「お前が好きなのは俺の外見だけだ」と彼は嘲笑った。推しが推しじゃなくなったので、婚約破棄しました。
好きだった。
心の底から大好きだった……前世からずっと。
切っ掛けは、駅に貼られていた宣伝用のポスター。
個性豊かなキャラクターたち。その中の一枚、不敵に笑うその姿に一目で心を奪われた。
好みドストライクだった。
すぐさまスマホでポスターに書かれたゲーム名を検索した。
そして……彼を見つけた。
ローヴァイン・ブラント。
それが彼の名前。
女性がターゲットと思われるそのゲームには、他にもイケメンたちがゴロゴロと居たし、ローヴァインは決して主人公でも準主役的なポジションでもなかった。
けど……私の推しは彼だった。
なにせ顔がいい!
もう一度言おう、好み・ドストライクだった!!
本来なら、ここで一気に推しに課金!!…………といきたいところだが、いかんせん半端な立ち位置の彼は登場シーンもグッズも少ない。
それでも推しへの情熱を募らせ…………。
気付いたらこの世界に転生していた。
なんか薄っすらと夜道とヘッドライトの記憶があるから、たぶん死因は事故死だろう。
そう、転生!
ローヴァインが居るこの世界に!!
狂喜乱舞した私ことルミナ・アンゲールはすぐさま行動を開始した。
侯爵家の権力をフル稼働してローヴァインの婚約者の座をGET!
ちなみに私自身はゲームの登場人物でもなんでもないモブだ。たぶん存在すら出て来なかったんじゃないかな?
はっきりと言い切れないのは、ゲームをクリアしてないから。その前に死んじゃったしね。でも少なくとも公式サイトでも家名すら目にした記憶はない。
さて、そんな推しの婚約者となった私ですが…………。
現在、注目の真っただ中にいます。
プルプルと震える私は、「いや、誰に状況説明してんの?」って感じの現実逃避をしながら呆然と前を向いていた。
視線の先に映るのは……ローヴァインと、彼に腕を絡める女。
「ローヴァイン様……?」
婚約者のエスコートもせず、堂々と他の女をしな垂れかからせて登場した彼の名を呆然と呼んだ。
私に気づいたローヴァインがこれ見よがしに鼻で笑い、女の腰を抱きよせる。女の顔に優越感に満ちた笑みが浮かんだ。
「なんだルミナ、来てたのか。まさかエスコートもなしに一人で来たのか?」
いや、お前が役目放棄したんだろ!そう突っ込むべきだったのかもしれないが、その余裕はなかった。
「一体……どうなさったんです?」
震える声でどうにかそれだけを口にした私に目の前の二人が笑う。
「どうもしないさ。ただお前のような傲慢な女より、可愛いミシェリアをエスコートしたかっただけだ」
「もうっ、ローヴァイン様ったらぁ~!そんなこと言ったらルミナ様が可哀想ですぅ~」
「ローヴァイン様っ!」
「なんだ?怒ったのか?」
鬱陶しそうに前髪を掻き上げた彼がフンと笑う。艶やかな赤髪がさらりと零れた。
「金と権力で婚約者を買った女が偉そうに。だが人の心まで買えると思ったら大違いだ。お前自身がどう思っているのか知らないが、所詮はお前が好きなのは俺の外見だけだ。そんな女を好きになれるわけないだろう?その点、俺とミシェリアは愛し合っている」
「…………っ!」
私が息をのむ音に、男爵令嬢の「わたしも大好きー。愛してる~」という媚びた声が被る。
余興を見るように好奇の視線を向ける者、扇子の下で唇を吊り上げる夫人、常識外れの言動に眉を顰める紳士、いまや着飾った貴族たちの注目は私たちに集中していた。
それを理解しているのか、していないのか……彼は唇を吊り上げてこちらを見下す。
「なんなら婚約破棄しても構わないんだぞ?それが嫌なら、あまり煩いマネはしないことだな」
「……わかりました」
勝ち誇った彼らの顔。
「貴方との婚約を破棄します」
はっきりとそう告げれば、中途半端に笑みを刻んだ表情がポカンと固まる。かなりの間抜け面だった。
「バ、バカなことを。そう言えば俺が焦るとでも……?」
「そうですよ、そんな強がり……」
だけどすぐ余裕ぶろうとする彼らに背を向け歩き出した。
今日の誕生日パーティーの主役でもある友人に改めてお祝いの言葉と、それから謝罪を告げてその場を去る。背後のざわめきはもう気にしなかった。
その後、速やかに婚約破棄の手続きを済ませた。
あちらは子爵家の三男で、こっちは王族ともパイプがある侯爵家。しかも「金で買われた」云々~言っていたように子爵家には経済的援助までしていた。
当然、彼の父である子爵家当主は盛大に渋ったが……「応じないなら、融資した分に加えて慰謝料請求するよ?」の一言で大人しくなった。
完全に非はアッチだしね。
またまた別の社交の場。もはや貴族の日常の延長ともいえるパーティーで私は兄たちと談笑していた。本日のエスコート役は次兄。
「しっかしなんであそこまで強気になれるかねー?家格も立場もこっちが断然上なのに」
向けられる周囲の視線に鬱陶しそうに肩を竦めながら、次兄がシャンパンのグラスを呷る。
「そこはルミナにも責任があるかな」
苦笑いを零す長兄が「でも良かったよ」と穏やかに続けた。
唇をきゅっと引き絞った私は居心地悪そうに肩身を狭めるしかない。
そう、ローヴァインの増長の理由は私が原因だ。
まぁ100%ではないけど……。
元々彼はプライドが高く、ナルシストで傲慢なところがあった。
けど最初はもう少し節度はあった。
……が、何度でも言うが彼は私の推しだった。
その推しとリアルで出会ったのだ。
そりゃあ課金しますよ。甘やかしまくる。
彼が望むものを財力に任せてホイホイ与え、
彼が苦手な仕事も先回りして片付け、
彼が浮気をしようと許し続けた。
結果、ローヴァインはどんどん付けあがった。
なんだかんだで私に甘い家族は願いを叶えてくれたけど、正直なところ途中で「アイツはもうやめとけ?」みたいな苦言は何度も呈されていた。
けど私が頑なで盲目だったのと、貢いだお金分は転生者の知識チート使って自分で稼いで還元したり、旦那になる相手が無能でもなんとかなるから見逃されていただけ。
……私を雑に扱う男に父様や兄様は報復一歩手前でキレてたけどね。
「まぁ、なんにせよ目出度いよな」
「本当、目が覚めてくれて良かったよ」
次兄が私のグラスに新たなグラスをチリンと打ち鳴らした。それに長兄まで便乗。
婚約破棄を祝って乾杯!……という妙な構図になったところで、騒々しく名前を叫ばれた。
「ルミナっ!!婚約破棄ってどういうことだっ?!!」
またしても場所を弁えないのは元婚約者のローヴァイン。金魚のフンのおまけ付き。
怒鳴り込んできた彼から庇うように次兄の背に隠され、長兄が穏やかながら笑っていないお得意の笑顔で数歩踏み出す。
「こんばんは、ブラント子爵令息。君の振舞いこそ“どういうこと”かな?」
「その……これは……」
父や兄には強く出れないローヴァインが狼狽える。
腰が引けながらもこちらへ視線を寄越してくる彼と男爵令嬢に小さくため息を零した。
本当、どうしてこんな男を好きだったんだろう?そう思わずにはいられないほど情けない。
庇ってくれる兄たちに目で礼を告げ、自ら彼の前に立った。
「どうもこうも……ブラント子爵令息が仰ったんでしょう?「なんなら婚約破棄しても構わないんだぞ?」って。証人は幾らでもいますよ?」
「だっ、だがっ!!お前は俺を好きだろう?!なのに婚約破棄なんてっ……!」
もう一つため息が漏れた。しかも特大のが。
「ええ、好きでした。過去形です」
きっぱりと告げれば、はじめて明確な焦りが彼の表情に現れた。
変なの。
「金で買われた」「傲慢な女の我儘」散々そう言ってきたんだから喜べばいいのに。
だけど結局は……彼はその立場を手放す気はなかったんだ。
侯爵家は長兄が継ぐけど、次兄は同等の家に婿入りが決まってるし、うちには私が譲り受けられる爵位も他にある。おまけにかなり裕福だ。
不満を漏らしながらも破格なその未来を手放す気なんて欠片もなかったし、なんなら男爵令嬢は愛人として左団扇で暮らせると思っていたんだろう。
だから二人揃っていまさらこんなに焦っている。
冗談じゃない、と歪んだ口元を扇子で隠し、きっぱりと引導を渡してあげるべきだと決意しにっこりと笑った。
「私はローヴァイン様が好きでした。お金で貴方の将来を買った自覚もあった。けど……許せないこともありますの」
自分よりも背の高い彼を真っすぐに見上げる。大好きだった紅玉のような瞳。
同時に視界に入った鮮やかな髪に……切なさで瞳が揺れた。
「あの夜、貴方は仰いましたね?「お前が好きなのは俺の外見だけだ」と……」
「それは……言い過ぎた。その件なら謝るから……」
「その通りですわ!」
ババン!と言い切れば、え?!と会場中で二度見が起きた。
「いやルミナ……その通りってどういう意味だよ?」
鳩が豆鉄砲を食ったような表情のローヴァインに変わり、いち早く復活した次兄が問う。
「言葉通りですよ?私がローヴァイン様のお姿に焦がれて父様に婚約を強請ったのは兄様たちだってご存じでしょう?」
こてりと首を傾げれば、すごく複雑そうな表情で頷かれた。
当時の私の熱量を思い出したのかもしれない。
「本当に好きでした。好みドストライクでした」
きっぱり、はっきり「外見が!」と堂々と言い切る。
「ならなんで諦めるのよっ。婚約破棄する必要なんてないじゃない!わたしの将来はどうなるの?!」
焦燥を滲ませて口を挟んできた男爵令嬢をじとりと見る。
正直、お前がそれ言う?案件。
勝手に他人の金で愛人狙ったのアンタだし。
「元を正せば貴女の所為では?」
「で、でも……今までだって散々ローヴァイン様は好き勝手してきたじゃないっ!」
「そうだっ!これまでは黙って受け入れてきただろうが!!」
恥知らずにも「浮気は今までもあっただろ(要約)」発言してくる彼らに兄たちの額に青筋が浮くのが見えた。
そういう問題じゃないでしょうに。
ヤレヤレと首を振り、真っ向から彼を睨みつける。あえて視線を逸らし続けていた彼の姿に……思わず涙が滲みそうになるのをギュッと唇を噛みしめて耐えた。
「そういう問題ではありません。私は浮気に怒っているわけじゃない。ただ……失望しただけです。私が愛したローヴァイン様はもう居ない」
そして魂の叫びを放った。
「だってっ……私が愛した貴方は、長髪のローヴァイン様なんですからっ!!!」
「「「「「髪っ??!!!」」」」」
会場中の二度見、再び。
涙で滲む視線の先には……短髪のローヴァインの姿があった。
ちょっとナルシスト入ってるよね?って感じも納得の男らしくも美しい顔立ち。女性たちの視線を集める、長身で均整のとれた身体。
なにより魅力的なのは……色気のある鮮やかな紅玉の瞳と、真紅の艶やかな長髪。
男性の長髪って美形しか似合わなくない?という私の主張を体現するかのような長髪美形……だった。
そう、過去形。
美しかった真紅の髪は……無残にもバッサリと切られている。
漏れ聞いた話によると、男爵令嬢が「短いのも素敵だと思う~」とか唆したらしい。許せん……!
ローヴァインもローヴァインで、彼女の意見を受け入れた。もしかしたら彼の髪を事あるごとに褒めていた私への嫌がらせも兼ねていたのかもしれない。
婚約破棄されたあの夜、私が現実を直視できず震えていたのは……なにも彼の浮気にショックを受けたわけじゃない。だってそんなの本人たちの主張通り今までもあったし。
そんなことより…………彼の姿にショックを受けた。
「私が好きだったのは、艶やかな長い髪を靡かせていたローヴァイン様なのです。好みドストライクなそのお姿を見るだけで幸せになれた!だからこそ大した能力もない癖にプライドばかり高いその高慢ちきな性格も、常識外れの言動や浮気も許せたんです。何故なら大事なのはその外見だけですから!!」
高らかに言い放てば、周囲の顔が引き攣った。
「お前……」
「なんですか兄様?だって外見以外のどこに好きになる要素があるんです?こんなクズ。身分の差も、援助を受けている立場だってことも忘れて横暴かつ傍若無人なあの振舞い。挙句に人に「傲慢で偉そう」?どっちがって話でしょう?どうしようもないお頭の弱さに、常識のなさ。都合の悪いことは全て人の所為。女にだらしないうえ、あんな程度の低いのを引っかける見る目のなさ。外見以外に長所がありまして?」
もはや周囲はドン引き。
ヒソヒソと「気づいてたのか……」って呟きが聞こえるのは、よっぽど私が恋に盲目だと思われてたんだろう。
一応気づいてはいましたよ、ええ。
お飾りの旦那で良かったから見逃してただけ。
「なっ……!ルミナ、お前っ……!?」
「ひどいです!あんまりですルミナ様!!」
「はぁ?!あんたらに酷いとか言われる筋合いないですけど?ともかく、ローヴァイン様の髪がお亡くなりになった瞬間、私の愛も死んだんです」
「人をハゲたみたいに言うなっ!!」
腰に手を当て言い返したら、即座に怒鳴り返されたうえ、あちこちからぶふっ!と噴き出す音が漏れた。
次兄が腹を抱えて笑ってる、長兄の肩もプルプルしてた。楽しそうでなによりだ。
「そもそも散々不満を漏らしてたのはそっちでしょ。婚約破棄されて喜びなさいよ。お二人で仲良く平民として慎ましく生きてけばいいじゃないですか」
「もう一度髪を伸ばしてやる!」
だから……と続けようとした彼を見下す。
身長的には見上げるだけど、侮蔑を込めて思いっきり見下した。口調もだいぶ崩れているが、もはや面倒なので直す気もなかった。
「だからなに?髪を伸ばせば私の愛が戻るとでも?はっ……!笑わせないで。いままでは推しだから許せたの。分厚い推しフィルターが粗をカバーしてくれていただけ。推しが推しでなくなったら、許せてたことだって許せなくなるに決まってるでしょ。ましてや私が愛してたのは貴方の外見だけ。確かに髪はまた伸ばせるわ。でも推しフィルターを外した貴方なんてただのクズ。そんな貴方が推しに返り咲けるとでも本気で思ってるの?」
「なにをわけのわからないことを……」
「話にならないわね。いいわ、わかりやすく言ってあげる。もう私は貴方に欠片も興味がないの。熱を上げている時は素敵に見えたものも、熱を失えばなんの価値もない。そう、宝物だった推しグッズが邪魔な粗大ごみに変わるのと同じなのよ!」
「あー……ルミナ?俺もちょっとお前がなに言ってるかわかんねぇ」
「私もかな……」
「要は大事なのはただ一つ。私はもうローヴァイン様に欠片も興味がないということです。婚約は破棄され、お互い自由の身!」
「「納得」」
兄たちの納得も得られ、私の婚約破棄はこうして終わった。
ローヴァイン達……?
「子爵にもお伝えしてますけど、これ以上ごちゃごちゃ言うようでしたら然るべき慰謝料を請求しますんで。もちろん、ミシェリア様もね。ご実家が破産しないと宜しいですわね」って脅したら大人しくなった。
もはや私が言いなりにはならないと悟ったのだろう。
その後……子爵家の領地は天災に見舞われたらしい。
当家に援助を泣きついてきたらしいが、当然の如く断られ……お金に困った子爵家はローヴァインを売りに出した。お相手は三十以上年上のマダムらしい。
男爵令嬢も高齢の商人の後妻に納まったようだ。
きっとお金と権力で「買われた」身に相応しい待遇をされてるんじゃないかとのこと(by次兄)。
そうして私にも新たな婚約者が出来た。
先の失敗例もあり、父様や兄様が吟味に吟味を重ねた性格も良く常識のある紳士だ。
ちなみに長髪ではないが……人間、特に結婚相手は中身が大事なんだと実感させられる素敵な男性。あ、容姿も普通にイケメンよ?
優しくて良識のある婚約者、とっても幸せである。
……が、一つだけ気になることがある。
婚約者が髪を切る前に、
「少し髪を切ってもいいかな?二、三センチなんだけど……」と毎回お伺いを立ててくる。
これは婚約者だけでなく、父様や次兄、時には友人や使用人までそうだったりする。
肩を超す長さがある長兄に至っては、数ミリずつ揃えて常に一定の長さをキープする気の入れよう。
…………別に髪の長さで誰彼構わず人間関係切ったりしませんけど?
あの夜の婚約破棄は、ある意味伝説となって語り継がれている。……不本意!




