人形
沈黙が包み緊張が走る教室で、最初に動いたのは最上妹だった。
未だ気を失ったままの兄をおもむろに肩に担ぎ、勢い良くもやを纏う少女に肉薄する。少女との間合いを見切り、射程距離に入った瞬間、左足を軸にして持ち前の柔軟性に物言わせ腰を思い切り捻って遠心力をつけ、担いだ最上兄の足首を握って力強く振り抜いた。
そのあまりに唐突で俊敏な動きに反応が遅れた少女は回避することも出来ず、棒立ちのまま腹部にものすごい勢いの最上兄の頭突きをまともに喰らい、体をくの字に曲げて吹き飛んだ。
盛大に机を巻き込み大きな音と共に派手に転がっていく少女を醒めた眼で見つめ、少女が何事もなかったかのように立ち上がるのを見ると最上妹はまた兄を担ぐと首を傾げた。
「直らない……」
白いもやは依然としてくっついたままで、気だるそうにゆらりと少女が乱雑に散らかった机を跨ぐ。
名付けて、叩いて直す戦法。最上妹は兄を武器に、古いブラウン管テレビを直すかの如くひたすら少女を叩いていくのだった。
妹が兄を武器に少女を叩き回す。
そのあんまりな光景に、トーコとお稲荷様はあんぐりと口を開け放心状態に陥った。思考停止するのもやむを得ないだろう。それほどにぶっ飛んだ光景だった。二人は何も出来ないまま、ただ呆然と見つめていた。
ミキを背中に庇った衛はふらりふらりとゆっくり距離を詰めてくる少女たちの出方を窺っていた。
表情のない顔からは何かを企んでいるのかわからず、理性があるのかすらもわからない。だが真っ直ぐミキを追いかけていた時点から考えられるのは直線的な行動しか取れないらしい。そのことから理性はないと判断できるが、理性がなければないでやっかいでもある。理性がなく本能に従うということは生き残るためにどんな手段でも利用するということである。時に突拍子もない行動を取ることもあるのだ。もっとも体に纏わつくものに知性があり、それに操られていたとすれば話は別なのだが。
じりじりと接近してくる少女たちに攻めあぐねて手をこまねいていると背後から騒々しく机が吹き飛んでいった。
ちらりと横目で見ると、兄を振り回す最上妹が白いもやをくっつけた少女をぶっ飛ばしていた。呆れつつも、それしかないかと一歩前に出る。軸足の踵に重心を移動させて軽く腰を落とした。一人の少女が一歩進む。その踵が床に着く瞬間に勢い良く踏み込み、鳩尾を殴りつけた。どんなに不気味でも相手の体は人間のままだ。仮に操られているならば後々のことも考えなければならないだろう。そのため力を込めるのは最小限にしている。
とはいえ衛の腕力は人外のそれなので精一杯手加減したとしてもただの人間ならば簡単に吹き飛ばしてしまえるものだ。殴り飛ばした少女は引き戸横の壁にぶつかり、その際に後頭部を打ち付けて気絶したのか、そのまま起き上がる気配はなかった。
一人減ったと安堵したのも束の間のことで足音を消してい忍び寄ってきていたもう一人の少女が衛の頭目掛けて足を振り抜いた。その速度は到底人間が出せるものではなかった。
一瞬とはいえ気が緩んだ隙を狙われた衛はまともに受け身をとることもできず下敷きになった右肩を強く打ち付けてしまった。
その一撃に押さえ込んでいた狼が牙を剥いた。
手元に転がっていた椅子を近づいてくる少女に投擲する。少女はそれを緩慢な動作でながらも滑るように避ける。だが次の瞬間、少女が横移動した一瞬で距離を詰めた衛の左腕に殴り飛ばされていた。
一切手加減が出来なかった。
化け物じみた怪力に殴られた少女は弾丸の如きスピードで廊下の奥の壁に激突し、勢い余って床に叩きつけられてからようやく止まった。その額は床に打ち付けた所為で割れて血が垂れていた。
衛はそれを見届けることなく、気絶した振りをしたもう一人の少女に接近していた。
気絶を演技と見破ったのはまさに野性の勘だった。
既に、白いもやに知性がある、手加減をしなければなどといった理性は残らず吹き飛んでいた。それほどまでに強烈な本能が衛の思考を完全に遮断していた。これこそ、月が満ちれば満ちるほどに作用する狼の血の力だった。
衛が見破ったことに気づいていないらしい少女はまだ伏せたままぴくりともしない端から見ればその演技は女優でも務まるような見事なものだったが、獣の本能を持つ衛には一切通用しなかった。人間の体を操り、こちらが完全に油断するまでやられた振りをするほどずる賢いがその賢さも衛には関係なかった。
ただ目前の障害を、全力を持って排除して生き残ることだけが絶対唯一のものだった。
今までになく眼をぎらつかせ、刃物に似た目つきで見下ろすと、衛はおもむろに少女の制服の襟首を掴み片腕だけで持ち上げた。
いつの間にか5000PV、2500ユニークを越えていました!
実にありがたいです。これからも励みにして頑張ります




