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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
こんこん
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夜の登校

 学校や病院、トンネルなど多くの人が通る何の変哲もない場所に、夜の、とつくと途端におどろおどろしい響きになるのは何故なのだろうか。その中の一つ、夜の学校を現在進行形で体験している衛たち一行は妖怪や降魔師などの存在を知っているおかげか、取り乱すことはない。だがいくら見知っていてもそれとこれとは話が別であり、つまりはというと、衛を除いた三人が酷く怯えているのだ。

 電灯は既に消え、明かりといえばほんの微かに差し込む月の光だけ。

 履き替えた上履きがリノリウムの床を叩く。昼間では気にならないような小さな音の一つが、誰もいない廊下に強く反響する。風が通る音でさえも嘆く怨嗟の声に聞こえるのだからどうしようもない。酷く背後が気になるが、振り向かないのが懸命な判断なのだろう。

 眼前は闇で包まれ、伸ばした手の先すら見えないが物の怪たちには関係なく、問題なく見えている。

 歩く度に体をこわばらせるお稲荷様とトーコは我慢出来なくなったのか、衛の両腕に抱きついた。途端に顔を真っ赤に染め上げ、布越しの柔らかな肢体を忘れようと手の平に爪を立て、なんとか倒れずに持ち直した。

 次いで最上兄が衛の肩を掴んだ。

「ママ、マモルクンは怖くないのかい?」

 わざと明るい声で重々しい空気を吹き飛ばそうと試みる。その意図を汲んだお稲荷様がすぐさま声を張る。

「そうだよ! 私なんて怖くて怖くて……うぅぅ狼くぅーん」

「怖いもなにも……」

 自分たちほど怖いものもない、と言い掛けたが口から出ることはなかった。

 音を立てて開く教室の引き戸。衛たちの先にある教室の扉が一人でに開いた。

 四人の呼吸が止まる。

 キュルキュルと音を立て、焦らすように、見る人の心に恐怖を刷り込みながら少しずつ少しずつ開いていく。幾ばくの時間を掛けて人一人が通れる隙間が生まれた。

 血管を締めて鬱血させるほど強く衛の腕を掴む三人。いつの間にか最上兄も首に抱きついていた。

 口を開いた濃厚な闇の奥は見えず、手前の扉の輪郭をも侵食して黒に染めていた。

 先の見えない暗黒の空洞の底から、男か女かはっきりとしない鬱々とした呻き声が野太くそれでいてか細く、まるで地獄の底から伝っている声がじわりと迫り、勢い良く扉が閉まった。

 突拍子もない出来事に、思わず注目していた所為で全員が垂直に三センチほど飛び上がり、衛を除いた三人が悲鳴を上げる傍らで、微かな別の声が聞こえた気がした。


「な、なに?」

 別校舎まで木霊した衛たちの声にびくりと肩を震わせた少女は懸命に動かしていた足を止めて振り返る。

「誰かいる、の?」

 窓から差し込む月明かりを頼りに息を荒く吐く少女の背後から腕が伸びる。それを強く振り払ってから少女はまた駆け出す。

「助けてっ………!」

 充満する濃密な闇に阻まれて、その懇願は届かない。


 一層強く腕に抱きつく柔らかい感触に茹で蛸になりながらも精神力を振り絞って耐える衛。その腕に縋りつくのは目尻に涙を浮かべてぎゅっと目を瞑るトーコとお稲荷様がいて、同じようにがっしりと肩を掴んでいる最上兄は歯の根が震えて合わないながらも気を紛らわせるためにか、足先を見つめて小声で童謡を歌っていた。

 すっかりと戦意喪失した手掛かりのお稲荷様を見遣り、漏れそうになるため息をこらえて、嗅覚を集中させた。狙うのは色濃く残っているはずの物の怪の匂い。お稲荷様が警戒するほどの大物なのだ。強力な物の怪なのだろう。気を引き締めて鼻を利かせる。既に衛の頭からは腕に抱えた少女たちのことは一欠片も残らず抜け落ちていた。

 おかしい。附に落ちない奇妙な感覚に、衛は眉を寄せた。

 強大な力を持つ物の怪ならば漏れ出た残滓が漂っていそうなものだが不思議なことにそれが一切ない。嗅ぎ取れるものといえば複数の人間の匂いと、極々微小な、集中していなければ見失ってしまうほど小さな匂い。その小ささ故に何一つとしてわからないのだが、衛はこの小さな匂いを無視し、差し当たって人間の方に向かうと指針を決めた。

 そうして緩慢な動きで一歩を踏み出した途端、ずっしりと右腕に負荷が掛かった。抱きついているはずのお稲荷様の体がずり落ちていくのを見て慌てて腹に腕を差し込み抱き寄せた。

 完全に脱力した体は案外重量があるため片腕では厳しいものがあり、誰が助けてくれる人はいないかと改めて自分を客観的に見てみる。

 気を失った神様を抱え、怯える少女に抱きつかれ、役立たずにしがみつかれ。

 棒立ちのまま沈黙する衛はしゃがみ込んで頭を抱えたくなった。

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