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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
マウンテン爺婆姫
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燃える背中

 古めかしくも小綺麗な玄関を進み、板張りの短い廊下の奥の扉を開けると、真ん中にちゃぶ台、右角には台所、左手に襖で遮られた部屋があり、その奥にも部屋がある間取りだった。外見よりも遥かに広く、綺麗な小屋を見て、衛は内心驚いていた。

 軒先で騒いでいた三人に気付いたらしい小屋の同居人が、怒り狂う老婆をなだめすかして事無きを得た。

 驚いたことに、山姥と住む同居人はそれはそれは美しい少女で、眉で切り揃えられた前髪とは反対に後髪は地に着くほど長く、陶器の如き色白の肌に映える薄紅の着物、端正は顔立ちは芸術品のように麗しく、されど魔性を感じさせる何かを持っていた。

 その少女、山姫の丁寧な自己紹介の後、小屋の中に招かれた衛と最上兄は伸びていた鼻の下を引っ込めるほど衝撃的な光景に立ち尽くした。

「おばあちゃん。うるさいと思います」

「おやおや、ごめんねぇ娘っ子。このバカ共が騒がしくってねぇ」

 立ち尽くす二人の間をするりと抜け、にこにこと笑顔で隣に座る山姥に躊躇いもなくこくんと頷き、お茶を啜るのは最上妹。妹にバカ認定された最上兄は肩を落とし、また、まるで態度の違う山姥に唖然としつつも怒鳴られないように小声で喋る。

「カ、カレンチャンどうしてこんなところに……」

 いそいそと最上妹の対面に座った兄。衛は壁際に座り込み、山姫は最上妹の後方に正座し、山姥はその隣に座った。

 兄の質問に小首を傾げ、とろんとした眠たげな目を兄に向けて最上妹は一言。

「人探し」

 どうやら騒ぎになる前に既にいなくなった生徒を探しに来ていたらしく、たまたま見つけたこの小屋で一休みさせて貰っていたようだ。鬼のような山姥と、無口な最上妹が仲良くしている様子がどうにも想像出来ず、衛は適当な理由をつけて無理やり納得した。

「あんまり心配させないでよねカレンチャン。ボク、びっくりしたんだから」

 ぷりぷりと怒る最上兄に、何故か頬を染める妹。

「……ごめんなさい」

 衛達は揃って呆然としていた。まさかこの子が謝るなんて……。

 二人の考えを見透かしたで、袖で口元を隠して笑う山姫。

「ふふ、可憐ちゃんはちゃんと謝れる子ですよ?」

「そうそう。どこぞのバカ共とは違うんだよ。でもどうしたんだい? このバカ共が来るまで普通に喋ってたのに急に静かになるなんて」

 首を傾げる山姥の最上妹に向けた発言に衛は納得したように頷き、兄は唖然とし、本人は珍しく顔を真っ赤にして涙目で山姥を睨んだ。その最上妹の反応に山姥は更に首を傾げた。

「カレンチャンが普通に喋った……?」

 未だ唖然としたままの最上兄の呟きに大袈裟なほどに体を震わせる最上妹はいつも以上に小さく見えた。兄妹の反応から察すると、最上妹は兄の前ではめったに口を開かないらしい。思い返してみれば確かに衛と二人だと妹は少ないながらも普通に会話していた。一番わかりやすい時では雨の日の屋上の出来事だろう。衛は一人頷いた。

 なんとも言えない微妙な空気が吹き飛んだのは唯一平常で、戦い慣れた衛が小屋の外に剣呑な気配を感じた時だった。

 前兆もなにもなく引き戸が居間に吹き飛んできて、背中を向けていた最上兄が押し潰された。

「桃花を返せ!」

 両の手いっぱいに幾何学模様の札を持ち、叫びながら乗り込んできたのは鳴海明日香だった。

 その瞬間、ぷつんっ、と不吉な音が聞こえた……気がした。

「なにしてんじゃガキャァァァァ!」

 雄叫びと共に獣の如き姿勢で飛びかかり、出所不明の中華包丁を振り下ろす鬼が一人。

 その迫力と形相に鳴海は悲鳴を上げて後ずさったが、手の中の札を全て山姥目掛けて投げ飛ばした。横一線に飛んできた札を避けることは難しいだろう。だが山姥はそれをたった一振りで全ての札を切り裂いた。札は真っ二つにされ、本来の効果を不発に終えた札はわずかにでも効果を発揮させようと切り裂かれた先端から燃え上がりそのまま落ちていった。

 紙にしては真っ直ぐ飛んできたそれをよく見てみればラミネート加工を施されており、やはり工夫が必要なのかと場違いにも程がある感想が、衛の頭に浮かんだ。若干気が弛んでいるが、それでも体はしっかりと動き、畳に張り付く最上兄の後ろに陣取り、背後で唖然としている最上妹と山姫を守れるように腰を少し落とした。

「こんガキ人ん家襲ってなんちゅう態度じゃワリャァ!」

 風を切るほどの速さで包丁を振るう山姥に対して、鳴海は新たに取り出した札を左手に持って突き出していた。どうやらそれは見えない盾か結界らしく、高速で叩きつけられる中華包丁の刃が触れる度に鈍い音を上げていた。

「うるっさい! 桃花を誘拐したのはアンタでしょ!? 返せ! 桃花を返せ! これだから妖怪は! アイツらだって絶対そうよ! 仲良くしておいてから襲うのよ!」

 ぐいっと猫目を吊り上げ、冷たい容貌を怒り染めて鳴海は叫んだ。

「な、何? なんなの? なにが起き……熱い! 何か熱いよ! 背中! 背中燃えてない!? 痛い痛い痛い!」

 身動きの取れない最上兄は不幸にも燃え上がった札に背中を圧迫する扉の木製の枠に火をうつされちりちりとした熱さを感じていた。燻る煙が立ち上るが衛たちが気付く前に山姥と鳴海が起こす風圧にたちまち消されていった。何かが燃える匂いに気付いた衛に引き戸を引っぺがされるまでしばしの恐怖を最上兄は味わうことになった。

「トウカぁ? 誰じゃそれ」

 振り上げた包丁をぴたりと止めて山姥は眉をひそめた。

「え? アンタが連れ去ったんじゃ……」

「誰じゃトウカって」

 動きを止めてぽかんと間抜け面を晒す鳴海に複数の冷たい視線が突き刺さった。

 山姥と鳴海の動きが止まったことで立ち上る煙と匂いに気付いた衛が慌てて最上兄を助け出した。ようやく助けられた最上兄は泣き笑いの表情で背中をさすった。

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