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 レンシュタイン公国――。

 〈魔壊屋〉三姉妹は財政難の苦しんでいた。いつだって無計画、やることなすこと行き当たりばったり。それでそこそこうまく運んできたが、今回ばかりはまずいかも知れない。なにせ、彼女たちは魔族の群れなすアルベリア遺跡を襲撃し、大魔石を奪ったのだから。

「大魔石を奪ったはいいものの、金がないときた」長女・シフォン。

「いっそのこと売っちゃえばいいんじゃね?」次女・ルフナ。

「だめ! 絶対に〈白馬〉を召還するの!」末女・リゼ。

 大魔石でなにをなすのか? 決まっている。末女の我が儘に付き合うのだ。

 彼女たちの得意とするのは召還魔術。三人で力を合わせ魔法陣を形成、頼れる仲間を召還する。力を合わせるといっても、連携魔術は魔力波長がうまく同調しなければ成功しない。姉妹だからこそ可能な業だ。だが、より高度な魔術になるほど、わずかな誤差が許されなくなる。姉妹とはいえ別の人間、限界は出てくるし、単純な総魔力量が足りないこともある。

 そこで大魔石だ。これは文字通り魔石が大きく結晶化したもので、単一の波長で膨大な魔力量を持つ。魔石にもまた個性があり、結晶のパターンによって魔力波長に誤差が出てくる。同質量の魔石をかき集めるのとはわけが違うのだ。

 大魔石による召還に成功すれば、その幻獣は恒久的に召還者に仕える僕となるだろう。今まで以上に仕事がしやすくなる。問題は、なにを呼ぶかだ。末女の希望である〈白馬〉も悪くないが、悪くはないが……。

「白馬ねえ……」

 シフォンのこの言葉には、黒い馬の方が好きだな、程度のニュアンスしか含まれていない。

 そんなお気楽三姉妹も、自らのやらかしたことの重大さは把握している。魔族から大魔石を奪ったのだ。必ず追っ手が来る。追っ手が来れば、まず勝ち目はない。大魔石を使ってなにかしらの幻獣が召還できれば、勝ち目はなくとも生き延びることはできる。

 というわけで、彼女たちはとりあえず逃げた。落ち着いて召還儀式ができる場所を目指して逃げたのだ。そうして、アイゼルのから少し離れたレンシュタイン公国まで逃亡してきたはいいものの、逃亡資金で残金を使い果たす結果となる。儀式にはそれなりの設備と準備が必要だ。そのためには資金がいる。本末転倒のようだが、逃走資金もまた必要経費なのだと彼女たちは自らに言い聞かせた。大魔石を奪うなどという千載一遇のチャンスが、よりによって金欠時に転がり込むのが悪い。

 ともかくも金がない。そこで三姉妹が目をつけたのが、ある討伐依頼だった。

 〈食人樹〉アルラウネ。

 不在の森に突如現れた、危険度SSという前例のない指定を受けた魔物。莫大な懸賞金は鰻登り、すでに多くの冒険屋が挑み、帰らぬ人となっている。その恐るべき魔物を討つべく、ついにレンシュタイン政府が重い腰を上げた。広く名のある冒険屋を集め、特別討伐隊を結成したのだ。

「へえ。これだけの面子を集めるほどか」

 シフォンは集会所の顔ぶれに感心する。単なる寄せ集めではなく、有名どころもいくらか見られた。無用な犠牲者を出さないために簡単な審査もされ、〈魔壊屋〉三姉妹も含め、六組の冒険屋が一堂に会した。次女のルフナは好奇心旺盛、道中のキニギスタウンで買ったバナナを頬張りながら集会所を歩き回って、そのメンバーをチェックした。

 〈紫電一閃〉ゼフィロス・クラーク。

 かつて危険度Sの魔物を二体、単身で退治したことで知られる。この中ではおそらく一番有名な冒険屋だ。長い髪、黒い革の長コート、謎の肩パット。武器は身長より長い刀。集まったメンバーも彼を物珍しげに見ていた。ルフナも間近で見るのは初めてだったが、ファッションセンスに難ありだな、と思った。

 〈盲目死師〉キャップ・モヨル。

 名前の通り両目とも瞑っており、そのまま盲目なのだろう。片膝を立てて座り、大事そうに杖を抱えている。他に武器も見えないので、おそらく長刀でも仕込んであるのだろう。パッと見ではわからなかったが、よく見ると女性のようだった。ゼフィロスといいカップルになるのではないかと、ルフナは思った。

 〈骨食兄弟〉イーガン&ホーガン。

 無口なのはモヨルと同じだったが、不気味さでは勝っていた。大男の二人組は、二人して骨をむしゃむしゃ食べていた。とてもおいしそうには見えなかったが、黙々と食べ続けていた。骨ばかりが目立って、武器がなんなのかもわからない。「不気味なやつらだなー」とルフナはコメントして、距離を取った。

 それから、名前はわからないが四人の黒魔術師パーティと、四人のむさ苦しい筋骨隆々パーティがいた。そこそこ雰囲気はあるから、実力はあるのだろう。いずれも偏ったメンバー構成だが、二つが手を組めばちょうどよさそうだな、とルフナは思った。

 一通り見回り、面子を確認し終えると、ルフナは暇を持てあましていた。レンシュタインまで来たとなっては、名前は知っていても顔見知りの冒険屋はいないものだ。話しかけようにも取っつきにくそうな相手ばかり。仕方ないので妹のリゼと馬鹿話をする。「ゼフィロスがイケメンだねー」とか「ゼフィロスがイケメンだねー」とか。姉のシフォンは、いつものように眠そうにしていた。

 そうこうしているうちに、依頼主が姿を現す。

「うっそ……」

 壇上に立ったのは、レンシュタイン侯爵その人だった。依頼主が政府であることは知っていたが、まさか領主自らが直接あいさつをするとは思いも寄らなかった。

「お集まりいただいた諸君。諸君らはいずれも名の知れた冒険屋だ。しかし、アルラウネは今までにないおそろしい魔物だ。失礼ながら我々は、君たちを単独で向かわせても返り討ちに遭うだけだろうと結論した。ゆえに、こうして君たちにはここで一堂に会してもらった。諸君らが力を合わせなければ到底敵わない、アルラウネはそういう相手だ。報奨金は均等に与える。冒険屋同士で争うことのないよう、連携して当たってくれ。それでは、健闘を祈っている」

 侯爵は短いながら、熱のこもった演説で集まった冒険屋を鼓舞した。

「むむむ、姉さん。この仕事、結構やばいかもしれませんぜ」

「報奨金もやたら高いしね。危険度SSとか、もはや意味わかんないし」

「今までそんなのなかったもんね」

「ま、やばかったら他の連中を餌にして逃げますか」


「協会の発表している危険度などなんの目安にもならん。C級だのD級だの下手にランクが低いと、若手冒険屋が無茶をして犠牲者が出てしまう。それで底上げをしすぎて、もはやデタラメだ。S級以上はピンキリだし、せいぜいA級を斃せれば冒険屋として一人前、といった指標にしかならん。危険度SSなんぞいうふざけた区分も、いい加減に協会も気づいたんだろうよ」

 不在の森へ向かう馬車の中で、ゼフィロスが得意げに話していた。

「ぷぷ……ゼフィロスさんってば、かっくいー」

 ルフナは聞こえるように、嘲笑めいた口調でつぶやいた。

「ひえ~、やっぱりイケメンだ~」

 一方、リゼの言葉は本気とも冗談ともつかなかったが、ルフナのせいで悪質な煽りにしか聞こえなかった。

「ねむい……」

 そして、シフォンは興味がなかった。そのシフォンの横顔に対し、ゼフィロスがチラチラと童貞っぽい視線を向けていることにルフナは気づいた。

「お前たち、妙だとは思わないか?」ゼフィロスが三姉妹に話しかけてきた。

「んあ? なにが」

 それにルフナが答えると、露骨にガッカリしているのがわかった。しかし、話は続けてくれるらしい。

「不在の森――というより、このレンシュタイン公国はどうも不審な点がある。狂暴な魔物が多すぎるんだ。いや、魔物だけじゃない。普通の獣ですらが狂暴なのだ」

「狂暴な獣のことを魔物っていうんじゃないの?」

「お前たちはなにも知らないんだな。魔物とは魔族に血を与えられた獣で――」

「あーあー、知ってる知ってる。そーゆー説もあるわよね」

「説ではない。事実だ」

「じゃあなに、実際にその現場見たことあるの? 魔族が獣に血を与えて、それが魔物になる瞬間をさ」

「いや、見たことはないが――」

「知ったかじゃん」

「君たちは信じていないのか?」

「んー? 考えてもみなよ。魔物が魔族に力を与えられた獣ってんならさ、いくらなんでも弱すぎでしょ。ゼフィロスくんは魔族って見たことある? ありゃ無理よ。勝てる気しない。どう考えても、魔物とは別物よ」

「たしかに、魔族と比べて魔物はあまりにも」

「見たことあんの?」

「なにをだ」

「魔族」

「見たことはないが――」

「知ったか」

「…………」

 ついにゼフィロスは黙ってしまう。

「お姉ちゃん、いじめすぎ……」耳元でリゼがルフナに囁く。

「別にそんなつもりはないけどー」

 ゼフィロスはそっぽを向いてしまっている。

「私が慰めてイケメン回収しちゃおっかなー」

「やったれやったれ」

 まあ、あいつの目当てはシフォン姉さんなんだろうけど、と思いつつルフナは煽った。

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