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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
こんこん
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儚い光の囁き

 なんとか立ち直ったトーコにお稲荷様を背負って貰い、情けない最上兄を投げ飛ばして振り払うとようやく一行は歩き出した。

 ひとまずの目的は自分たちと同じように夜の学校に忍び込んでいる人間たちとの合流。

 気を失ったお稲荷様が感じた異常に、この人間たちが関わりがあるかと睨んだ衛はトーコにその趣旨を話し、復活した最上兄を投げ飛ばして先を急いだ。

 桜庭高校の一階は主に特別教室が集まっている。校舎こそは分かれているが三つある校舎全ての一階には保健室や職員室、理科室などの特別教室、倉庫代わりに使われている空き教室もこの一階に集まって並んでいる。

 衛たちが歩くのはその一階であり、先ほど怪奇現象が起きた教室はがらんどうの空き教室で、誰もいないどころか何もないはずなのだが。

 幽霊や妖怪が実在していることを知っていても独特の恐怖に駆られるのは人間の特徴なのか、ただ周りを見ると人間だけが怖がっているわけではないようだ。

 ふんふんと鼻息の荒い最上兄がついてくるのを振り返って確認してトーコの様子を横目で見る。

 顔色こそは青ざめているものの、しっかりとした足取りで歩き、お稲荷様を背負って衛に並ぶ彼女に内心で感嘆の声を漏らした。見惚れるのもつかの間のこと、沸々と湧き上がる汚い劣情を噛み払い、足下を仄かに照らす月光を目で追って窓の外を見た。

 まばゆくも弱々しい白光を放つ半分だけ月が雲の波を浴びながら静かに浮かんでいた。

「この所為か……」

「え?」

 いつの間にか足を止めていた衛が漏らした呟きに追い抜いたトーコが反応した。

 首を横に振って何でもないことを伝えるとトーコの後を追った。

 満月に近づくにつれて狼の本能が牙を剥く。獣性が増すことによって本能の扉が理性の鎖を砕かんばかりにひしめいたのだ。

 あの気丈な少女を侮蔑し、泣き叫ぶ表情を嘲笑い、生気の無い姿さえも蹂躙し、壊して壊して汚れ切るまで陵辱の限りを尽くし骨の髄まで貪りたい。

 一瞬の思考に混じったのは気味の悪い本能の囁き。

 月下に猛る狼の雄叫びそのもの。

 体中の血液を抜き、指先足先から丹念に洗い流し塩を刷り込んでやりたかった。

 友達にこんな感情を向けるな、絶対に狼になるな。

 こんな不純物に体を使わせてたまるか。

 ――守れ、守るんだ。狼から、友達を、人間の自分が。


 特別教室前の廊下を過ぎ、別校舎に繋がる渡り廊下の手前で二階に上がる階段を上る衛たち一行。先ほどの怪現象は起こらず、一安心したのもつかの間のこと、階段を上がり切った目の前の掃除用具入れが激しく揺れた。

 後ずさったトーコの悲鳴が耳をつんざく甲高い音にかき消された。

 見ているだけでも地面が揺れている錯覚を感じてしまいそうなほどの強い揺れが唐突に治まると、用具入れの扉が衛たちに向かって吹き飛んできた。

 突然の事象ながらも半ば反射的にトーコの前に出た衛は縦回転を伴って飛んでくるスチール製の扉の中心に拳を叩きつけた。耳を塞ぎたくなるほどの騒音と共に真っ二つに折れ、掃除用具入れ脇の壁に激突した。

「マ、マモルクン大丈夫かい?」

 壁にぴったりと背中をつけて擬態のつもりだったのか最上兄は元から白い顔をそれよりも蒼白にしていた。

 頷くと最上兄は申し訳なさそうな顔で更に言う。

「帰ってもいいかい?」

「ダメ」

 即座に一刀両断したのは膝を震わせているトーコだった。

「……そうだよね。うぅ帰りたい」

「帰れると思っているんですか?」

 え、とここにいる全員が割って入った新たな声に身構えるが、一番後方にいた最上兄が吹き飛び、耳障りな音を立てて掃除用具入れにすっぽりと入った。

 再び激しく揺れる掃除用具入れを唖然と見る二人の前に現れたのは小柄なシルエット。

 前後に揺れた掃除用具入れが扉のあった方を下にして、最上兄を閉じ込めるように前のめりに倒れた。

 窓枠の下に立ち、月の光に輝く幻想的な金色の髪をはためかせ目尻を吊り上げて怒気を全身から発する一人の少女。

「兄さまのバカ。……すぐ帰ってくるからって言ったのに」

 唇を尖らせて呟いたのは家で留守番していたはずの最上妹だった。


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