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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
満月の光は優しく
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三つ巴

 今まで以上に敏感になった嗅覚を頼りに、周囲を油断なく探っていく。すると衛が立っている位置からそう離れていない場所から様々な人間の匂いが近づいてくるのがわかった。

 先程遭遇した降魔師は一人だけ足が速かったのだろうか。それならば集団から一人抜けていた理由も頷ける。

 それにしても酷い臭いだ、と衛は自分の体を見下ろした。

 無数の傷は既に塞がっていて今は痛みも感じないが、失血死寸前だった状態のまま彼の服装は変わっていない。つまり血液をたっぷりと吸った衣服からの臭いが酷いのだ。

 無論それだけではない。

 そこかしこに生える草や木々、土の匂いはもちろん、今も接近している人間たちの汗の匂いもしっかりと、それも一人一人違う体臭を感知出来るのだ。

 嗅覚が敏感になったことの副作用である。

 こればかりは仕方ないと気を取り直し、若干顔をしかめながらももうすぐそこまで来た人間たちに身構えて腰を軽く落とした。

 匂いが一気に強くなり、影に覆われた木立の隙間から人間が二人、同時に飛び出してきた。先ほどの男とは違って無造作に手を伸ばすことはなく、拳を握り、或いは貫手を構えて殴り掛かってきた。

 突き出され拳を手の平で受け止めて握り込むと、わずかに遅れてやってきたもう一人に向かって振り回し、強く衝突させた。

 もつれ合って倒れ込む二人を一瞥もせずに、今度は衛が木立の奥に飛び込んだ。

 次に現れたのは同じように目の虚ろな女性降魔師だった。女性なのに戦場に駆り出されたことを不憫に思いながら、衛はその喉に拳を叩き込んだ。大きくよろめいた女性をそのまま体当たりで突き飛ばして木にぶつけると、横から忍びよってたかっていた男が何かを振り上げた。

 きらりと月光に反射したそれはドスと呼ばれるもので、それを衛に振り下ろしていた。しかし衛は彼が接近していたことをしっかりと把握していた。

 狼の鼻は伊達ではないのだ。

 振り下ろされた腕を掴むことで刃を防ぐと衛は男の足を払って転倒させ、ひっくり返る体を傍らの樹木に叩きつけながらドスを持った男の腕を大きく振り上げた。男の肩が限界まで上がり、ドスの先端は衛の目論み通りに深く木に刺さっていた。更にドスの柄を強く殴りつけてより深く刺した衛は振り返った。

 目前まで迫り、拳を振り上げていた男の顎に裏拳を叩き込んでふらついた隙にがら空きの脇腹に回し蹴りを放った。

 体を九の字に曲げて気持ち良く吹き飛んだ男は、腕をついて起き上がろうとしていた二人組に突っ込んで人数を増やして再びもつれ合って横転した。

 気配と匂いを探ってみると、今の男で人間の襲撃は途切れたようだ。

 近くで転がっているこの集団のように、一固まりで漂う匂いがこちらに向かってきているが、まだしばらくは時間が掛かりそうだった。

 単に集団からはぐれただけで先行してきただけなのか、それとも統率の取れた軍隊的な行動の先行部隊だったのか気になる上に、拙いとはいえ二人一組の行動や打撃や武器を用いる等の知性を感じる戦闘行為も以前はなかったはずだ。

 その疑問はひとまず置いておき、これ幸いと衛はお稲荷様たちの元に引き返した。

 体に残る戦闘の高揚感を冷ますように深く息を吐いた衛はいつの間にか眠っていたお稲荷様を背負い、トーコを脇に抱え、まずは二人の避難が先決だと一度下山しようと考えた。とそのとき。

 上空から、ごうっ、と空気の咆哮を聞いた。

 遅れて吹き付けてきた風の中に人間たちや友人たちの匂いが混ざっていることに気づいた衛は表情に驚きを浮かべて空を見上げた。

 斜面の先、木の葉の奥、雲に近い山頂に、見たことのある竜巻が渦をほどいていた。

 一人で二人を抱えたまま下山するよりも、彼らと合流したほうが何倍も安全だろう。

 そう結論づけた衛は前傾体勢を取って背負ったお稲荷様が落ちないように気を使いながら土を蹴って走り出した。

 衛が向かう先には集団になった人間たちの匂いがするが、彼は気にしなかった。

 その速度はお稲荷様たちが下りてきたときの比ではなく、更に衛自身も驚くほどの速さで瞬く間に山頂近くの木立を抜けた。

「なんで……」

 うわごとのように呟いた衛の視線の先には、最上兄妹や韋駄天が周囲を塞ぐ人間たちを吹き飛ばしていた。しかし問題はそこではなく、彼らの傍らに存在していた。

 元凶とも言える鳴海明日香に守られている西野桃花、更に最上兄たちと共闘して人間たちを退けている古今や煌。

 思いもよらぬ者たちの存在に混乱しながらも、人間たちの壁を軽く飛び越して無事に最上兄たちと合流したのだった。

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