プロローグ
諸事情により全編通して文字数が少ないです。
申し訳ない。
触れれば砕けてしまいそうな程に儚い月光の下、人によっては田舎とも都会とも呼べるある一つの町の中。
背の高い建物のシルエットが遠くに見える川の上の鉄橋には、無数の影が蠢いていた。影の川は鉄橋の横幅一杯に溢れ、それでもなお、量を増やしていた。
鉄橋から河川敷へ。小川が本流に合流するが如く、影は川を渡り、柵を越え、草を踏みならし、屋根を飛び回り、同族を蹴散らしながら、黒の川へと合流する。
影は、川は、蠢くそれは数多の種類の犬だ。
狭い歩道を犬達が駆ける。歩道に入り切らなかった犬は躊躇いもなく車道を駆ける。先導するのは一匹の狼だった。
薄く広がる雲を映し出すように満遍なく照らす満月の下、猛る本能をそのままに、街中を駆ける様は不気味の一言だった。
月。月だ。
周りの星なんて興味ない。ただただその淡い光に刺激され、叫んで吠えて涎を撒き散らし、錯乱したように駆け回る。
ただ月が出ているからといって騒いでいる訳ではない。ただ満月だからといって駆けずり回っている訳ではない。己を導くリーダーがいる。越えることの出来ない格の違いを持つ狼が先を往く。それが彼らの心をどうしようもなく刺激しているのだ。
熱狂的な興奮に包まれた限定的な集い。いわば犬の集会だ。
爪を立て、尻尾を振り、走り回る狼は突然、後ろを付いてくる犬達を止め、鼻を利かせた。そして、ひっそりと一匹笑う。
道なりに匂いを辿り、薄汚い路地裏に入った。そこらに散乱するゴミには目を向けず、ひたすら匂いを辿っていく。時折鼻を突く腐臭が匂いを掻き消すが、根気良く選別する。そのまま路地裏を抜け、商店街に入る。匂いの元はあちこちの店に近付いたらしく、蛇行しながら匂いを辿っていく。
商店街を抜け、路地に入る。遠くの電灯がちかちかと明滅していた。耳を澄ますと靴擦れの音が聞こえ、顔を上げた狼はまた顔を歪ませて笑った。長く伸びた爪が音を立てぬように気をつけながら、匂いの元に辿り着いた。
獲物、獲物だ。
狼の体が歓喜に震えた。
忍び足で背後をついていき、周囲に誰もいないことを確認すると、人間さながらに二足歩行で立ち上がった。足からみしみしと骨格が変化していくに連れて毛皮は服の代用として肢体を包む。成長痛に似た刺激が全身を駆け巡るが脳内麻薬で感じることはなかった。最後に長い口が引っ込み、顔面が妙齢の女性に変化すると、舌舐めずりをして声を掛ける。
振り返ったその子供を見て、狼は微笑んだ。酷く美しく、刃物の冷たさを含んだ笑みだった。
幼さの残る顔で見上げる子供の、その首筋に、がぶり。