襲撃
「どういうこと? これ以上の厄介ごとって……」
降魔師たちの事情をある程度理解している鳴海は目尻を拭いながら訝しそうな目を古今に向けた。
「あー、これって話していいもなのか? 見たところそっちの嬢ちゃんはこっちの人間じゃないみたいだし」
躊躇う古今は一般人を無闇に巻き込みたくない様子で桃花に目を向けた。
「話してください」
しかし桃花は即答を返すと鳴海に向き直った。
「あんなことがあったんだから、全部話してくれるよね?」
既に巻き込んでしまっている以上、事情を話さないわけにもいかない上に、鳴海自身、話さないのは不義理だと思っている。真剣な表情の桃花に頷くと、古今たちの話はひとまず置いて先に一連の降魔師の事情を話すことにした。
町に住み着く物の怪たちを殲滅するという作戦が突然持ち上がったこと、作戦当日にふらりと現れた糸目の男が全ての指揮をとっていたこと、そして自分がやろうとしていたこととそれによって桃花が巻き込まれてしまったこと。それらを話し終える頃には鳴海の目には思い出した後悔によって溢れた涙が溜まっていた。
そんな鳴海をそっと抱きしめた桃花は優しく頭を撫でた。
「なるほどな。確かに無関係じゃないか。どうするよ?」
「気は進まないが話すしかないだろう。これから起きることを覚悟して貰わないとこの先対処できないことが出てくるかもしれないからな」
視線を送ってきた古今に頷いてみせると煌は桃花と鳴海に声を掛けた。
「まずは名前を交換しておこう。話はそれからだ」
頬に灼熱が駆け抜け、トーコは思わず目を瞑ってしまった。たった一瞬とはいえ、せり出した木の根がそこら中に生えている不安定な斜面で視界が閉ざされてしまうことは非常に危険だ。
まばたきよりも少し遅い速度で目を開けたトーコは土から半分ほど飛び出た太い木の根に足を引っ掛けてしまった。
がっ、と引っ掛けた爪先に走る痺れ、体が前方に飛び込んでいく感覚、次いで内臓が浮き上がる浮遊感。
背後からお稲荷様の悲鳴じみた叫び声が聞こえた。
急速に噴き出した焦燥感の元を消そうとしてもどうすることも出来なかった。
せめて背負った衛を放り投げてしまわないように彼の足を強く掴もうとして、目の前に地面が迫った。
両手が塞がっていたために手をついて受け身をとることもできず、トーコは顔面を強く地面に打ち付けて数メートル土の上を滑っていった。
「トーコちゃん!? トーコちゃん大丈夫!?」
体勢を崩して危うく転びそうになりながらも、木の幹に激突する寸前で止まったトーコと衛に駆け寄っていくが、トーコはぴくりとも動かなかった。
おんぶの状態から倒れたトーコに覆いかぶさったままの衛も動く気配はなく、彼をひっくり返すようにしてトーコから離して脇にどけると、お稲荷様はトーコを抱き上げた。
「しっかりしてトーコちゃん!」
ぐったりと脱力したまま反応しないトーコの姿に冷や汗が流れた。
枝で切ってしまったらしい頬の傷から伝い落ちる赤い雫がまるでトーコの未来を映し出しているようだった。
何度も呼びかけながらトーコの胸に耳を当て、心音を確認するとお稲荷様はほっと息をついた。念のため、鼻に指を当ててしっかりと呼吸を繰り返していることを確かめてお稲荷様は全身から力を抜いた。
医療に明るいわけではないので大まかにしかわからないが幸い脳震倒で気を失っているだけのようだ。可憐な容姿に目が向いて人間だと勘違いしてしまうが彼女もれっきとした物の怪だ。あまりにも土を巻き上げるほど派手な転倒だったので肝を冷やしたがトーコも見た目に反して頑丈なはずだ。
額に浮かんだ脂汗を拭って衛を見るとこちらも眠ったまま動かない。彼に関しては本当に何もすることが出来ないので目が覚めることを祈るしかない。
眉を八の字に曲げて衛を見つめていると、仰向けのまま無造作に放り出された腕が、かすかに動いた気がした。
「おおかみくん……」
不安そうに倒れた二人を見るお稲荷様はいままで追い掛けられていたことをすっかり忘れてしまっていた。それほどまでにトーコの転倒が衝撃的だったのだ。
追手がいくらのろまだとしても対象者が追われていることを忘れてしまえば絶対に追いつかれてしまうというもの。
トーコまで倒れてしまい途方にくれるお稲荷様の背後に、その腕は迫っていた。




