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8/10

余裕のない社員を斬る!

朝、8時25分。

山田直樹は、初めて足を踏み入れたプロジェクト企画室のドアの前で、ゆっくりと深呼吸した。


よし…やるぞ


新人研修を終え、ようやく現場配属。

希望していた開発系の部署ではなかったが「新プロジェクトに関われる」という響きに期待はあった。


しかし、その希望は最初の5分で打ち砕かれた。


「あぁ、来たね」


最初にそう言ったのは課長だった。

無表情。

歓迎の笑みも握手もない。


「じゃあここが君の席。あとは隣の…あー、先輩にでも聞いてくれる?」


「はい、よろしくお願いします!」


「うん、ま、頑張って」


隣の席には30代後半の男性が座っていた。

社員証には白崎とあった。

ベテランと呼ばれる年次らしい。


山田が「今日からお世話になります」と頭を下げると、彼はちらりと見ただけで「ふーん」と鼻で笑い、視線をディスプレイに戻した。


歓迎されてない。

直感が告げていた。


「何かあったら聞いてくださいね」


そう言ってくれたのは、女性事務員の立花だった。

だが彼女は、すぐに電話に出て書類を指でトントン整え、山田の挨拶にはうわの空だった。


表面だけか...


その後すぐに、同期のもう1人、経験者の新人・荒木が出社してきた。

こちらも挨拶をしたが、荒木は「おう、よろしく」と言ったきり以降、ほとんど口をきかなかった。


その日は誰も彼に仕事を教えなかった。


書類の場所も、PCの設定も、メールの初期登録さえも誰も何も言ってこない。

周囲はそれぞれキーボードを叩き、電話に出たり、会話をしたりしていたが、そこに山田を巻き込もうとする気配は一切なかった。


昼休み。

山田が弁当を開こうとすると、同期の荒木と白崎、それにもう1人のベテラン・塚本が連れ立って外に出て行くのが見えた。


一瞬、声をかけようかと思った。

だが、目も合わせないまま素通りされる。


まるで、ここにいないものとして扱われているかのようだった。


午後。

ようやく課長が声をかけてきた。


「そういえばさ、君、何か仕事欲しいの?」


「はい、ぜひ何でもやらせてください!」


「そ。じゃあこれ、前の企画書の印刷データ。まとめて整理しといて」


そう言って渡されたのは、ファイルサイズが異様に大きい古いPDFの束。 中身のフォーマットも統一されていない。完全に捨て仕事だった。


山田は気づき始めていた。

自分はこの部署で歓迎されていない。

いや、もっと言えば、辞めさせられようとしている?


3日目。

ベテランの白崎が、何かのきっかけで山田にこう言った。


「お前に何か教えても意味ないよ。どうせすぐやめるだろ」


見下されて笑って言われたその一言に、返す言葉がなかった。

なぜここまで言われないといけないのか?

右も左もわからない山田にとって悔しくてやるせない思いだった。


その夜、山田は帰宅後に風呂場の湯気の中で膝を抱えていた。


俺は、ここで何をしてるんだろう…


この会社に入った意味。

この部署に配属された理由。

何一つ見えないまま、彼は居場所のないまま働くことの想像以上の孤独を味わっていた。


そして数週間後、彼は勝手に退職扱いにされた。

電話一本、「もう来なくていい」とだけ言われ、理由もないまま終わりを告げられた。

退職届すら自分の知らぬ間に提出されていた。

彼は気づかないうちにいないことにされていたのだ。


数日後。

山田の携帯に会社の総務部から電話が入った。


「健康保険の件でご連絡差し上げました。」


淡々とした声に、山田は「任意継続でお願いします」とだけ答えた。

しかし、次の質問で空気が変わる。


「ちなみに退職理由について確認させていただけますか?突然辞められたので。」


「知らないうちに勝手に辞めさせられたんです。私は辞めるなんて言ってません!一方的な解雇なので解雇扱いにしてください。失業保険をすぐに受け取りたいので。あなた達の会社はひどすぎです。本当に失望したし、そんなことを聞くのはデリカシーが無さすぎじゃないですか?」


山本は怒りと涙が込上げる。

すると一瞬、相手が黙った。


「ええっ…?それって本当ですか?」


「そうです!電話一本で『もう来なくていい』って言われました。それっきりです!」


「そうとは知らずに本当にごめんなさい。退職届は…ご自身で書かれたものではないんですね?」


「見てもいません。書いてもいません!」


その後、総務の担当者は


「酷い...。そんなことがあったなんて私達は知りませんでした。あらためて本当にごめんなさい。上に報告して、少し確認をさせていただきますね!またお電話します。」


とだけ言って電話を切った。

そして数時間後。


「朝倉と申します。山田さん、覚えてるかな?新人研修の講師をしていた者です。君のような子がすぐ辞めるなんておかしいと思ってたんだ。先のほどの電話で社員に話したことを詳しくお聴きしてもいいかな?」


落ち着いた声だった。

その声には、ただならぬ意志の重さが宿っていた。


山田は静かに頷きながら、今までのことをひとつひとつ語り始めた。


誰も何も教えてくれなかったこと。

暴言を多々、吐かれたこと。

福岡出張で荷物を預けたせいで置いていかれたこと。

宮崎に深夜ひとりで着いたときの虚しさ。

翌朝「もう帰れ」と言われた屈辱。


朝倉は黙って聞いていた。

一度も口を挟まず、ただ話のすべてを受け止めていた。


「よく分かりました」


そう呟いた朝倉の声が、ほんのわずか震えていた。


「これは一人の社員の問題ではありません。組織の病です」


そして彼は立ち上がった。


「必ず調べます。全て明らかにして、責任を取らせます。私があなたに代わって戦います。明日、応接室で直接話しましょう。まってるからね。」


その言葉に、山田の目に涙が滲んだ。

やっと…わかってくれる人が現れた...。

その瞬間、彼ははじめて「報われるかもしれない」と思った。


そして翌日。

応接間。


「すみません...どこから話せばいいのか…」


応接室のソファに深く腰掛け、山田直樹は両手を膝に置いて震える声で語り出した。


その前に座るのは朝倉。

聞き手として、山田の言葉を一言も漏らさぬよう真っすぐに向き合っていた。


「最初から変でした。配属された初日から、何かが…」


山田は静かに語った。

時折、口をつぐみ、言葉を探すように黙ったが、その間も朝倉は一切急かさなかった。


「初日、課長には机だけ指定されて、あとは『隣の先輩に聞いて』って。それだけでした。」


「で、隣の白崎さんという方に挨拶したんですが…顔もあまり見てくれず、見下された顔で鼻で笑われただけでした。」


「誰も何も教えてくれなかったんです。PCの初期設定、社内メール、ファイルの扱い…何を聞いても『それ自分で調べて』とか『今は忙しい』とか。」


朝倉は頷いた。

よくある放置型いじめの典型だ。

心に余裕がないのだろう。

仕事が出来ない、ごまかしごまかし仕事してきたベテラン勢は荷が重かったのかもしれない。


「それでも自分から関わろうとしました。昼休み、外に出るときに声をかけようとしたんです。でも…目も合わせてもらえませんでした。もう1人の同期には優しいのに。」


「事務員の立花さんにも、『この書類の処理ってどうすれば』って聞いたら、大きな声で嫌味ったらしく『そんなの新入社員研修で習ったんじゃないの?』って…ウザそうに言われました。」


「フロア中がシーンとしました。誰も何も言わず、白崎さんと塚本さんはニヤッと笑ってました」


「その日から…空気になった感じでした。誰も私に話しかけないし、視線も向けられない。関心も持って貰えない。何も教わらず、放置される毎日でした。」


山田の拳が震えていた。

朝倉はメモを取る手を止めたまま、山田の顔を正面から見据え続けていた。


「そんなある日、福岡で出張があったんです。塚本さんから突然『来週同行ね』って紙一枚だけ渡されて...」


「資料もそれだけで、ミーティングもなし。出張の要領も教えてもらえず、飛行機のチケットも自分で取りました。空港の待ち合わせ場所も教えて貰えず、塚本さんに会えたのは飛行機の中でした。席はもちろん、バラバラです。」


「で…出発前に空港で荷物預けたら、それを塚本さんに責められて『何で預けたんだ!』『時間ないんだよ!』ってまた見下されて怒鳴られました。」


「『30分後に宮崎便あるけど、お前はもう間に合わない。新幹線と特急で来い』って。それだけ言って、さっさと行ってしまって…」


「福岡から宮崎まで、自分でルート調べて、乗り継いで、着いたのは夜でした。19時回ってました。」


「ホテルのドアをノックしたら『あ、着いたの? はいはい』ってだけ言われて、すぐドア閉められて…。その夜、虚しくて悲しくて泣かずにはいられませんでした。」


「商談は、結局一度も見せてもらえませんでした。翌朝も、『お前はもういいから、ひとりで帰れ。つかえない!』って。ショックでした。」


朝倉の眉がぴくりと動いた。

黙って頷く。


「新卒の私にとって、初めての出張でした。何をしていいかも分からない。でも、だからって…何もかも放置されて...」


「戻ってきてからも何も言われず、そのまま放置され続け…そして、突然、電話一本で『もう来なくていい』って言われました。何の理由もなく。ただそれだけ...そして一方的に勢いよくガチャって電話を切られたんです。」


「それで、総務の方から電話があって、勝手に退職届が出されていたと聞いて…」


山田は、そこでいったん言葉を止めた。

両手を握ったまま、喉元で何かを堪えている。


「信じてください!私は退職届なんて書いてないんです。出してもいません!言葉すら交わしてない。…ただ、消されたんです。わけもわからずに...」


沈黙が流れた。


朝倉はゆっくりと、深く息を吐き、メモ帳を閉じた。


「ありがとう、山田君。よく話してくれたね」


「君の話は、全部録音させてもらった。必要なら正式に証言書にもしてもらうけど」


「それでいいかい?」


「はい」


「よし、これからは俺の番だ!信じて待っていて欲しい。」


朝倉は立ち上がった。


その目は、ただの係長のものではなかった。

この件は許すことは絶対にできない。

酷すぎる。

真実を暴く者の眼だった。



「これは、確実に仕組まれた排除です。手を貸した者が複数います。組織ぐるみでなければ起きえません。」


朝倉は、応接ミーティングルームで資料を机に広げていた。

目の前には、総務課の担当・長岡が座っている。


「確かに、退職届の原本が不自然でした。署名欄が明らかに別筆跡です。山田さんの過去書類と一致していません。しかも、その処理が課長決裁で異動による引き継ぎ完了済になっていたんです。しかし、誰も異動していません。名義上、架空の引き継ぎ者が作られていました。」


朝倉は静かに頷いた。


「つまり、最初から退職に仕立て上げる筋書きができていた。文書改ざんの疑いもある」


「はい。私どもでは追いきれません。人事と法務の対応が必要かと…」


「その段階に来ていると思います」


その頃。

プロジェクト企画室。


「最近、課長の顔色、悪いね?」


「いや、それよりも立花さんの態度がピリついてる。電話応対で声震えてたぞ」


噂がざわざわと流れはじめていた。


「ねーねー!聞いた?なんか山田って新人の子、勝手に辞めたんじゃなかったんだって!」


「まじ? じゃあ…誰が辞めさせたんだよ?」


誰もが内心、感じていたあの部署の空気の異常さ。

だが、それを言葉にする者はいなかった。

それがいま、ひとつずつ音を立てて崩れ始めていた。


朝倉は、デスクに戻るとすぐに人事部宛てに報告書を提出した。


件名:【緊急調査要請】プロジェクト企画室における新入社員不当退職処理の件


添付された書類の中には、山田本人の証言録音データ、退職届の筆跡比較、メールログのスクリーンショット、そして社内システム上で発見された不審な操作履歴。


それは、ひとつひとつは小さな疑いに過ぎなかった。

だが、朝倉はそれらを積み重ねた。

証拠とは、重ねた量で相手を圧倒するものだ。


「俺さ、山田にどうせお前はやめるって言ったことあるんだ。」


白崎が、昼休みにふと漏らした。


「冗談だったんだけどなぁ…あれ、録音されてたらヤバいよな?」


塚本が舌打ちした。


「もう…あいつ、朝倉と接触してんだろ? 終わりじゃねえか、これ」


「なんだって関係のない営業部の朝倉が?講師してたのはわかるが...」


「課長が問題の移動先の部署を営業部にしていたからだそうです。」


「まずいことになったな...。あいつは頭がキレすぎんだよ。」


荒木は黙ってスマホをいじっていたが、指が震えていた。

彼らは空気を支配している側にいると思っていた。

だが、その空気がいま、反転して自分たちの首を絞め始めている。


夜。

朝倉は一人、社内の一室に籠もっていた。

壁に並べたホワイトボードには、時系列で整理された嫌がらせの履歴。

登場人物、会話、動機、意図、証拠。


「この構造は…集団隠蔽型。責任分散と沈黙の共謀」


彼はそう名付けた。

単なるいじめではなかった。

それは無能が己の正体を隠すための防衛線だった。

そして未熟な新人ひとりを犠牲にした。

それを許すわけにはいかない。


火曜の朝、社内全体に一通のメールが回った。


件名:【通知】人事調査に伴う関係者聞き取りについて

差出人:人事部調査課

本文:現在、社内における不適正な退職処理と職場環境に関する通報を受け、調査を開始しております。

対象部署にお勤めの方には、今後順次、個別のヒアリングを実施いたします。


読み終えた瞬間、プロジェクト企画室の空気が凍りついた。


「これ…山田の件か?」


「絶対そうだろ」


「っていうか俺ら、聞き取りされんのかね…?」


無言でディスプレイを見つめる立花の手が震えていた。

白崎はジャケットを羽織る手が止まり、塚本は電話の子機を持ったままフリーズしていた。


昼前、人事の呼び出しが最初にかかったのは、事務員の立花だった。

応接室に入ってきた彼女の前には、調査課の女性職員と朝倉が座っていた。


「え、な、なんで朝倉さんまで…?」


「私は、山田直樹君の証言者として同席しています」


「わ、私、何もしてません!」


「立花さん。あなたが山田君に無視したり、そんなことも新人研修で習ったはずでしょ?と大声でいったと言うのは事実ですか?」


「え…それは…その場の雰囲気で…」


「録音があります」


立花は言葉を失った。


次に呼ばれたのは、白崎だった。


「やだなぁ〜!冗談ですよ、全部!すぐやめるとかクビになるって、笑わせようと思っただけですよ〜!」


「そうでしょうか?あなたが課長に『山田は無理だ、戦力にならない』とメールを送っていたのは、冗談ではありませんよね?」


「み、見たんですか?」


「ログに残っています。」


白崎は深く俯いた。


「俺らだって余裕なかったんですよ。新人の面倒見るほど…」


「それを理由に人を追い込んでいいと思っていたのなら、誤りです」


そして塚本。


「全部俺が悪いってことにしたいんですか?あいつが勝手に荷物預けて、自分で遅れたんだろ?」


「あなたが事前に『荷物は機内持ち込みにしろ』と指示していれば防げたトラブルでした。メールも説明もなく、黙って放置することが業務指導ではないですよ。」


「黙ってた方がいいと思って…」


「それが今回の問題の核心です」


塚本は拳を握ったまま、無言で調査室を出ていった。



その午後。 課長・真野が呼ばれた。


「私は、現場の自主性を尊重しておりまして…個々の指導については各社員に任せておりました」


「放任と無関心は違います」


「ええ、しかし、私は山田君本人が辞めたいと申し出たと思っていたもので…」


「その証拠は?」


「退職届が、私のデスクに置かれていたと…」


「筆跡鑑定の結果、山田さん本人ではないと判明しています」


真野はその場で黙り込んだ。


夕方、プロジェクト企画室には張り詰めた空気が流れていた。

誰もが、何も言えなかった。


「俺、もうダメかもしれないな」 白崎がつぶやいた。


「私は、命令されただけ…」 立花がつぶやいた。


「バカにしてた。そんなに悪い事か?」 塚本が吐き捨てた。


その中でただひとり、荒木だけが、無言で画面を見続けていた。


夜。

朝倉は山田から借りた手書きメモの一行に、目を落とした。


『見ててくれる人がいるだけで、人は立て直せると希望を持てた経験を大事にしたい。』


その文字の下に、赤ペンで一文を添えた。


『俺は見てるだけでは終わらせないからね。』


翌日。

社内の空気は一変していた。


会議室の前には、聞き取り調査の順番を待つ人々が並び、総務の職員が「ご協力をお願いします」と頭を下げていた。


プロジェクト企画室では誰も私語をしなかった。

キーボードを打つ音と空調の風の音だけが静かに響いていた。


朝倉は、社内の一角にある来客応接室で人事部・法務部・社外の労務弁護士との調整を終えていた。


「山田君のケースは、完全に労働契約法第16条違反です。社会的にも、会社としても、放置できる事案ではないです。加えて、退職届の偽造。筆跡捏造と文書偽造の証拠がそろっています」


「本人の意向を無視し、かつ本人に告げず退職処理…これは、労働基準監督署から行政指導が入る恐れもある」


「本件、パワハラ・モラハラ・業務放棄・組織ぐるみの隠蔽工作と位置づけ、対応を強化すべきです」


全員の意見は一致していた。


昼下がり。

山田が再び呼ばれた。

彼の顔は数日前よりもしっかりと上がっていた。


朝倉が最初に口を開いた。


「山田君。まず一つ、正式に報告があります。君の退職処理は無効。正式に、復職扱いとして処理を差し戻しました。」


「え…」


「なので、君は辞めたことになっていないよ。辞めなくていいんだ。」


山田の目に、また涙が滲んだ。


「よかったな、山田君!」


「はい…ありがとうございます!」


法務部の担当が続ける。


「我々は、君が受けた不当な処遇に対し、正式に社内措置を講じます。これから社内処分が下されます。君に責任は一切ないから安心して欲しい。」


山田は頷いた。


午後3時。

社内掲示板に速報が張り出された。


【内部通報調査結果および処分通達】

プロジェクト企画室における業務指導の逸脱、文書偽造、不適正退職処理に関し、以下の通達を行います:


・課長 真野卓也:懲戒解雇(職務放棄および虚偽報告、退職偽造)

・事務職員 立花麻美:降格・減給(パワハラ・業務態度不適正)

・主任 白崎浩司:異動処分・社内研修命令(不適切指導・新人排除行為)

・社員 塚本昭彦:懲戒停職1ヶ月(嫌がらせ・教育放棄)

・新人 荒木翔:指導対象として観察処分(加担行為あり)


掲示板の前には人が集まっていた。


「あの課、地獄だったんだな」


「山田って子、よく耐えたな」


一部の社員は静かに掲示を写メに収めていた。



「本当に、救われました。ありがとうございます。」


「いやいや。君が一度も諦めなかったから、こうして終わらせられたんだよ。」


「実は……すごく怖かったんです。会社に、自分の存在が拒否されるって、こんなにも苦しいんだなって…」


「それでも、君は消えなかった。正面からぶつかってきた。だから、俺も全力で守ることができたんだよ。ありがとう!」


山田は静かに頷いた。


「次は、私が誰かの朝倉係長になれるように頑張ります!」


その言葉に、朝倉の口元が少しだけほころんだ。


「それが君のリベンジってこと、なんだね。」


一週間後、全社員向けに「組織改革と再発防止」の社内報が公開された。

そこには今回の件を契機に発足する「教育・定着支援プロジェクト」の立ち上げが記載されていた。


担当に名を連ねた一人に、山田直樹の名前があった。


同日。

朝倉は、定例会議でこう語った。


「組織というのは、決まりごとだけで動いているわけではありません。表には見えない空気 つまり、その場の雰囲気や当たり前になっている考え方も、人を動かす大きな力になります。しかし、その空気が間違っていると、人を傷つけたり、追い詰めたりすることもあるんです。それは目に見えないから、気づかないうちに悪くなっていきます。だからこそ、私達はその空気に流されず、おかしいと思ったら声を上げることが大切なんです。それが、今の組織を変える一番の方法だと私は思います。」


静寂のあと、誰かが深く頷いた。


数ヶ月後。

ある新人が入社してきた。


その初日に「新人歓迎資料」を手渡したのは、プロジェクト企画室に新たに設置された育成支援チームの山田直樹だった。


「入社おめでとうございます!もし何か困った事があれば、いつでも気軽に相談してくださいね。」


「え…は、はいっ!ありがとうございます!」


その新入社員の笑顔はかつての山田と同じ、不安と希望が混ざったものだった。


今度は、支える側になりたい。

山田は、あの時の朝倉の背中を思い出していた。


誰かが立ち上がれば、世界は変わる


彼がそれを証明していた。

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