空に溶ける
濃紺が更に深まった空から雨が降り始めた頃。最上妹と煌は静かに、されど激しく舞い踊っていた。舞踏会のようにステップを踏み、きらびやかなドレスの代わりに青のワンピースを。くるりとターンを描く度、艶やか金髪が滑らかに広がる。シャンデリアの代わりには頼りないが街灯を明かりにする。紳士淑女はここにはいない。たった二人の舞踏会。歓声の代わりに雨音を。感嘆の代わりに吐き出す息を。
汗を滲ませ、息つく間もなく激しく踊る。延々と、延々と。
青のドレスが濡れて肌に張り付いても構わない。黄金の髪が水に濡れて輝いた。
点々と雫が落ちる。青は紺へ、紺は濃紺へ。貧弱だった雫は更に強くなる。激しく地を叩く水の音は声も、息も、明かりさえ吸い取っていく。
高揚感に体が熱くなる。
不思議と疲れはない。
ぬかるみ始めた足場も気にしない。
ただただ踊り、演じ、見えもしない観客を沸き立て続ける。
不意に、黒のドレスの相方が動かなくなった。飛び立った金の十字架がゆっくりと濡れて線が浮いた胸へと納まる。ふっと目を細めて下流を見つめた煌はそのまま歩き出した。
突然の行動に首を傾げる最上妹だが、背後から不意を打つ事もなく、静かに見送った。後ろで固唾を呑んで見守っていた最上兄達も不思議そうな顔をしていた。
唐突に終わった舞踏会に、最上妹は眠そうな半目を擦り、つまらなそうに砂利を爪先で叩いた。雨に濡れたその姿はどこか神秘的で幻想的だった。
水流と雨粒の音に混じって靴擦れの音を聞いた衛は闇に目を向けた。
「殺さないのか?」
血を流してうつ伏せに倒れる古今を見て、煌は言った。
「必要がない」
「ふん。人間気取りか? 魔物め」
霞んでいた視界が、ふっと鮮明になった。一瞬だけ、雨粒が止まって見えた。
その言葉に、押さえていた肩をぐっと握り、煌を強く睨んだ衛は吠えた。
「僕は! 人間だ!」
「黙れよ狼。次は殺す」
足音も無く、いつの間にか古今を肩に担いでいた煌は衛の後ろ、暗闇の中の最上妹を指差して消えた。
「蝙にも伝えておけ」
不思議と、雨音にかき消されることのない、底冷えした声だった。
残ったのは血痕と、うつむいて拳を握り締めた衛だけだった。降りしきる雨が、強く衛を打った。足元の泥が跳ね上がってスボンを汚した。
否定して否定して、ただ逃げて逃避して、目を逸らして無くしてしまいたかった事実を突きつけられて頭が回らなくなった。
「ぼ、くは……」
結局、僕はとっくに人間じゃなくなってるんだ。
黒々とした髪から水滴が滴り落ちて涙のように頬を伝う。そのまま輪郭をなぞっていき、噛み締めた唇から鋭い牙が見えていた。
鉛色の雲が闇夜にぽつりと浮かんでいる。血の匂いを巻き込んだ風が音を立てて飛んでいった。
雨はまだ、止みそうになかった。




