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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
マウンテン爺婆姫
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降魔師ということ

 鳴海明日香には友人と呼べる人間がいない。

 実績ある寺の跡取りという肩書きは、鳴海が思うよりもずっと強く他人を敬遠し、何よりも実績のある寺ということはそういった類のものが見えると自ら広めているようなもので、それが関係して自ら近付く人間は少ない。更にそのことが鳴海の元からきつい性格をよりきついものにしていて、そんな悲しい循環のせいで、奇特にも見えることを気にしない人間が話し掛けてもなかなか会話にならないことが多々あった。鳴海本人ももちろんこの性格を直したいとは思っているのだが、長年に渡って形作られた性格は簡単に変わるものでもなく、変わりたいが変われない、というジレンマに多大なストレスを抱えた鳴海はある意味全ての元凶とも言える物の怪に、ある種の積年の恨みを尚更強烈に叩きつけた。

 そんな中で唯一と言っても過言ではない友人が西野桃花だった。

 鳴海が嫌う、物の怪から繋がった人間だが、そんなことが霞むほど鳴海は喜び、少々癪だが桃花と自分を繋いだ物の怪に感謝すらしていた。友人のいなかった生活をしてきた鳴海にとって、一人の友達が出来るという出来事はまさしく天地がひっくり返るかのような事柄だった。

 ともだち。その甘美なる響きの虜となった鳴海はそれはもう引く程にメールを送り、流石に深夜は控えたものの毎日のように通話した。

 普通の人ならばすぐさま縁を切ってしまいそうなものだが、幸いというべきか、桃花も見えないものが見える、という経験をしているので鳴海に対して理解があり、寛大であった。

 僅か出会って数日で親友と呼べるほどに仲を深めた二人の絆は鎖のように硬くなっていた。

 相方ともいえるその桃花がいなくなったことに気付いた鳴海の動揺ぶりは凄まじかった。目撃した者全てが胸を打ち抜かれるほど酷く幼くうろたえていたらしい。

「あすちゃん!」

「桃花! 今すぐ出してあげるから!」

 石畳の床を強く蹴り、桃花の声が聞こえる暗闇の中へ飛び込もうとした瞬間、じっと静観していた一本足の妖怪が鳴海を遮った。

「邪魔しないでっ!」

 ラミネート加工された紫電の迸る札を投げつけ、妖怪の脇を通り過ぎようと踏み込むが、札を一本足で跳ね避けた山爺が頬をリスのように膨らまし深く息を吸い込んでとてつもない声量で叫んだ。その殺人的な雄叫びは小部屋をがたがたと揺らし、石畳の一部が捲れ、土埃が舞い上がり、耳鳴りが起こる程の残響を残してゆっくりと収束した。

 ちゃっかりと耳を塞いでいた山姫と山姥に大事はないものの、耳の良い衛はぱたりと倒れて気絶し、近くにいた鳴海は酷い耳鳴りを覚えて涙目で蹲ってしまった。のけぞった体勢で固まっていた最上兄は、慌てて気絶した衛を部屋の隅に引き摺って避難させ、妹はどことなく嫌そうな顔で耳に指を入れていた。

 ぶるぶると震える膝を叱咤しながら四つん這いで檻に向かう鳴海の前に小さな体で立ちはだかった。

「むふふ、だめじゃよお嬢ちゃん。あの娘達はワシが食べるんじゃからのぅ。なんならお嬢ちゃんも一緒に食べてしまおうかのぉ?」

 岩さえ砕く鋸に似た歯を剥き出して嫌らしく笑う爺に、冗談じゃない、と鳴海は心の中で吐き捨て、ポケットから二枚の札を取り出した。それを思い切り山爺の足に叩きつける直前で山姥が叫んだ。

「ええ加減にせんかクソ爺! ワシがそんなことさせると思ってるんか!?」

「んん? 聞こえんのお。最近耳が遠くての」

 くわっ、と目を見開き、凄まじい勢いで一本足の妖怪に近づくと、肩の後ろまで振り被った包丁で胴をかち割らんばかりに薙ぎ払った。だが、妖怪は小さな見た目そのままの俊敏さでぐっとしゃがみ込み、飛び上がったまま山姥の頭を噛み砕いてやろうとしたところを鳴海が伸ばし切ったふくらはぎに二枚の札を押し付けた。刹那、バチッ、と空気が弾け、青白い電撃が散って妖怪の一本足が引きつり、筋肉が痙攣した。

 直後、聞くに耐えない爺の悲鳴が部屋に響き渡り、石畳の上に墜落して全身を小刻みに震わせた。

「ふん、良い気味だ。そのまま死んでろ糞爺」

 鼻を鳴らして辛辣に言い放った山姥は桃花達が閉じ込められている檻の南京錠を切り落とした。

「やめ……ワシの飯がぁ」

 諦め悪くずりずりと床を這いずり寄ってくる爺の前に立ち塞がったのはいままで静観していた最上兄妹だった。

「その辺にしようよおじいさん」

「うる……さい……! ワシの……」

「あんまりしつこいとボクも怒るよ? つい(ころ)しちゃうかもね」

 いつになく冷たい表情で見下ろす最上兄の背中を見て、妹は誰も聞こえない声量で呟いた。

 ……格好いい。


 鳴嘔混じりに何度も何度も名前を呼び、大粒の涙を流しながら失くした宝物を見つけたかのように抱き合う少女達の感動的な光景は実に涙をそそり、ブルーの瞳を潤ませる最上兄妹や止まらない涙を拭い続ける山姫、そしてあの山姥すらも目頭を押さえ鼻をぐずらせていた。鬼の目にも涙、とはこのことだろうか。

 一方で、最上兄の鋭い眼光と脅し文句にすっかりと怯え切った山爺は部屋の隅で小さく丸まって震えていた。鼠色の体毛も相まって痙攣するネズミに見える山爺は、むくりと起き上がった衛にすら恐怖し、目一杯体を縮こませていた。その様子を見るに、今回のことは良い薬になったらしかった。

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