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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
過激乙女と鬼ごっこ
32/131

女の子も強い

 徐々に強くなる桃の匂いに気を取られ、足が早くなっていることに衛は気づかなかった。鼻に集中して注意力が散漫になっていた衛が、突如として頭上に現れたギロチンの剣を避けることが出来たのはまさに僥倖と言えるだろう。

 本人が思うよりだいぶ優秀らしい聴覚は頭上の風切り音をきっちりと捉え、突然のことに驚きながらもしっかりと前転気味に飛び込むと背後で剣が固い地面を抉っていた。

「オオゥ!? 当たらないんデスカアァァァ!?」

 ほど近くから聞こえるその声と共に足音が遠ざかっていく。それをみすみす逃がすつもりのない衛は体勢を整えてから一気に加速する。やはり待ち伏せされていたらしく、慌てて走るシルクハット男が一つのオフィスビルに飛び込んでいくのが見えた。もちろんトーコも一緒だ。

 一瞬、トーコの赤い眼が衛を見た気がしたが、気絶しているのだから見間違えということにした。

 見上げると倒れてきそうな錯覚を受けるオフィスビルの、横一列に並ぶ窓を下から数えると十三階分はあるらしい。広さもあるビルに逃げ込んだシルクハット男を捕まえるには無理がありそうだが、突入することに一瞬の躊躇いも感じなかった。

 自動ドアが開くのを横目に、ビルの中を見回す。どうやらこのビルは使われているらしく、清掃も行き届いていた。だが相変わらず人気はなく、結界に人払いの効果が確かにあることを改めて確認した。結界のせいで仕事中にも関わらずスーツ姿の集団が目を虚ろにしてビルを出ていく光景が容易に想像出来た。

 誰もいない受付の横を通り過ぎ、匂いを辿りながら階段を登る。踊り場にはエレベーターがあったが上昇中らしい。誰が乗っているかは言わずもがなだろう。

 扉上のディスプレイを睨みつけ、数字が変わるのを見た瞬間に一段飛ばしで階段を駆け上がる。瞬く間に二階の踊り場に着き、再びエレベーターの扉上のディスプレイを凝視する。二から三に変わった途端に先ほどと同じように階段を駆け上る。

 並外れた体力に物言わせて、絶対に逃がさない気概で昇降する箱に乗ったシルクハット男に追従するつもりだ。

 四、五、七、十、そして十一でディスプレイは沈黙した。

 チーン、と軽快な音が鳴って、指紋一つない扉が開いていく。銀色の扉を睨みつけたままの衛の目にエレベーター内の様子が映り込んだ。

 腰辺りの位置にある手すり、壁面の大部分を覆う鏡、砂が落ちたリノリウムの床、尻を高く持ち上げ平伏する肥満男の頭を、手の中でシルクハットを弄びながら踏みつける、黒く艶のある先が三角形の尻尾をスカートから覗かせて揺らす赤い眼の女の子。

 押し付けられた男の顔は僅かに痙攣する体と相俟ってひどく滑稽で、その姿はウシガエルを彷彿とさせ、万人の笑いを誘う風貌だが、見開いた白目と、嗜虐的な性格が覗いた表情で男の頭を踏む少女の所為で面白おかしい空気は一切微塵もなかった。

「あ……。やっほ、おにーさん」

 見つめる衛に気づいた様子で嗜虐的で恍惚とした表情を引っ込め、慌てて取り纏って微笑むも、羞恥を隠しきれず頬を赤く染め、花も恥じらいそうな程控えめに可愛らしくはにかむトーコに、愕然とした顔で固まる衛は何も言えなかった。

 トーコが目を覚ましたのは衛たちがオフィスビルに入るもっと前、シルクハット男が数多の札をばらまいたころだった。

 あれだけ騒いでいれば確かに頷ける話だ。なんとか状況を把握したトーコはシルクハット男にバレないよう息を潜めて様子を窺っていたが、無数の剣が衛に降り注ぐときや奇襲を掛けられたときなど、飛び出しそうになる悲鳴をこらえるのに随分と体力を消耗していた。

 運動後の発汗か、冷や汗かでシャツに染みを作った男がエレベーターに乗ったところでトーコの抵抗が始まった。

 気づかれないように横目で突き出した腹が激しく上下するのを確認したトーコは、汗の酸っぱい臭いに辟易して顔をしかめながら自らの体に触れている丸太に似た腕を通してシルクハット男の精気を気取られないほどゆっくりと吸い取り始めた。その際ににゅるりと悪魔じみた尻尾が出現したが、音もない所為で男は気づかなかった。

 精神的にも肉体的にも疲労が溜まっているが、それに歯車を掛けたのがシルクハット男の腕だった。

 トーコを抱える男の手が服の中に潜り込みいやらしい手つきでくびれた脇腹を撫でているのだ。

 際限なく噴き出す嫌悪感を必死に押し殺すもぶわりと鳥肌が立ち、思わず息を止めた。だが男は気持ち悪い笑みを浮かべて撫で回すことに夢中で気づいていなかった。

 ほっと息をつき、次いで嫌悪感が燃え上がる怒りに変換した。精気を吸収する強さを最大まで引き上げ、男が情けない声を上げて崩れ落ち、これ以上は命の関わるというところまで精気を搾り取った。その結果が痙攣と白目だ。経験からして少なくとも三日間は動けないだろう。

 それを聞いた衛は自業自得だといわんばかり冷たい目を男に向け、トーコ一人でも何とか出来たことに虚しくなった。逆に自身を助けにきてくれた衛に向けるトーコの視線は親愛の混じった熱っぽいものだった。

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