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モノノケカミカミ  作者: 水島緑
満月の光は優しく
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輝く心

 休憩する間もなく、最上兄妹はお稲荷様とトーコたちに合流すべく山頂に向かって歩き始めていた。

 彼らとは別に、しかし同じように戦いが終わった山の中で、古今は強く警戒する目の前の少女に手を焼いていた。

 鳴海が警戒するのも無理はない。なにせ突然現れたと同時に押し潰さんばかりの極度の恐怖を振りまいていた糸目の男を切り捨ててしまったのだ。

 胴体を真っ二つにされた男の死体は未だに傍らに転がっており、しかしそれを気にしない古今と煌に鳴海は強い警戒心と未知のものに対する恐怖を抱えていた。

「あー、とりあえず、こいつは紙だよ。ほら、血なんか出てねえだろ?」


 こいつ、と指差されたのは無残な亡骸となった糸目の男の死体だ。しかし良く見ると出るはずの血液が流れておらず、腹から真っ二つにされたにもかかわらず内臓の一つも飛び出してはいなかった。

 今思えば、鳴海が札で腕を貫いたときにも血が飛び散ることはなかった。痛みも感じてはいなかったのだろう。傷ついているはずの腕を振り回すことなど痛みに弱い人間に出来ることではない。

 二つに分断された男をじっくりと見ていると、切り口から薄い煙が立ち上り始めた。体が煙で作られていたかのように溶けるが如く男の体が崩れていき、後に残ったのは二つに斬られた狩衣から覗く一枚の札だけだった。

 確かに男は人間ではなく、札によって作られた身代わりのようだが、鳴海は警戒を解くことはしなかった。

 その様子に頭を抱えた古今は相方に助けを求めようとして、固まった。

 煌にはもう一人の少女を任せた。恐らく自分と同じように警戒心ばりばりで怯えられるだろうと思っていたのだが、古今の予想とは全く逆の光景があった。

「あれ、おっかしいなぁ……」

 桃花がぺこぺこと頭を下げ、煌があわあわとなんとかして頭を上げさせようと四苦八苦していた。そんな我が目を疑う彼女の姿はコンビを組んでから今までに見たことはなく、冷たい女、という印象が百八十度ひっくり返っていた。自分と相対するときとはまるで違う彼女の態度に、自分は嫌われているのかもと若干のショックを受けて肩を落としながら、古今は煌を指差した。

「あんな感じだから警戒しなくていいぞ。……オレ嫌われてるんかな」

 自分たちに危害を加えるつもりはないと未だ半信半疑ながらも無理やり納得させると鳴海はそそくさと桃花の元に向かった。

「桃花! 大丈夫? 怪我はない?」

 桃花に頭を下げるのをなんとかやめさせてほっとしている煌からかっさらうように桃花を抱きしめ、怪我がないか調べるために体中を触り出した。

「ひゃっ! くすぐったいよあすちゃん。大丈夫だよ、あすちゃんが守ってくれたからこの通り傷一つだってないんだよ」

 糸目の男に植え付けられた恐怖を依然引きずったまま体をかすかに震わせ、それでも健気に笑ってみせる桃花の姿に心から安心した鳴海は自分でも気づかぬ内にいつの間にか涙を流していた。

「良かった……ほんとに良かった」

「ありがとね、あすちゃん」

 自分の胸に顔をうずめて背中に回された手できつく抱きしめながら泣きじゃくる鳴海の頭を優しく撫でているうちに桃花自身の涙腺も緩んだのか、釣られるように涙をこぼした。

 わずかな時間だけでも二人きりにさせてやろうと、煌と古今は彼女たちから距離を取って微笑ましく眺めた。

 胸のうちでしみじみと、若いっていいなぁと漏らし、そんなことを考えるほど自分は年をとっていないと慌てて否定した。人間を捨てた自分には決して取り戻せないものにかすかな羨望と嫉妬が浮かんで、跡形もなく四散した。

「さあて、悪いけどそこまでだ。これから厄介なことが起こるからな。早くここから離れた方がいい」

 冬空の下に広がる暖かい光景を壊すのは忍びないが、そうも言っていられない事情がある。その事情こそが彼ら教会の人間が物の怪討伐を後回しにしてこの寂れた山の中までわざわざやってきた理由でもある。

 その任務の過程で彼女たちを助けたのは偶然でしかない。もっとも、二人共降魔師であれば助けることもなかったのだが、それはお互いのために話すことでもないだろう。

 淀みのない心を汚す必要はどこにもない。少なくとも煌と古今はそう考えている。

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