけないよ!? じょ、冗談だよね、カレンチャン。もうカレンチャンってばお兄ちゃんをからかうなんていけない子だなぁ。帰ったらお仕置きしないと……ってあれ? なんでそんな冷たい目で、ってもちろん冗談だよ!? ああ距離取らないで! ごめんよカレンチャン軽い冗談なんだよぉ!」

 いつも通りの最上兄の登場に、不思議と意識が戻ってきた。だがそれと同時にどうしようもない脱力感が全身を包むのだから本当に不思議でならない。

 頭を抱えてその場に蹲っている最上兄を蹴たぐり回す妹はふと我に帰って手加減なしに兄を嬲り続ける動く自分の体を見る。トーコたちにも視線を送ると同じように体を見下ろしていて、やはり動けるようだった。

「おにーさん!」

 はっと思い出したトーコが慌てて衛に駆け寄っていく。その際、大狐の目の前を通っていったがトーコはそれどころではなかったようで一切気がついていなかった。

 張り詰めた緊張の糸が弛んだ所為で大狐の戦意は萎んだらしい。まるで飼い慣らされた犬のようにぺたんと行儀良く座り込みじっと衛たちを見つめていた。

 ぐったりと動かない衛を抱き起こして肩を揺すりながら呼び掛けるが、返事は返ってこない。遅れて我に帰ったお稲荷様も駆け寄る。

「しっかりして狼くん!」

 抱き起こされた衛の傍に走ったお稲荷様は傷口の状態を見て、顔を青くした。手の平を優しく脇腹の傷に当てて眉を寄せる。

 可愛い声でむむっと力を入れると、なんと手の平が淡い光に包まれていった。

 ぼんやりと輝く手が衛の傷に触れると、非常にゆっくりとだが少しずつ傷口が再生していく。その幻想的な光景はまさに神の御技と呼べるものだった。

 内部から徐々に治療していき、外皮まで全て再生し終わって一息つくと、お稲荷様は衛の傍で力無くへなへなと座り込んだ。致命傷だった衛の怪我は跡形もなく消え、患部にべっとりとついた血液がてらてらと光った。胸が規則正しく上下するのを見て、お稲荷様は手を離した。

「あ、あれ? 安心したら立てなくなっちゃったよ。えへへ」

 僅かに疲労を滲ませる笑顔で衛の傍らに寄り添うトーコに笑うと、大人しく座ったままの大狐に振り返った。

 その後ろでトーコが衛に声を掛けているが流石に限界だったのか、意識を失った衛は首を垂らしたまま目を瞑っていた。

 壁に寄りかかっていた衛の体を横にずらして床に寝かせると、トーコは自分の膝に衛の頭を乗せた。所謂膝枕だ。

 全国の青少年が羨むであろうシチュエーションだが、当の本人に意識はない。

 柔らかく微笑むトーコは愛おしげに衛の頭を優しく撫でた。月明かりに照らされたその姿はひどく神秘的に輝き、まるで女神のようだった。心なしかこわばっていた衛の表情が緩んだ気がした。

 見上げるほどの巨躯の正面に立ち、怯えながらも気丈に対峙するお稲荷様は唾を一つ飲み込むと、恐る恐る腕を伸ばした。

 手の甲を下にしてそっと差し伸べるお稲荷様に大狐はゆっくりと顔を寄せる。その白い体毛にお稲荷様の指が触れ、お互いに敵意がないことを理解したのか、優しく顎下を撫でる手に気持ち良さそうに擦り付けた。

 緊張感いっぱいだった表情を緩ませて優しく優しく撫でるお稲荷様は笑顔を浮かべた。

 仄かに光る白い体毛の感触は絹糸のように柔らかく、絡まることなく指先が流れていく。そのもふもふの気持ち良さにお稲荷様は両手で大狐の頭と顎を挟むように撫で「はふぅ」と熱いため息をこぼした。

 自らの膝に乗せていた衛の頭を優しく退けて床に下ろす。

 よろよろと夢遊病疾患者の如くおぼつかない足取りで大狐の両前足の間をくぐり、その奥にある胸へとお稲荷様は飛び込んだ。両腕を目一杯広げても足りない広さに、ベッドを思い浮かべたのだろうか。

「はぁぁうぅぅぅ気持ちいぃぃぃ」

 ぐいぐい大狐の胸に顔を押し付けて恍惚とした表情を浮かべるお稲荷様を見て、兄を蹴り転がしていた最上妹はふらふらと覚束なく大狐に近づいていく。

 妹が何をしようとしているか一瞬で理解した最上兄だが、妹はその身体能力を全開にして大狐の前足に飛びかかった。

 妹がその鋭利な爪で切り裂かれる光景が目に浮かび、思わず叫ぶ最上兄。しかしその声は届くことがなかった。

 手足で大狐の前足に抱きつき、柔らかな毛に頬ずりを繰り返す最上妹を見て、最上兄はすてーん、とすっ転んだ。

「あったかい……」

「ふわぁ……」

 一瞬の内に二人を魅了した魔性の体毛の持ち主は、自分の体を抱きしめる二人を見て困惑の表情を浮かべた。

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