狐の繋がり
「ごめんよカレンチャン、忘れてなんかいないんだ。ただちょっと忙しいかっただけで……ぎゅぶるっ!」
掃除用具入れを持ち上げて貰い衛に救助された最上兄は妹に平謝りするものの、ご機嫌斜めな妹はぷいっとそっぽを向いて拒絶した。それどころかしなやかな美脚で最上兄を蹴り飛ばす始末である。蹴られた兄は奇声を上げて宙を舞いつつも、どことなく嬉しそうなので本人にとってはご褒美に近いのだろう。端からみれば末期、手遅れの烙印を押されてもしょうがないのだが。
のけぞり、壁に強く頭を打ち付けた最上兄は恍惚とした表情を浮かべて気絶、一連の出来事に慣れた衛は彼を放置して最上妹に向き直った。
最上兄が気絶したことで饒舌になった妹はここに来るまでの経緯を話した。
少しだけ遅くなる、と兄から連絡を受けた最上妹は一人帰路についた。料理でも作ろうかと思い立った妹は道すがらにあるスーパーに立ち寄り夕食に必要な食材を買い込み意気揚々と自宅に向かった。
兄が帰ってくるであろう時間に手早くかつ慣れた手つきでテーブル一杯の質素ながらも品の多い料理を並べてから待っていた。しかし兄が帰ってくることはなく、連絡もなかったので心配した最上妹は冷え切った料理をそのままに家を飛び出したのだった。
それを聞いた衛は全面的に最上兄が悪いと判断し、妹の好きにさせることにした。とはいってもいつもと変わらないことだったりするのだが。
うつ伏せに倒れる最上兄の傍にしゃがみ込み、投げ出された片腕の上腕の裏をぎゅっとつねる。ぐすんと鼻を鳴らして涙目なのはそれほど心配だったのだろう。
「兄さまのバカ……」
なんともいえない居心地の悪さに衛はそっぽを向いた。
最上兄を自主的におぶった妹は逃がさないとばかりに太腿を掴む手に力を込めた。どこか捕食前の肉食獣に似た剣呑とした目つきだったが、衛は努めて気にしないことにした。
ようやく階段の踊り場から動いた一行は衛を先頭にして時折立ち止まりながらも人間の匂いを追いかけていく。近づくにつれて、複数の人間が固まっていること、その団体のまま絶えず動き回っていることがわかり匂いは徐々に濃くなっていた。
このまま匂いの元は膠着状態に陥るかと思いきや、団体の先頭で常に動いていた一人が急に方向転換し、更に遠くへ走っていくのがわかった。
人間を追いかけるまま手近な階段から二階に上がるが、このままでは埒が開かないと判断した一行は校舎間を行き来して先回りしようと試み、このまま動くのならば来るであろう一年生の教室が集まった廊下の前で待ち伏せすることにした。
最上妹もトーコも物の怪なので力も体力もまだまだ残っているが、大事をとって人間たちが来るまでの間休息を取ることにした。廊下の真ん中辺り、そこは正面に手洗い場があり、生徒には思いのほか便利な場所で遠い教室で授業を受ける生徒から羨ましがられている教室に向かった。
手探りで影になっている引き戸の取っ手を見つけてそれに触れた。その瞬間、今まで気を失っていたはずのお稲荷様がトーコの背中を突き飛ばしてくたりと脱力したまま顔を俯かせて立ち上がった。
その姿はまるで悪霊に取り憑かれたようだった。
突然の出来事に目を白黒させるトーコたちに構わず、取っ手に指を掛けたまま固まっている衛を引き戸から引き剥がし、躊躇いもなく扉を開け放った。
「それはだめだよっ!」
そう叫ぶと同時に我に返ったのか、ぱちくりと目を瞬かせて扉を開けた姿勢のまま教室の中を見つめていた。
唐突な奇行に衛たちは唖然としていたが、お稲荷様も混乱の極みに陥っていた。
なにせ目が覚めたら見知らぬ教室の前に立っていたのだ。
恐る恐る振り返ると疑問符を大量に貼り付けた顔をした衛たちが凝視していた。
ひっ、と悲鳴を上げて前を向くと教室の中心に二つの机が繋がっていた。その周りには倒れた四つの椅子があり、その他の机と椅子は整然と並んでいた。
窓から差し込む光が二つの机を中心に浮かび上がらせている。それ故に余計に目立つその周囲に目が吸い寄せられていた。
繋がった机の上には何かが書かれた大きな画用紙と、画用紙の上にぽつりと置かれた十円玉があった。




