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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
古より十字架は今と変わらず
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真夜中の狐

一章に該当する話は毎日更新します。

以降は未定です。

 カタカタと木製の車輪が小石を弾き、ガードレールにぶつかって音を立てた。硬い樫の木を削って作られた骨組み、上質な絹で作られた帆が風に踊る。

 馬車に乗った恰幅の良い男は鞭を馬に打ち付ける。馬が戦慄き、ぐんぐんと加速する。流れる景色を見ながら風の音を楽しんだ。随分と現代には似合わない光景だが、はてと首を傾げるところは他にもあるのだ。首の無い、生きているはずの無い馬が疾走する。

 誰もいない道路を眺め、手綱を持つ男の、小脇に抱えた首がにんまりと笑った。だが、突然目の前に立ち塞がった女の胸元を見て、抱えた顔が苦々しい表情に変わる。

 小脇に抱える頭を両の膝小僧の間で挟み、空いた両腕で手綱を操り、馬車の方向を変えていく。しかし焦りからか、道幅もろくに確認せず、目に入った道にひたすら飛び込み、運の悪いことにそれが狭い路地へ進んで、徐々に戻れなくなっていた。

そうして袋小路に捕らわれてしまった男は馬車から降り掛け、目を見張った。息一つ切らしていない女に唯一の出口を塞がれていた。焦った男は手にする鞭を縦横無尽に、滅茶苦茶に振り回した。だが女はそれを鼻で笑い、勢い良く頭上から降って来た鞭を素手で掴んだ。愕然とする男を前に、女は詰まらなそうに鼻を鳴らした。直後、鞭を手元に引っ張り寄せ、柄を握っている男を引き摺った。

 足元に転がって来た男を一瞥もせず、馬車の近くに落ちた男の頭部を虫を踏み潰すかの如くいとも簡単に潰し、背後で痙攣する男の胴体をもぐちゃぐちゃに踏み潰した。死んだ主を待ち、静かに佇む首無しの馬をも物言わぬ肉片に作り変え、男が乗っていた馬車すら粉々に砕いた。

 僅かな破片が地に落ち、一つの車輪が壁に側面をこすりつけながら速度を落として寄りかかった。

 それを見つめる女の背後から、息を弾ませた美丈夫が肩に手を置いた。




 月が顔を出し、太陽が御役御免とばかりに沈んでから数時間。空はすっかりと光を無くし、決して地上には届かない、点々とした豆粒よりも小さい明かりが灯っていた。

 鬱蒼と生い茂る竹籔の群生する小高い山の山道から見上げる空は隙間のある雲と笹の葉で覆われ、星の輝きを遮っていた。

 ひび割れた場所に苔と雑草が生えた石階段を早足で登りつつ、飛び交う羽虫を、人間離れした動体視力と聴力で避けながら、黙々と歩みを進める影が一つ。その影の持つビニール袋が耳障りな音を立てた。

 つい二ヶ月程前に高校生になった大神衛(おおかみまもる)。彼が向かう先には開けた土地があり、そこには年老いた、というよりその存在を忘れていない僅かな参拝客や、物好きな歴史研究家が訪れる寂れた稲荷神社がある。

 夜中と言っても過言ではない時間に彼がここに来るのは、その稲荷神社の神様であるお稲荷様に呼び出されたのだ。友人とは言え、夜の街をぶらつく不良達も寝静まった時間を集合時刻にするのは些か非常識なのだが、既に神様云々、妖怪云々を見知っている衛にとっては大したことでもない。

 階段を登り切り、竹籔から抜けると、途端に羽虫の姿が消えた。境内を守るように置かれた、苔一つ生えていない見慣れた狛狐像が目に入った。ここの神様はどうやら綺麗好きで、自分の神使を磨くのが趣味らしい。そして虫嫌いであり、狛狐像を利用して結界を張り、境内には虫が入れないようになっている。

 注連縄が結ばれた御神木に挟まれた鳥居をくぐって境内に入ってすぐの右手に手水舎があり、更に右奥には小さな社務所が建っている。社務所の反対側、つまり参道の左手を進むと絵馬殿があり、数えられる程の絵馬がぶら下がっていた。そのまま参道を進むと、古めかしい構えの拝殿があり、その入り口に向き合っている狛狐像があった。拝殿を通り過ぎたその後ろには小さな賽銭箱。そして厳格な雰囲気を醸し出す色褪せた本殿があり、神体は勿論稲荷神だ。

 それらを見渡して、手水舎で手と口を清めてから年季の入ったこぢんまりとした社務所の扉を控えめに叩いた。

 はーい、という高めの声が聞こえてから数秒、社務所の扉が開かれると巫女服を纏ったお稲荷様が顔を出した。

 頭頂部の近くから生える、先に行くに連れて白から薄い橙の狐色をした狐耳。真っ直ぐ通った鼻梁。狐の神様の筈なのに垂れ気味の鳶色の瞳。腰近くまである狐色の長く流麗な髪を毛先の方で一つに束ね、ぷっくりとした柔らかい質感の桃を思わせる桜色の唇にすっきりとした顎。巫女服の前をつつましくも盛り上げる胸、高くもなく低くもなく、細身で健康的な体躯に、ふさふさと左右に揺れる狐の尻尾。それがこの神社の神様、杵塚紺(きねづかこん)である。

 彼女は衛の姿を認めると嬉しそうに耳を動かし、尻尾を振った。

 闇夜に似つかない無邪気な雰囲気を全身から全方位から発している。

「狼くんだー。どうしたの?」

 イントネーションが違うのはいつものこと。眦を緩め、可愛らしい微笑を浮かべる彼女に、衛は手に持ったビニール袋を手渡した。

「これ、買ったんです。どうぞ」

「いいの? あ! 油揚げだぁ! それにエクレアもあるよ! ありがとー!」

 中心にスーパーのロゴが描かれた袋を抱きしめながら、バタバタと音が聞こえそうな程尻尾を振るお稲荷様を見て和む衛だが、疲労と眠気が限界に近付いており、さっさと要件を聞いた。

「……話ってなんですか?」

「えっとね……。これ食べてからじゃダメ?」

「それは……後にしてくださいね?」

「そ、そっか。明日も学校だもんね狼くんは。えっとね、話って言うのは、また危ない子が来るみたいなんだ」

 ふりふりと尻尾を動かしながら彼女がそう言った。その瞬間、境内の雰囲気が固くなる、ということもなく、のんびりとしていた。

「また……ですか。どんな奴なんですか?」

「んーとね」

 パタパタと揺れる尻尾がピーンと立ち、唇に当てていた人差し指を離した。

「日本の子じゃないみたいだねー」

「モンスター、ですか」

 衛とお稲荷様が住むこの町には妖怪やモンスターが入り込むことが多々あるのだ。善良な妖怪やモンスターは単に<物の怪>と呼ばれ、物の怪ならば何もせず、互いに不干渉、もしくは交流を重ねれば問題無いのだが、町を荒らし、人間や他の妖怪やモンスターを攻撃、殺害、災厄を撒き散らすなど、悪質な者達は<魔物>と呼ばれ、この町に住む人外が対処、つまり粛正するのだ。しかし、自主的に制裁を加える者は少なく、やはり悪質な人外も住み着いてしまうのだ。ちなみに、魔物と物の怪の区別は殆どの人間には知られてはおらず、僅かな人間しか知らない。尚、国内のそれは妖怪。国外のそれはモンスターとも区別されている。

「うん、そうそう。もんすてゃー……あ」

 やってしまった、という表情のまま頬が赤く染まっていく。目を伏せると同時にしっかり立っていた耳が恥ずかしげに落ち込んだ。

「……相変わらず、ですね」

「うぅ……、わたし日本の子だから……。ま、まぁいいや。そういうことだからお互いに気を付けようね?」

 可愛いなぁ、と苦笑する衛から、紅潮した頬を隠すように視線と顔を逸らして唇をほんの少し尖らせた。

「わかりました。……そうだ。アイツがどこにいるかわかりますか?」

 ほんの僅かに衛の雰囲気が変わったことに耳をぴくりとさせてお稲荷様は気付き、見逃さなかった。直立する尻尾はまるで何かを受信するアンテナのよう。

「ごめんね。今は日本にいないみたいなんだ」

 深く息を吐いて、衛は少し肩を落とした。

「……ですよね。僕は帰りますね、遅いですし」

「うーん、そうだね。それじゃあまた遊びに来てよ! 待ってるからね」

 手と尻尾を振るお稲荷様に衛も手を振り返し、石の尻尾を振る狐狛像に見送られながら稲荷神社を後にした。

 雲に遮られた月が淡く揺らめいていた。


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