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1本目:辺境の木こり、勇者に感謝される

森の朝は静かだった。

霧の奥から獣の唸りが聞こえる。

「……またか。木こりの邪魔すんなよ」

アルドは寝癖のまま、斧を肩に担いで立ち上がった。


黒い毛皮をまとった大トカゲ——A級魔物〈黒尾トカゲ〉。

王都の上級冒険者が五人がかりで挑む相手だ。

だが、アルドにとっては木こりの障害物にすぎない。


トカゲが跳びかかる。

アルドは小さくため息をつき、半歩踏み込んで斧を振る。

風が鳴り、トカゲの首が飛んだ。

雪面に落ちた影が静かに揺れる。


「朝から身体が温まったな。……さて、木でも切るか」

そう呟き、アルドは淡々と木を倒していく。

大樹の根元に斧を打ち込み、たった三振りで一本を倒す。

それを十本繰り返すころには、額に汗がにじんでいた。


「やっぱり木はいい。噛みついてこねぇしな」

笑いながら枝を払う。

この村の背後には、誰も知らぬ魔王城がある。

村が無事だった理由は単純——この男が“木こりの邪魔になる魔物”を全部倒していたからだ。



昼。

アルドが切り出した木を家の前で削っていると、勢いよく扉が開いた。


「先生っ!」

明るい声が響く。

金の髪を一つに束ねた女性が駆け込んできた。

鎧の下には汗と旅塵。勇者リリアだった。


「よう。王都はもう片付いたのか」

「うん! 魔王を倒したの!」

「へぇ、そりゃすげぇな」

「それだけじゃないの! 王様にお願いしてきたの。先生のことも褒めてもらおうって!」

「……おい、先生って呼ぶな。俺は木こりだ」

「はいはい、木こり先生」

「お前なぁ……」


リリアは楽しげに笑う。

「でも本当なんだよ。魔王に勝てたのは先生が戦い方を教えてくれたから!」

「教えたってほどじゃねぇ。ただ、森で魔物を倒してりゃ、どんな奴がどう動くか傾向くらいわかるだろ」

「それがすごいんだってば!」


そこへ、隣家から村長ゲルダが顔を出した。

「アルド、王様に会えるんだって?」

「いや、俺は——」

「何かの間違いだとしても、めったにねぇ機会だ、だ!行っとけ行っとけ」

背中をどん、と叩かれる。

リリアが満面の笑みで畳みかける。

「決まり!」

「……めんどくせぇ」



翌朝。

王都行きの馬車が村を離れる。

リリアは窓の外を眺めながら言った。

「魔王城、ここからだとほんと近いのよ。私、あの城を見つけるのに五年かかったのに……村から馬で半日だったなんて」

「へぇ、そうだったのか」

リリアは額に手を当てて、深いため息をついた。

「……ですよね。知らないと思ってた」


アルドは窓の外の木々を見ながら欠伸をした。

「近かったなら、もっと静かにしてりゃよかったな。魔物が多くて木こりの邪魔だった」

「その“邪魔”全部がA級魔物以上だったの!」

「へぇ」

リリアは呆れたように笑う。

「ほんと、この人が村にいてよかったよ……」


そのとき、御者が叫んだ。

「前方に武装集団っ!」

馬車が急停止。

森の中から黒い鎧の影が現れる。

中央に立つ、赤い角を持つ魔族の男がリリアを睨んだ。


「勇者リリア。貴様、生かしてはおけん」

リリアが剣を抜く。

「……魔王軍の幹部、ザルグ!」

だが、ザルグの視線はすぐ横のアルドに移る。

その瞬間、顔が引きつった。


「貴様……まさか生きていたのか、あの“森の剣鬼”!」

「誰だそれ」

アルドは首をかしげる。


ザルグが怒声を放つ。

「この辺境で我らの部隊を幾度も葬った木こり!」

「そんな話、知らねぇな」

リリアが息を呑む。

「……つまり、あの森で魔王軍を倒してたのは先生だったのね」

「え、そうなのか?」

「やっぱり……」リリアは額を押さえた。「本人が知らないってどういうこと……」


ザルグが吠える。

「やはり貴様も勇者の仲間だったか!」

黒い魔力が森を覆う。


リリアが前に出た。

「やめなさい! 先生は関係ない!」

ザルグとリリアの剣がぶつかり、衝撃が走る。

炎と光が交錯し、土が抉れる。

力は拮抗。勇者パーティ全員がいれば勝てるが、今は二人。


アルドはため息をつき、馬車から降りた。

「リリア。こういう奴は腹の下を狙え。魔力溜めてる臓器がそこにある」

「は、腹!? そんなの——」

言い終わる前に、アルドの姿が霞んだ。

風が鳴り、次の瞬間、ザルグの体が曲がり、地面に叩きつけられた。


森に沈むような静寂。

リリアは息を呑んだ。

「やっぱり……先生はすごい!」

アルドは首をかしげる。

「すごいか? 木こりの延長だろ」

「木こりでそんな動きできる人いません!」


ザルグが血を吐きながら呟く。

「やはり……お前が……あの災厄……」

そのまま灰となって消えた。


リリアは剣を下ろし、アルドを見た。

「やっぱり、先生は辺境に収まっていていい人じゃない」

「いやいや、俺は木こりだ。木を切って寝る。それで十分だ」

「それがすごいんだってば!」

「わからんなぁ」



馬車が再び走り出す。

空の向こう、王都の城壁がかすかに見え始めていた。

だが、その上空で黒い鳥の群れが円を描いている。

リリアが眉を寄せる。


「……魔王軍の幹部がまだ生きてるだなんて、信じられない」

アルドは片目を開けて言った。

「生きてる奴もいりゃ、腐ってる木もある。似たようなもんだ」

リリアは苦笑した。

「ほんと、どこまでも木こりだね、先生」

「だから先生って呼ぶな」


馬車はそのまま白い道を進む。

二人の向かう先——王都では、新たな“影”が動き始めていた。

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