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(2)

「不在の森。危険なのはアルラウネだけじゃない。身を引き締めろ」

 ゼフィロスが先頭に立ち、そういった。

「なんであいつ仕切ってんの? ねえ?」

 あいかわらずの、ルフナの聞こえる陰口攻撃。ゼフィロスと他のメンバーとで距離があったので、余計に応えたことだろう。

 一方、脳筋どもが後ろで鬱陶しい掛け声を上げていた。魔術師らはぼそぼそと儀式めいたことをしていた。即席の討伐隊ではやはり協調性には欠ける。各々のメンバーで勝手にやって、時と場合に応じて手を貸すのがいいだろうというのが彼らの共通認識だった。

 討伐隊は森に足を踏み入れる。奇妙な森だった。鳥のさえずり、虫の鳴き声の一つも響いていない。ゆえに不在の森、ここは静かすぎるのだ。ゼフィロスの言う通り、棲むのはただ、凶悪な魔物のみ。不在の森は道中もまた危険な魔物で溢れていた。

 ジェヴォーダン。危険度A。体長約二m。牛や狼や獅子やらの部位がごっちゃになった魔物で、農村まで降りてきては好んで人間を襲うことで知られる。危険な獣ではあったが、人を見るなり向かってくるぶん、対処がしやすい。このメンバーの前には敵ではなかった。このとき、魔術師パーティが意外と遣り手であることを知る。見事な連携で獣を封殺してのけた。一方、脳筋パーティは背後でぼけーっと見ていただけだった。

 ブロスニー。危険度A。体長約五m。魚のような頭部と、竜のような身体をした奇怪な水棲獣。湖で一休みしようとしたところを襲ってきた。これには度肝を抜かれたが、ゼフィロスが即座に反応し、首を斬り落とした。そのときの得意げな顔が、どうにも苛立たしくてならない。

 ポポバワ。危険度B。体長約六〇cm。蝙蝠のような姿をした魔物で、鋭いかぎ爪を持ち、性格は獰猛。とにかく臭いがきついので、真っ先に撃墜する。一体一体は大したことはないが、とにかく数が多かった。

 ここまでほとんど被害はなかったが、脳筋パーティはポポバワの群れに襲われて全滅した。「ホント使えないな、あいつら」ルフナも呆れるばかりだった。

 そうしてじょじょに、アルラウネの生息域に近づいていた。緊張は高まる。

「ぐぼあ!」

 ふいに、触手が地面より突出。イーガンの足下を掬い、全身を絡め取り、大男を容易に持ち上げた。そして巻きつき、締めつけ、弾ける。人間がまるで風船のように、赤い液体を撒き散らして。

 ホーガンは飛散していった兄の骨を、犬のように追いかけていった。

「まさか、これって……!」

「アルラウネの触手だ!」

 見れば、足元が脈打っている。不用意に、その領域に足を踏み入れてしまっていた。

「なんてデカさだ……あれが」ゼフィロスが指さす先に、それはいた。

 〈食人樹〉アルラウネ。危険度SS。全長は約八mほどか。逆光を受け、ここからは影しか見えない。枝が触手のように、触手が枝のように、うねうねと揺らめいている。だが、その巨大な風貌も氷山の一角。触手は根のように地面の下を伝い、ここまで伸びているのだ。

「音だ」ゼフィロスはいった。「やつに目があるようには見えない。おそらくは、音で獲物の位置を感知している。あいつが無事なのを見るに、その圏内は約五〇mといったところだろう」

「あいつって?」

 ルフナはホーガンの方を見る。

「いひひ、うめえ、うめえよおお。兄ちゃんの骨、うめえよお」

「うわ、なにあいつ。きも」

 ホーガンは兄・イーガンの骨をしゃぶっていた。無我夢中でしゃぶっていた。きっと、命よりも骨が大事なのだ。骨の飛んだ先が外側だから助かったようなものだろう。

「足音には反応するけど、声には反応しないのか」

「そのようね。でないと、とっくに私らも死んでる」

「こうして見ると、ひえーこわいー。あれって、アイゼルから〈剣友騎士団〉を派遣するレベルの案件なんじゃない?」

「彼らもそんな暇じゃないでしょうに」

「にしてもあれ、動かないの?」

「アルラウネ自体は特に害はないが、アルラウネの生み出す子種が交易ルートを侵している……だったか?」ゼフィロスは一考して「なんだ、子種って」

「知らない」

「もしかして俺たちは、騙されていたんじゃないのか?」

「なにそれ」

「あいつは確かに凶悪な魔物に違いないが、こちらから手を出さないかぎり害はないように見える」

「さあ? あいつを斃して、それで金が入るなら、別に騙されたとはいわないと思うけど」

「私もルフナと同意見。要は、勝てばいいのよ」

「しかし……勝算はあるのか?」

「まあ、あるけど」

「あれだよな。兄ちゃん殺したの」そこに、骨を食し終えたホーガンが口を挟む。

「君の武器は〈銃〉だったな。あの位置まで届くか」

「無理だね。遠すぎる。だが、姉ちゃんたちには勝算があるようで?」

 思わぬ話の振られ方に、ルフナはたじろぐ。「ね、ねえシフォン姉さん?」

「私たちの得意とするのは召還魔術。三人で連携してね」

「なるほど。君たち三人なら、やつを斃しうる強力な幻獣を召還できるというわけだな」

「だけど、いくらか時間がかかる。あれだけのサイズを潰そうとしたら……三分、いや二分てところね。それまで、時間を稼いでもらえる?」

「承知した」

「手順としては、あれの周りを私たち三人で囲む必要がある。ただし、対象に三〇mは近づいてないと無理ね。できる?」

「やるしかないだろう。私も、金は欲しいのでね」

「いえー。はじめて意見の一致を見たね」

 三姉妹は動き出す。アルラウネを取り囲み、魔力を集中する。その無防備な三人――火力の要を、残る冒険屋が援護する。

 〈紫電一閃〉ゼフィロス・クラーク。迫る触手を、華麗な剣捌きで斬り裂いていく。なんだかんだで、冒険屋としては優秀なのだと感心する。あんなにも太い触手を両断するのだから、ただごとではない。おそらく、なんらかの魔術で刀を強化しているのだろう。

 〈盲目死師〉キャップ・モヨル。彼女の動きはよりスマートだった。盲目である彼女は耳を澄まし、最低限の動きだけで触手の攻撃に対処していた。居合い――次々と触手が斬り捌かれているのを見るに、彼女の杖に刀が仕込まれていることに疑いはない。が、その刀身の煌めきを目にすることは、ほとんどできなかった。

 魔術師連中は〈火焔〉で応戦していた。植物に炎、その幼稚な発想は、案の定大して効いていなかった。ほとんどが水分で構成されているのだから、火などつくはずがない。かといって、他にふさわしい攻撃手段もないらしく、あくまで〈火焔〉を撃ち続けている。相性の善し悪しは別として、単純な火力だけでそこそこ戦えていた。

 アルウラネは植物の魔物、力は精強、守りは頑強ながら、動きが鈍いのがせめてもの幸いだった。しかし、触手は四方八方より伸びてくる。一瞬の油断が命取りだ。

 ホーガンは〈銃〉で触手を迎撃しつつ身をかわしていたが、いかんせん火力不足。油断していたわけではないだろうが、背後をつかれ巻き付かれた。ゼフィロスはそれに気づき救出に向かおうとしたが、彼自身にも魔の手は伸びる。それに応じている間に、〈骨食兄弟〉は二人してアルラウネの餌食となった。

 犠牲者は出たものの、三姉妹の準備は整う。魔力の渦は、それ自体がアルラウネを怯ませるだけの力を持っていた。

「〈巨人の足〉」

 食人樹の頭上より、巨大な影が現れる。足だ。巨人からすれば、アルラウネなど道ばたの雑草のようなものでしかない。巨人は易々とアルラウネを踏み潰す。もっとも、幻獣であるゆえ、足から上があるのかは知らないけれど。

「ふう。ま、ざっとこんなもんね」

 討伐隊は絶句した。息の合った三姉妹の連携によって可能となる、召還魔術の力に。彼らは気後れしてしまったが、これも自分たちの協力があってなしえたことなのだと、自分に言い聞かせて冒険屋としての矜持を保った。

 だが、安堵も束の間。

「……! まだ動いてる……!」

 その怪物は、体液を噴出させながらも、まだ生きていた。さすがの討伐隊も青ざめる。その生命力には、放っておけば、再び態勢を整え、また襲ってくるだろうというたしかな説得力があった。

「だが、かなりのダメージは与えられたようだ」

 今ならまだ勝機はある。いや、今攻め込まなければ、勝機はない!

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