親族会議の結果、元婚約者にはこの土地の真の姿に触れていただく事になりました
やらかしの話は別で置いてあります。
「全員の同意が得られましたので、兄…いえ、ディミルーには領地の端に移住していただきましょう」
「いやだ! いやだぁ!」
「折角だからお前には開墾に挑戦してもらう事にしよう、失敗した所で問題ないから気楽にやれば良い」
ギリアム侯爵家次期当主となったユーシェア様が議長を務める親族会議の場で、先日盛大にやらかした「元」次期当主ディミルーの処遇が決まった。
侯爵邸に設えられている大会議室には大きな円卓が置かれ、そこに爵位を持つ親族が10名着座している。
ギリアム侯爵閣下、ユーシェア様も卓についているので、総勢12名で卓を囲んでいる状態だ。
こういう会議があるとは聞いた事があったけれども、目にする事があるとは思わなかったので、なかなか新鮮な光景だなあと思う。
ディミルーの元婚約者の私、リフィラはユーシェア様の後方に用意された椅子に腰かけて、特等席で見学をしている状態です。
ディミルーは私の座っている所から一番遠い所…会議室入り口横で床に座らされている。拘束された状態で。
会議自体はディミルーを血族から「切る」のと、そのまま僻地送りとどちらが都合が良いかが主題だったが、切り捨てた所でろくろく肉体労働もした事がない人間の使い道など限られているので、加護の力を持たせたまま貢献してもらおうと言う事になった。
大切な貴族の役目を寝物語か何かと間違えていたディミルーの処遇に託けて、親族の中でディミルーと同じような認識の若者達にも現実を見てもらう話も同時進行しているので、皆様の反応が今か楽しみでしょうがない。
お年を召された方々でも同様の認識の方がいないわけではないけれど、さすがに体力がないと危険である事と、目に余る様であれば適切に排除する方法があるので除外されている。
何より、若者達はここから先、ありとあらゆる家から伴侶へと望まれる事が確定しているため、間違った認識のまま血を繋ぐ事になるのはよろしくない。故に人選は各家の当主夫妻が速やかにリスト化する事になっている。元々ある程度目星をつけていたのだろうけど、仕事が早いのは良い事ですね。
泣きわめくディミルーに向けられる目は一様に冷ややかだ。
何せ、この部屋に集った者達のみならず、一族郎党の血から加護を失わせかねない状況を招いたのだから。
血の加護、輝血、それはこの国の貴族が背負う義務と責任。
瘴土と呼ばれる穢れた土の上に存在するこの国で、人が生きていくための命綱。
加護なきモノが触れれば全てを腐らせる瘴土を、命芽吹く土に変換するのが加護の主な作用だ。加護がなければ、大気まで腐らせる瘴土の上では何一つ残らない。
そして、瘴土の変換には多かれ少なかれ加護を「消費」する。
日々の糧や、感情等で多少回復する事はできるものの、全回復はほぼ不可能なため加護は日々目減りしていく。土地に紐づいた加護の総量で見るので、一人当たりの消費量は微々たるものだが、それでも年数が経つほどに加護は減ってゆく。
そんな貴族達……「輝血を持つ一族」達の血から加護が完全に失われてしまう前に、最も加護が薄まった一族の元に使わされるのが「精霊の娘」である。
ディミルーはその「精霊の娘」つまり、私との婚姻の約束を独断で反故にしようとした。
それだけでなく、血の加護が失われてしまえば、自分だけでなく一族皆が貴族でなくなる事すら理解していなかった事も露呈してしまった。
そんな「元」次期当主など、石を投げられないだけマシと言うものでしょう。
「瘴土しかない土地で生活なんかできない! 死んでしまうだろ!」
「あら、大丈夫ですよ、私が嫁ぐ事で加護が強化されますから、すぐには死にません」
笑みを浮かべてそう答えた私に、ディミルーは血の気の引いた唇で何かを言いかけて閉じた。
迂闊な事を考え無しに発言しない程度の学習はしたようですが、遅きに失しましたねえ。もう一か月早くそれを身に着けていたら、まだ次期当主だったかも知れませんのに。
唇を噛んで俯く姿を少し哀れに思ったので、ささやかながら助言をする事にした。
「気合を入れて土地を耕してくだされば、作物が育つ土地にもなるでしょう」
気合が必要なのは、道具を腐らせないために必要な加護の制御でしかないけれど。道具を腐らせないまま土地を耕せれば、その地にも加護が浸透して人が住める領域を拡大する事もできる…かも知れない。
「期待しておりますね」
瘴土の開墾は、輝血を持つ者にしかできない。しかし、輝血を持つ者は数が限られる。
厳密に言うならば、国民のほぼ全員に多かれ少なかれ貴族の血は混じっているものの、輝血と呼ばれる程の加護の強さは当主から概ね五親等程度まで、その先は薄れて意味をなさず、また血族から「切られた」場合は加護そのものを失う。そんな状態で一般国民に開墾などさせようものなら、命の無駄遣いになるだけ。
なので、滅多な事では開墾など試さないのだが、ディミルーは元々加護の濃い直系の男であり精霊の娘が嫁ぐ事で加護も強化されるという、試すにはもってこいの状況が揃ってしまった。これは、試してみたくなるというものでしょう。
嘘偽りなく、結果には期待をしているのです。
「そんなに…私を恨んでいるのか……リフィラ…」
「え? いいえ?」
開墾が成功するにせよ失敗するにせよ頑張ってもらいたい、と考えていた私に、ディミルーがわけのわからない事を言ってきた。
恨む? 何を? 婚約者と言う立場だっただけで、ほぼ関わりのなかった相手に恨みを持つほどの情緒の豊かさは私にはない。
そんな事はわかっていたから、彼は私を「冷血女」と呼んだのだと思っていたのだけれど。違ったのかも知れないですね。
「いいや、恨んでいるのだろう? そうでないならなぜ私を助けてくれない? お前は私を愛していただろう?」
頬を濡らしてこちらを見上げ、よくわからない事を言いだしたディミルーに呆れてしまう。
私達の会話を聞き流しながら、細々した予定を詰めていたはずの他の方々も、言葉を失っている。
耳に痛いほどの沈黙……。
「……錯乱されました?」
「そうかも知れません」
「…はぁ、処遇はすでに決まった、もう禁錮室に戻しておけ」
ユーシェア様とギリアム侯爵閣下の言を受けて、ディミルーの両側に控えていた騎士達が彼を立たせて連れて行きました。
他にも何事か叫んでいたようですが、ほとんど意味のない鳴き声だったかと。
***
親族会議から一か月後、私はギリアム侯爵家に嫁ぎました。
結婚式自体にはあまり意味はないが「お披露目ですから盛大にやります」と婚約が決まった時に侯爵閣下に言われていた通り、随分と盛大な式を挙げていただきました。
親族の方々が近くにいる方が反映も早いので一石二鳥ではあったのかも知れません。
私が嫁ぐ際に持参する婚姻誓約書は、御方様特製の精霊誓約書と言うものらしく、これに私と伴侶が署名をした時点で、伴侶側の血族と私の接続が開始します。
この接続を通じて、私は魂の欠片を回収、その際に一時的な加護の強化が行われます。回収と強化は血族が王国内に散らばっていても、三日程度で終わりますが、近くに居てくれればその分早く終了するので、それも狙っての挙式だったのでしょう。
加護の強化が一時的なのは、私の子が産まれるまでの一時的な措置のようなもので、子が産まれて育ち始めれば血族への加護の還元が始まり、強化は解除されます。(※還元開始した時点で強化されていた頃と同じ加護の強さになっているらしいのですが詳細は御方様しか知りません)
子の成長に伴い、段階的に加護が還元され、成人して当主になった時点で家門の輝血濃度の調整が終了、私の役目も終了となります。
他家の輝血に直接的な恩恵はありませんが、ギリアム侯爵家親族と縁付く事で、輝血濃度の薄まりを防ぐ事ができるため、未婚の者達にはこれから婚約の申し込みが殺到する事でしょう。
時間をかけて濃度調整するのは、一気に輝血濃度を上げるとヒトの肉体が耐えられないからだそうです。
御方様が仰るには、目玉がポーンだとかなんとか。こわいですね。
細かい事は兎も角、加護の強化が反映されたので、楽しいディミルーのお引越しです。
加護の強化度合いには個人差があるのですが、強化度が判定できる石によると、ディミルーの強化度合いは最高の金色を示していました。さすが直系、すばらしい。開墾、いけるかも知れませんね。
***
ギリアム侯爵領の端、瘴土との境の土地に到着したディミルーは、小動物のように震えていました。
人間ってこんな速さで振動できるんですね。輪郭が曖昧になる程の速度です。
ここは、高位貴族の領地には必ず存在する、瘴土の侵食を押し止める為の土地。輝血の濃い直系の人間が常駐する事を義務付けられている土地です。国の最外周を高位貴族直系が常駐する土地が囲んでいる形になっています。
この土地には領主館と、通いの使用人が使うための小屋が幾つかあるのみ。
現在の領主は、ギリアム侯爵閣下の弟君。領主館には弟君とその嫡子が生活するのみで、使用人などは皆通いの者だそうです。
領地の外から生きたモノに襲われる事はないけれど、常に瘴土の侵食を喰いとめている状態なので、気を付けないと短命になるそうです。
ギリアム侯爵家でこの土地の領主に選ばれるのは、精神が強く、多趣味の人間だとか。
ディミルーはどちらにもあてはまりませんが、まあ問題はないでしょう。
「なんであんなむらさきいろなんだ」
領主館の離れに連れて来られたディミルーが、震えた声で呟く。
目線の先、離れの外壁から向こう側には、草の一本、小石の一つも見当たらない大地に、重暗い紫色の靄が立ち込めている風景。
実に殺風景ですが、これがこの王国の土台となっている瘴土。靄がなくなっている所よりこちら側が、御方様の加護が届いている範囲です。
なかなかこの至近距離で瘴土を見る機会もないらしく、共に来たギリアム侯爵家の護衛騎士なども青い顔をしています。
「あの靄が瘴土の原因、正体はわからないが、触れたモノ全てを腐らせる靄だ」
苦々しい声でギリアム侯爵閣下が言う通り、あの靄に触れたモノは、全てが腐り落ちて土に還る。形あるモノだけでなく、空気や水までも、満遍なく。
土自体が腐っているわけではないらしいので、それがこの靄を晴らす糸口になるのではないかと考えられているが、国の研究機関でも永らく成果を得られていない。
例外は加護を持つ者と、その者から加護が移ったモノ。土地に加護を移す事ができれば、その土地より上は生息可能な場所となる。
現在この国の領土は、元々御方様が加護を与えてくださっている領域からほぼ変わっていないため、ここでディミルーが僅かであっても土地を拡げる事ができたなら、それは偉業として語り継がれる事でしょう。
「加護のある身であれば、この靄に触れても死ぬことはありません」
「何をなさってるんですリフィラ様!」
私は靄に腕を突き入れる。我が身は御方様の加護の塊のようなもの。私の腕は薄く光る加護に包まれて、僅かも侵される事はない。
ところが、ユーシェア様が慌てて私の腕を引き戻し、検分して、ほっとしたように息を吐く。
多少私が傷ついたくらいで御方様が怒ったりなどするわけではないのですが、心配をかけてしまったようで反省する。
「ご心配おかけしてすみません…? ですが見るのが一番早いですし、納得もできますでしょう?」
「それはそうですが…御身をもっと大事にしてください」
「えぇと…はい、気を付けます」
ユーシェア様はディミルーと違って、随分と私を大切に扱ってくれるので少し面映ゆい…。いやそうじゃなくて。
今までろくに行われた事のない瘴土の開墾、その方法を御方様に伺ってきたので、その説明をしなくては。
ユーシェア様にあずけていた腕を戻し、ディミルーに向き直ると、なぜか歯軋りをしながらこちらを睨んでいた。
何が不満なのか知りませんが、御方様のご加護の有難みを全く理解できていないようなので、これから全身で感じていただきたい所ですね。
「では、開墾の方法を「お前達は、ずっと前からそういう関係だったんだな?」
「……はい?」
「兄…いえ、ディミルー、何を言っているんです?」
私の言葉を遮ったディミルーに、ユーシェア様もギリアム侯爵閣下も困惑している。
お二人の反応を見ていると、なんというかこう…教育が失敗したと言うよりは、本人の資質に問題があるだけのような気がしてきました。
さておき、ディミルーが何を言いたいのかわからないので、しばらく続きを聞いてみましょうか。
「自分達が結ばれたいがために、私をハメたんだろう! この卑怯者め…!」
すごく憎々し気に、よくわからない事を言い始めました。もうちょっと詳細におねがいします。
「いつからだ、いつからそんな仲だったんだ…リフィラも…ユーシェアも……このっ…裏切者共め…!」
滂沱と言うのでしょうか、顔中びっしゃびしゃにしたディミルーがこちらを睨んで来ますが、何を言っているのか全くわかりません。
いや、訴えたい事は大体わかるけれど、何がどうしてそう思ったのかが全くわからないと言うべきでしょうか。
先日までろくに顔を合わせた事もない私とユーシェア様が、どんな仲になると言うのでしょう…ユーシェア様は学園にも通ってない所か、ずっと領地に居たと言うのに。
これはいつぞや聞いた事のある「恋愛頭」と言うやつでしょうか。大変めんどくさ…いや、お気の毒な…? 頭ですね。
ユーシェア様とギリアム侯爵閣下は渋面で額を押さえていて、ああ親子ですねえとほっこりします。
まだ何やら妄想を吐き散らしているディミルーは、うるさいので護衛騎士に合図して近くまで連れて来てもらいます。
「どう思おうと勝手ですが、まずは貴方がおとぎ話と侮った加護の有難みを体感してくださいませ」
私は人間の成人男性くらいなら持ち上げられる力がありますので、猫の子を持ち上げるようにディミルーの襟首を摘まみ上げ、目の前の瘴土に放り込みます。
それまで意味のない音を垂れ流していた口が、音を出すのを忘れたようにぽかりと開いて固まりました。
どさり、と軽くない音を立ててディミルーが落ちた先は、紫の靄に包まれた瘴土の上。
私以外の皆様も、一瞬状況が理解できなかったのか、その場は時が止まったかのような静寂に包まれています。
固唾を飲んで皆が見守る中、ディミルーの体はうっすらとした光に包まれていましたが、その光は私のものより薄く、まだらでした。
つまりどういう事かと言うと…
「い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い…!!!!!」
加護の薄い所は瘴土の靄に侵される、と言う事です。
じわじわと皮膚に紫の染みができるディミルーが、皮膚を擦るのを見ながら、私は一つ助言します。
「加護の薄い所は、皮膚もですが、衣類も腐り落ちますからお気をつけて? 加護を全身に巡らせるように気合を入れないと、全裸になってしまいますよ?」
「か…かごをぜんしんに? いたいいたい どうやって…いたい」
「ディミルー、いいからまずこちらに戻りなさい」
「はひ…」
何をどうしたらいいのかもわからなくなって無様にもがくディミルーに、ギリアム侯爵閣下が声をかけます。
その声に従い、あたふたとこちら側に戻って来たディミルーは、ぎりぎり全裸は免れたようですが、臀部は丸出しになっていました。まあ大変。
衣服が腐り落ちてしまった箇所や、顔の一部には、皮膚に紫の染みが広がっていますが、こちらに戻った時点からじわじわと治りはじめ、さほど時をかけずに元の肌色に戻りました。
「瘴土の恐ろしさと加護の有難みは実感していただけましたか?」
「…ヒ……」
微笑みながらディミルーに問い掛ければ、先程までの勢いを忘れたかのように青くなって震えはじめました。
回答と言う意味では足りませんが、見るからに身に染みたようなので良しとしましょう。
しかし、加護にあそこまでムラがあると、作業以前の問題ですね…。
「開墾の手順云々の前に、加護を安定して巡らせる方法を覚えてもらった方が良さそうですね、暫く私がこちらに留まって指導しましょう」
「えっ、リフィラ様がそこまでなさるのですか?」
「他の方では、どう指導すれば良いかもわからないでしょう?」
ユーシェア様は驚いておりますが、基本的に瘴土に入る必要等ないので、私以外に加護をそのように扱える技術を持っている人がいるかどうかは定かではありません。一旦私が指導するのが最も合理的でしょう。
顎に手を添えて伏し目がちに思案するユーシェア様。
私の指導に不安があるのでしょうか? と問い掛けようとしましたが、顔を上げたユーシェア様に真っ直ぐ見つめられ、言葉を吞み込んでしまいました。
「貴女がこちらに滞在するのであれば、私も共に滞在しましょう」
「え…何故です?」
「………私達は婚姻したばかりなのですよ? 一緒にいたいと思ってはいけませんか?」
婚姻のしきたりとして指輪を贈られた右手を軽く握り、小首を傾げて問うてくるユーシェア様に、私は困惑を隠せない。
一応の立場としては次期侯爵夫人であり、正妻ではあるが、ヒト同士の婚姻とは違うので、私にそんな気遣いをする必要はないのに。
でも、そう思ってもらえるのは、少し、嬉しい。
「いけなくは…ない、です」
少し恥ずかしくなって、視線を落としてしまう。
そうすると、私より高い位置にあるユーシェア様の表情は見えないが、気配が和らいで笑みを浮かべたのがわかった。
握られた手に力が入り、握り返すような形になった事で益々恥ずかしくなってしまい、目線を上げられない。
「父上、私も暫くこちらに滞在します」
「お前はそれでいいのか」
「はい、手数ですが必要な物と私の分の仕事をこちらに回してください」
「わかった、手配しよう」
ギリアム侯爵閣下は護衛騎士にディミルーを離れまで運ばせたようで、ディミルーの姿は見えなくなっていました。
他、運んできた荷物は同行した使用人達が運び込んでいるようです。ディミルーが開墾に従事している間は、離れに通いの使用人が訪れて炊事と洗濯だけは対応するそうです。使用人は監視役も兼ねているのでしょう。
私達の滞在場所を領主館に用意できるかの確認も閣下が進めてくださいました。すぐに使いに出した侍従が戻って来ます。仕事がお早い。
「客間が使えるそうだ、そちらで構わないな?」
「はい、ありがとうございます」
「リフィラ様、ディミルーが開墾に従事できる段階まで来たら教えていただけますかな」
「わかりました、手紙でお知らせします」
その際には、選抜チームを連れて参ります、と言われたので、リストアップされた方々も一緒に開墾に挑戦していただく事になりそうですね。
「そうだ、リフィラ様、私達がこちらに滞在する間、叔父上達がこの地を離れても大丈夫ですよね?」
「…はい、問題ありません」
「では、暫く叔母上達の所で家族団欒を楽しんでいただくのはどうでしょう?」
「それは良い考えだな、ではそのように伝えておこう」
見た事がない程の笑顔でギリアム侯爵閣下は領主館に向かいました。
「ユーシェア様は、お優しいのですね」
「お節介焼き、だとはよく言われますね…優しいと受け取ってくれる人ばかりではないので」
「ヒト、は、難しいです」
優しい声音に、誰にも明かすつもりの無かった感情が零れ落ちました。
喜怒哀楽は教えられましたが、ヒトの感情はそれらが複雑に混じり合い、わかりにくい。情緒が薄いから理解をし難いのだろうと思いますが、私とヒトの関係を考えれば、そこまで理解する必要もないだろう、と諦めている所もありました。
けれど、ユーシェア様はそんな私を慮り、寄り添おうとしてくれる。
そう感じた事で、気が緩んだのかも知れません。
気付いて口元を指で押さえた私に、ユーシェア様は少し苦笑したようだった。
「それはまあ…ヒト同士でも同じですよ」
「そうなのですか?」
「えぇ、だから相手をちゃんと見て、会話をする事が大事なんです、きっとね」
「……がんばります」
礼儀作法は習った、そこから外れない会話はできる、感情を乗せた会話はあまりした事がない。
必要がなかったから。
でも、ユーシェア様がそう言うのであれば、少し努力してみても良いかも知れない。
私達は既に夫婦で、これから子育てを一緒にしていくのだから。
「でも、まずはディミルーの指導からです」
「ふふ、そうですね」
楽しそうに笑うユーシェア様がよくわからないけど、まずはやれる事から一つずつやっていこう。
それなりに時間はあるのだし。
翌日から始まった指導ですが、私の教え方が下手すぎて思った以上に進まず…私の言いたい事を察して早々に加護の巡らせ方を体得したユーシェア様が教える形になるという想定外の事態になりました…が、それはまた別のお話。




