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私の震災の記憶  作者: めぴこ
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津波と避難

 十六時過ぎに母親が帰ってきました。

 母の話では、近くの川の水が橋下すれすれにまで達していたそうです。

 そこでようやく、避難しなくてはいけないのでは? という選択肢が浮上しました。


 そうしているうちに、トイレからごぽごぽと不穏な音が。よく見ると、便器と床が接している部分から水が漏れ出ていました。

 慌ててタオルで拭き取ると、トイレの床からは水があふれなくなりました。ただ、洗面所では排水溝から不穏な音が聞こえ続けていました。

 これはおかしい、と二階に行き、窓を開けて外の様子を確認。家の前の道路が水であふれかえっておりました。遠くからでしたが、おそらく大人の膝くらいだったと思います。

 今度は一階に下りて、玄関から外の様子を確認しました。玄関までは水が到達していませんでしたが、駐車場は水に浸かっていました。駐車場は少し斜めになっており、車のマフラーは高い方を向いていたので無事。庭も無事で、床下浸水もかろうじて免れました。住宅街の中でも、我が家は比較的高いところにあったのです。


 とはいえ、停電でガスもつかない。水はちょろちょろ。台所は散乱しており、食事なんてできるはずもない。寝る場所すらとれないため、避難所に向かうことにしました。

 わずかな食料と避難グッズ。あとは着替えと懐中電灯、ポケットティッシュなどを鞄に詰めました。

 猫は連れていけず、大量のご飯とお水を用意。寝室のダブルベッドの下に母猫と子猫二匹が潜み、先住猫はこたつの中。きちんと居場所を確認したあとに家を出ました。


 玄関から数段下の駐車場に下りると、水は膝下十センチくらいでした。

 長靴は履いておらず、水は直接靴やズボンを濡らしました。直前に雪が降っていたくらいです。身を切るような冷たさという表現がぴったりで、痛いとさえ思いました。

 避難所は自宅からすぐの場所にあります。ですが、土地が低くなっており、近づくにつれて水が深くなっておりました。私は身長が低いために腰まで水に浸かり、肌を刺す冷たさと下着が濡れる不快感でいっぱいでした。


 両手の荷物は濡れないように肩まで持ち上げ、コートの裾も持ち上げる。腕が疲れればガードレールの上に荷物を置いて休憩。

 近くにある避難所だというのに、水に阻害されてなかなか進めない。夕日はもう地平線に消えかけており、視界がほんのりと明るい程度。これ以上暗くなり、周囲が見えなくなっても困ります。寒さでしびれていた足に鞭打って歩きました。


 そうしてようやく避難所前まで来ました。避難所の敷地に入るには、用水路の上を通らなくてはなりません。津波の水は濁っており、どこが正しい道かわかりませんでした。とはいえ、車が通れるくらいの道幅があったので、ど真ん中を歩きました。

 用水路を渡ってすぐ側の建物には、非常用の外付け階段あって、二階の踊り場に人の姿が見えました。階段を上り、靴の水を捨てて中に入りました。


 部屋の中は誰もいませんでした。

 外付け階段にいた人たちも中に戻っており、私たちがいる部屋に来る気配もありません。

 その頃にはすっかりと日が落ちきっており、辺りは真っ暗。何も見えませんでした。そのため、手にした懐中電灯の明かりを頼りに、コートで隠しながら着替えをしました。恥ずかしかったのは言うまでもありません。ですが、四の五の言っていられませんでした。


 着替えを終えて部屋を出ると、廊下には自治会の人がいて、名簿を持って立っていました。

 実は私には姉がいて、十キロほど離れた会社に行っております。地震後、一度だけメールを送ることができましたが、以降は電話もメールも送れず。結局、私たちが避難所にいると連絡できませんでした。

 ただ、何かあったら避難所に行くと家族で決めていましたし、姉が家に向かうとメールで知らせてくれていました。遅かれ早かれ避難所に来るだろうと思い、私たちがいると知らせるために名簿に記載してもらうことにしたのです。すると、自治会の人の奥に姉の姿が見えました。すでにたどりついていたようです。

 姉は全身ずぶ濡れでした。長時間歩いて足の感覚がないまま避難所に入ろうとしたところ、濁った水で段差が見えず、転んだようです。すぐさま予備の着替えを姉に渡しました。


 姉の着替えが終わり、避難している人たちがいる部屋に行きました。かなりの人でごった返していて、空いているのは中央付近のみ。そこに家族四人座りました。

 避難所はコンクリート製で、床は緩衝材などなく、ブルーシートが布かれてあるだけでした。

 毛布などの配布はなく、自宅から持ってきた薄いブランケットに足を入れて温め合いました。それでも寒かったです。


 室内は真っ暗で、懐中電灯が時折つくくらい。

 部屋の中には小さい子もたくさんおり、大きな地震がくるたびに泣き叫んでいました。たぶん、他人の不安な心を感じ取っていたのだと思います。


 避難所は津波により一階が浸水しており、物資が届かず。そのため、備蓄されていた乾パンを子供優先で配布、一袋を家族で分け合いました。ですがどこにも足りず、あれほどひもじい思いをしたのは初めてでした。ほかの被災者に比べればなんてことないのでしょうけれど、私の中ではそうだったのです。

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