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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
満月の光は優しく
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現れる不安

 視界の中にその景観を損なう存在が何一つとして存在しないのであれば、それはより一層の幻想的な美しさを見せることだろう。そして彼女たちは呆けたようにその景色をひたすら目に焼き付けていた。

 遮るものが何もない、一面が月明かりに淡く照らされた情景はまるで水面に映る空の鏡写しのようだった。

 ぼんやりと揺らぐ光は絶えずその優しい光を湛え続け、階下の木々の輪郭をうっすらと浮かび上がらせている。しかし光が弱まるにつれそれは必然的に頼りないものに変化していく。二人がいる山頂よりもっと下、平地付近はおろか木々が生い茂っている神社辺りにもほとんど届いていないだろう。

 それを裏付けるように目の前の月が爛々と輝きを放ってはあらゆる影を生んでいた。

 見慣れたはずの満月がここまで美しいと思ったのは初めてだった。

 呼吸すら忘れて見入っていたトーコは腕の力が抜けていることに、衛を落としかけたことで危うく気づき、吸い込まれるような錯覚を覚える月から目を逸らして衛を背負い直した。

 その隣では未だに月を見つめたままぼんやりと佇むお稲荷様が彫刻のように動きを止めていた。

 もしかしたら本当に石になってしまったのかも、そんな馬鹿らしい心配はお稲荷様自身が耳をぴくりと震わせたことでその馬鹿げた疑惑を吹き飛ばした。

 はっと我に返ったらしいお稲荷様は少しばかり恥ずかしそうに頬を赤くすると照れた笑顔を見せた。

「すっごくきれいだねー……」

「うん……。これで何も問題がなかったらもっときれいに見えるんだろうなぁ」

 トーコの言葉に心底から同意したお稲荷様は頷くと、再び耳をぴくりと震わせた。

 自分とトーコしかいないはずのこの場でほかの誰かがいるとは考え難いがそれでも用心に越したことはない。

 狐耳を外側に目いっぱい広げ、嗅覚も総動員して周囲を調べ始めたお稲荷様の様子に、人間以上の五感しか持たないトーコはせめてもとばかりにいつでも動けるように身構える。

 風からほのかに漂う草の匂い、隣にいるトーコのかすかな息遣いに混じった異物をお稲荷様は発見した。

 山中よりも疎らになった木立に隙間、月光を嫌うようにしてその幹に身を隠す何者かが複数人、影に潜んでいる。

 しかし奇妙なことに、生物としての気配がほとんど感じられないのだ。

 確かにそこには存在している。だが中身が何もない箱を彷彿とさせるあまりに空虚な気配。吹けば消えてしまうほどささやかなもの。

 その極薄い気配の持ち主たちが、ついに動いた。

 なだらかな風に揺れる草を踏みつけ、影から現れふらりと姿を晒したそれは嫌になるほど見た狩衣を着ていた。

「な……なんで!? ここには誰もいないと思ってたのに……」

「待ち伏せ……? いや追いかけてきたんだよね。でもどうしてここが……。アタシたちがここにくることをわかってたってこと?」

 元から絶対安全だとは思っていなかった。それでもしたよりは安全だと判断して苦労しながら山を登ってきたのだ。万が一の追跡を逃れるためにずいぶんと遠回りをして上ってきたことがむなしくも水泡に帰してしまった。

 愕然と立ち尽くして影からぬるりと這い出る人間たちを見つめる。だがいつまでも呆けているわけにもいかない。

「紺ちゃん。おにーさんをお願い」

 覚束ない足取りで緩やかな坂を上りながら近付く人間たちをまっすぐ見つめ、トーコは衛を草の上に寝かせた。

「どうするつもりなの……?」

 不安そうな面持ちで眉を寄せるお稲荷様にトーコは努めて明るい口調で続ける。

「アタシでも少しは戦えるんだよ」

 その言葉が強がりだということは強張った表情を見れば簡単にわかる。それでもぎこちなくウインクを飛ばすトーコの覚悟がわからないわけではない。

 一切の戦闘能力がないお稲荷様に衛を任せ、逃げてもらおうとしている。

 逆光によってその表情はほとんど見えないが妙に輝いて見える瞳はどこかうつろで焦点があっていないように見える。

 まっすぐ人間たちを見据えるトーコの表情が引きつり出した。

 木立から現れる降魔師の数が、両手の指を優に越していた。

「こんなの無理だよ! 逃げようよトーコちゃん!」

「ア、アタシもそう思ってた……」

 未だに増え続ける人間たちに背を向けた二人は大慌てで衛を背負い一目散に走り出した。

 降魔師たちが現れる木々とは反対側に向かって猛ダッシュで山頂を駆け抜けていくトーコの背中を守るように追従するお稲荷様はふと浮かんだ不安を打ち消すべく頭を激しく振った。

 ――降魔師たちが追跡してきたということは、足止めをしていた三人はもしかすると……。

 その不安がこびりついたように離れなかった。

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