表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モノノケカミカミ  作者: 水島緑
満月の光は優しく
104/131

目覚めの時

 じっとしていても仕方ないと立ち上がったお稲荷様の肩が突然強く掴まれた。

 どきりと心臓が跳ね上がると同時に、骨が軋みを上げるほど強い握力に呻き声を上げ、すぐさま相手の手首を掴み身をよじって手を外そうとするがお稲荷様の細腕では引き剥がすことはできず、めり込んでいく指に悲鳴を上げた。

「やめっ……痛いっ!」

 肩甲骨と鎖骨を破壊せんばかりに力を入れ続ける正体不明の何者かが視界の端に入った。

 涙で滲む視界はぼやけていたが自分が体を揺する度に翻る袖は恐らく狩衣だ。つまり突然の襲撃者は先ほどの降魔師だろう。

「離して! いた、いたい! んんん!」

 しかし正体がわかったところでお稲荷様にはどうすることも出来ない。掴む指と掴まれる肩の双方が軋む音を聞きながら息を詰まらせ、しかし尚もじたばたと男から離れようと弱々しい抵抗を続けるお稲荷様の肩はもう限界だった。

 あまり激痛に悲鳴すら上げられないまま、一際大きい痛みと響く音が彼女を襲った。

 見開いた目は焦点が定まらず揺れ続け、自らの骨が砕かれる音を聞いたお稲荷様は例えようのない痛みに涙を次々と滴下しながら喉を潰さんばかりに甲高い絶叫を張り上げた。

 その声は周囲の木々に茂る葉を大きく揺らし、それでも背後にいる降魔師は手を離すどころか更に力を込めていた。

 だが降魔師の指がそれ以上お稲荷様を傷つけることはなかった。

 おぼろげな意識の中で眼前に迫る何かを見たお稲荷様はぼんやりと死を感じた。強く苛んでいた痛みが和らぎ、力なく倒れ込んでいく体が暖かい何かに触れた。

 そして自分の顔を覗き込む誰かの険しい表情。

 滲んでわかりづらいその顔を見た途端、彼女の意識は一気に浮上した。

 涙は止まるどころか、勢いを増してこぼれ落ちていく。

「お……かみ、く……」

 込み上げくる感情が、激しく胸を叩いた。

 お稲荷様を苦しめていた痛みは跡形もなく消え去り、しかし鳴咽は止まらずに言葉にならない声が喉から溢れた。いままでの不安も、これから先の恐怖もまとめて溶けていったお稲荷様の心を満たすのは歓喜の感情。自分に触れる彼の体温がとても心地良い。この温かさが、待ち望んでいたこの瞬間が夢ではないことを教えてくれていた。

 かすかなお稲荷様の声。だが衛にははっきりと聞こえている。ゆっくりと彼女の体を座らせた衛は険しい表情を緩めてお稲荷様にかすかな笑顔を見せると降魔師が吹き飛んでいった木立の奥に向かって歩き出した。

 右前方の背の高い茂みが音を立てて揺れた。草を掻き分けて伸ばされた手は衛に向かって真っ直ぐ伸びている。衛はその腕を掴むと腰を思い切り捻り力を溜めると、引き摺り出すと同時に大きく振り回してそのまま手を離した。

 狩衣をはためかせて風を押し返して飛行していく降魔師は地面に落ちるよりも早く肩から木に激突した。

 恐らく骨折しているのだろうが、今は関係ないことだろう。何せ衛はこの状態になった人間を相手にするのは二回目だからだ。

 目覚めて早々に戦うとは思っていなかったが、大切な友人たちを傷つけられた衛は静かに、されど激しい怒りを胸に宿している。

 目を覚ました直後、気を失ったらしいトーコの姿を見た。悲鳴に目を向ければお稲荷様が襲われていた。最悪の結果になる前に目が覚めたことは有り難いことだった。もっと早くと思う気持ちもあるが遅くならなかっただけでも良かった。

 茂みから男が手を伸ばしたときから、人間くさいたちの匂いと気配がいくつも存在していることに気づいた。心なしか感覚が鋭敏になっている気がするが、これが複数の血が混ざった恩恵なのだろうか。強化されているらしい感覚の元が狼の血だということにはあまり良い顔は出来ないが、今は助かる。

 あれほど忌々しく思っていた血に感謝することになるとは思わず、衛は苦笑を漏らした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ