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スーパー上司  作者: マリブン


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19/19

【Season2】インバウンド幻想を斬る③

金曜日の午前九時二十分。


三十六階の廊下は、空気が乾いていて、言葉の輪郭まで硬くなる。

靴音は吸われるのに、心臓の音だけが耳の内側で跳ね返った。


朝倉修平は、エレベーターホールの壁に表示された電子掲示板を一瞥した。

そこに並ぶ名前を見て、背筋が一段階だけ伸びる。


朝倉の横で、田島理久が妙に真面目な顔をしていた。

細身の肩に、いつもより固いジャケット。

目だけが落ち着かない。好奇心と緊張が混ざった目だ。


「朝倉課長…本当に連れて来るなんて…。」


田島の声は廊下に落ちる前に消えた。


「社長が連れて来いって言ったからなぁ。」


朝倉は歩幅を変えない。

変えたくても、変えられない。

今日は、段取りの一つを間違えたら終わる日だ。


その少し後ろを、佐伯美羽がノートPCを胸に抱えるように持って歩いている。

いつものオフィスカジュアルではなく、淡いベージュのジャケット。

指先が落ち着かない。

キーボードを叩く手の人間が、書く前から震えている。


「佐伯さん。」


朝倉が声をかけると、佐伯は反射で背筋を伸ばした。


「は、はい!」


「今日は、余計な色はいらないからね。」


「事実だけだよ。言葉は言葉のまま残すんだ。」


佐伯は小さく頷いた。

頷いた瞬間だけ、目が少し強くなる。

現場の言葉をそのまま上に届ける。

それが自分の役割だと、彼女自身が一番分かっている。


特別会議室の扉の前で、朝倉は一度だけ呼吸を整えた。

内側から、低い声が漏れている。


「インバウンド比率が落ちたら地方は持たない。固定費が重すぎる」

「だから構造を変える。感情で守れるほど、甘くない」


神宮寺CFOと一ノ瀬副社長の声だ。輪郭が鋭い。


朝倉はノックした。


「失礼します。営業第二課、朝倉です」


「入ってくれ」


八重樫社長の声は短い。短いのに、空気が真っ直ぐになる。


――


会議室は広かった。

窓の向こうは秋晴れの東京、光が差しているのに、この部屋だけ陰がある。


楕円形のテーブル最奥に八重樫。

白髪交じりのオールバック、皺の刻まれた額。

まだまだ現役の営業の目をしてる。


その左に一ノ瀬。

細い目、微笑んでいるような口元。

しかし、笑いの温度はない。


右に神宮寺。

銀縁メガネ、無駄のない動き。

数字が人を切ることを知っている人間の姿勢。


窓側に真鍋遥。

ショートボブをきっちりまとめた女性。

視線の奥に倉庫の棚と現場の汗が同時に浮かぶ。


壁際には田島。

さらに少し離れた位置に佐伯がノートPCを開き、すでに議事録のフォーマットを立ち上げている。


朝倉は一礼して着席した。

八重樫が言う。


「ありがとう朝倉君。現場の声を連れて来くれたんだな。」


「はい。」


朝倉は即答した。

嘘を混ぜたら、今日の話は全部崩れる。

八重樫はテーブルを指で軽く叩いた。


「それでは、話を聞こうか?」


扉が開く。


最初に入って来たのは三条紘一。

北陸の駅前ドラッグストア店長。

肩が固い。

しかし目が逃げていない。


二人目は、白井悠人。

東北の家電量販店店長。

緊張で顔は強張っているのに、どこか説明し慣れている立ち方をする。


三人目には中沢萌。

郊外型アウトレットのテナントマネージャー。

背筋が一本通っている。

ただ、その背筋の裏に、折れたくない疲れが見える。


朝倉は一瞬だけ目を細めた。

ここに来るまでの道のりを、知っている。

断られて当然の立場だった。

現場は忙しい。

「また本社の都合だろ?」と疑うのは当たり前な話だ。


三人は案内され、役員席から少し距離のある位置に並んで座った。

客席ではない。

証言席だ。


空気が張る。

一ノ瀬が、静かに三人を見た。

測る視線。

人間を数字に変換するための目。


神宮寺は資料に指を置いたまま、顔を上げない。

真鍋は一度だけ中沢を見て、小さく頷く。

現場の匂いを知っている頷き。


佐伯のキーボードが小さく鳴った。

その音だけが、この部屋で生きているものみたいに響く。


朝倉が口を開く。


「それでは、本題に入る前に一点だけお願いがございます。今日ここでの発言を理由に、彼らの店舗・人事・評価に不利益が出ないこと、それを、この場で明言していただけますでしょうか?」


一ノ瀬の口元がわずかに歪む。


「はは。君は先に保険をかけるのが好きだな、朝倉君。」


朝倉は一ノ瀬を見て、淡々と返す。


「いえ、保険ではありません。約束していただけなければ、現場の方達は本当のことを言えませんから。」


一瞬の沈黙。

八重樫が言った。


「そうか、それなら明言しよう。今日の言葉で不利益を被ることがあれば、私が責任を取とろう。」


佐伯の指が止まった。

一拍遅れて、打鍵が再開する。

その社長の言葉は、議事録の文章ではなく、約束として残る。

八重樫は三条に視線を向けた。


「北陸のドラッグ。三条さん。朝倉の案、在庫を持たない店の話を聞いたかな?まず、君の言葉で話しを聞かせてくれないか?」


三条は喉を鳴らした。

目の前に、ホールディングスの社長がいる。副社長がいる。CFOがいる。

グループ会社の自分が本当に意見していいのか?

その事実が、言葉を細くする。


「はい…。」


三条は膝の上で拳を握った。


「インバウンドが止まって、店は静かになりました。身体は、正直、楽になりました。」


一ノ瀬の眉がわずかに動いた。

結局それかという反応が、顔の隅に出る。


三条は続けた。


「しかし、静かすぎるんです。売上の話じゃありません。町の中で、店が背景になり始めている。あっても、なくても困らない存在に近づいている。その感じが、怖いんです。そんな意味で、店が急に「薄くなった」気がするんです。」


神宮寺のペン先が止まる。

真鍋が中沢を一度だけ見て、理解したように目を戻す。

八重樫は短く問う。


「薄くなる?」


三条は言葉を探し、声を絞り出した。


「はい。インバウンドの時は、段ボールを積んで、棚を埋めて、売れるか売れないかより、切らさないことが仕事になってました。でも今、棚が…。」


三条は口を閉じかけた。

言っていいのか迷う。

ここで生々しい言葉を出した瞬間、笑われるかもしれない。


朝倉は何も言わない。

助けない。

自分の言葉でと言ったのは社長だ。

それなら、ここは現場声のターンだ。


三条は、言った。


「棚が墓に見える時があります。」


空気が一段落ちた。

一ノ瀬が、低い声で言う。


「情緒の話に持っていくなよ?」


三条の肩が一瞬だけ跳ねた。

しかし、黙らない。


「情緒論ではありません。構造の話です。在庫を持つということは、簡単に引き返せないということでもあります。そうなると、私たちは、外部環境が好転するのを待つしかなくなる。インバウンドが戻るのを待つ。景気が戻るのを待つ。けれど地方は、待っている間にも静かに縮んでいくんです。」


その言葉に、田島が息を飲んだ。

隣で佐伯の指が速くなる。

現場の言葉が、そのまま残されていく。


八重樫は白井を見た。


「家電の白井さん。在庫を持たない店、サービスを前に出す店。君は、どう受け取った?」


白井は口を開いた。

しかし、最初の音が喉でつかえる。


「私は、怖かったですね。」


一ノ瀬の目が細くなる。

白井は一度だけ呼吸を整えた。


「在庫を持たない。それは、売れ残りという便利な言い訳を消すことです。商品のせいにも、仕入れのせいにもできない。残るのは、サービスだけ。つまり、店員が「自分は悪くない」と逃げられる余地がなくなる。ということです。」


その瞬間、中沢萌が小さく頷いた。

同じ恐怖を知っている頷きだ。


白井は続ける。


「でも、同時に救われたとも感じました。私たちはこれまで、量を回すことを優先するあまり、説明や相談を削ってきた。その結果、短期的には数字は出ました。けれど、あのやり方は人をすり減らすもので、もう二度と続けられるものではなかった。それが私の見解です。」


八重樫の指がテーブルを軽く叩く。


「中沢さんは?」


中沢は、背筋を伸ばした。


「はい。アウトレットは、設計が古いと思います。」


声は落ち着いている。

しかし、落ち着きの下に怒りがある。


「なぜなら「安いから人が来る」前提で作られているからです。でも今は、理由がなければ人は来ません。インバウンドで量に寄せた分だけ、「なぜここに来るのか?」という理由を、私たちは削ってしまったように思えてなりません。」


真鍋の目が鋭くなる。

物流・小売の担当として、彼女は設計という言葉が刺さる。


一ノ瀬が口を開いた。


「しかし、君たちの言う理由は数字になるのかい?」


その一言で、会議室の温度が一段下がった。

朝倉は、椅子の背に体重を預けるでもなく、前に出るでもなく、ただ言った。


「数字になります。ですが、売上の数字のことではありません。」


神宮寺が初めて顔を上げた。

佐伯のタイピングが止まる。

この先の一文は、事実を書き留めるための議事録じゃない。

この会社が、これから何を選ぶのかを示す言葉になる。

それが分かっているから、簡単には書けない。

この部屋で数字という言葉が出た瞬間、議論は感情から実務に落ちる。


「説明したまえ。」


一ノ瀬が言う。


「売上でない数字が、経営判断に耐えうる理由を。」


朝倉は、田島に目配せをした。

合図というほど大げさなものではない。

今だという、共有された感覚だけ。


田島が一歩、前に出る。

役員席に向かって話すのは初めてだ。

だが、声は震えなかった。


「経営企画室の田島です。私から説明申し上げます。朝倉課長の現場同行のあと、私たちは数字の整理を致しました。」


神宮寺の眉がわずかに動く。

整理という言葉に反応した。

田島は続ける。


「こちらの資料をご覧下さい。在庫回転率、廃棄率、値引き率。それに、人件費と離職率。インバウンド依存が高かった店舗ほど、今、全部が同時に悪化しています。」


神宮寺が口を挟む。


「それは予測可能だ。需要が消えれば、固定費が残る。問題は、その前提でどう動くかだな。」


「はい。」


田島は即答した。


「問題は速度にありました。」


田島はモニターに一枚のグラフを映す。

派手な色はない。

ただ一本の線が急激に折れている。


「在庫モデルは、落ち始めると止まりません。理由は単純で、在庫が判断を遅らせるからです。」


真鍋遥が、画面を凝視する。

物流の人間だ。

在庫が意思決定を鈍らせる感覚を、身体で知っている。


「売れるかもしれない。戻るかもしれない。そのかもしれないが、処分を遅らせます。」


田島は淡々と続ける。


「結果、値引きが遅れ、廃棄が増え、ブランドに傷がつくことになっているんです。」


神宮寺が腕を組んだ。


「では、在庫を持たなければ解決するのか?仕入れはどうする?メーカー交渉は?量を約束しなければ、条件は悪化する一方じゃないかな?」


一ノ瀬が小さく頷く。

朝倉は、真鍋を見た。

真鍋遥は、ゆっくりと口を開いた。


「量を約束しないと、確かに条件は悪くなります。でも、それはモノを売る前提の話です。」


一ノ瀬が言う。


「ん?小売はモノを売る場所だろ。」


真鍋は否定しなかった。


「でした。しかしながら、今は受け取る理由を作る場所です。」


その言葉に中沢萌がわずかに頷く。

アウトレットの現場で、同じことを感じていた。

真鍋は続ける。


「物流の現場では、すでに起きています。大量一括納品より、必要量を小刻みに動かす方が、総コストが下がるケースが増えています。倉庫費、滞留、廃棄、返品。全部含めて、です。」


神宮寺が即座に返す。


「けれども、それだと管理コストは上がるよな?」


「上がりますね。」


真鍋は即答した。


「ただし、それは見えるコストです。在庫の死に金より、はるかに健全だと思います。」


八重樫は、黙って聞いている。

口を挟まない。

今は、材料を集める時間だ。

一ノ瀬が、中沢を見る。


「中沢さん。アウトレットは安さが売りだよね?在庫を持たず、体験だ、理由だと言って、客は来ると思うかな?」


中沢萌は、視線を上げた。

逃げない目。


「来ませんね。」


即答だった。

一ノ瀬の口角がわずかに上がる。

ほら見ろという反応だ。

しかし、中沢は続けた。


「正確には、安いだけでは来ません。理由がないと滞在しないんです。滞在しない場所は、もう選ばれないでしょうね。」


一ノ瀬は言う。


「それは感覚論では?」


中沢は、首を振った。


「違います。アウトレットの来店動線、滞在時間、回遊率。全部、数字で見て発言してます。」


佐伯のキーボードが、静かに音を立てる。

中沢の言葉が、削られずに記録されていく。


「安さを求めて来たお客様は、買うものを決めて来ます。決めて来たお客様は、他を回りません。回らないお客様は、町にお金を落としません。」


その言葉に、三条が強く頷いた。

ドラッグも同じだった。


「だから、私たちは今…」


中沢は言った。


「理由を作る側に回らなければいけないんです。在庫は、その邪魔をするんです。」


一ノ瀬が少し黙った。

完全に否定できない論点だった。

神宮寺が、低い声で言う。


「しかし、評価はどうする?売上を外した瞬間、現場は迷うのでは?曖昧な評価は、組織を壊す気がするな。」


その瞬間、佐伯が顔を上げた。

朝倉が視線だけで許可を出す。


「あ、あの…私、佐伯がお応えします。」


議事録係が名乗るのは異例だった。


「今日の議論で、一番多く出ている言葉は説明、相談、滞在、理由です。」


神宮寺が、佐伯を見る。


「これらは、今まで議事録に残らなかった言葉です。残らなかったから、評価にも使われなかったのではないでしょうか?」


佐伯は、静かに言った。


「でも、今日ここに出てきました。消さなければ、測れます。」


その一言で、空気が変わった。


一ノ瀬が、八重樫を見る。

八重樫は、ゆっくりと頷いた。


「分かった。」


その声は、決断の前触れだった。


「最後に聞いていいかな?」


八重樫は、現場の三人を見た。


「在庫を持たない店にしたとき、一番きつくなるのは、誰だろう?」


三条が答える。


「私達です。」


白井も言う。


「逃げ場がなくなるという意味で、ですよね?」


中沢は、少し間を置いて言った。


「でも、今よりは、何をすべきか、がはっきりします!」


八重樫は目を閉じる。

短い時間だった。

しかし、その沈黙で全員が悟った。


社長は、もう動いている。


―――


八重樫は、しばらく何も言わなかった。

会議室の空調の音が、やけに大きく聞こえる。

誰も資料をめくらない。

佐伯のキーボードも止まっている。

この沈黙は記録されるべきものではないと、全員が直感していた。


八重樫は、ゆっくりと目を開ける。


「一ノ瀬君。」


名を呼ばれた副社長は背筋を伸ばす。

この呼ばれ方は、確認ではない。

決断の前の最後の問い。


「君の懸念は、もっともだ。」


八重樫は言った。


「属人化、再現性、教育コスト、どれも、経営が最初に警戒すべき点だよな。」


一ノ瀬は黙って頷いた。

否定されていない。

だからこそ、逃げ場もない。


「だがな…。」


八重樫の声が、わずかに低くなる。


「今日ここで聞いた現場の声は、感情じゃない。構造の歪みだと確信した。」


一ノ瀬の視線が、三条、白井、中沢へと移る。

三人とも、姿勢を崩していない。

取り繕ってもいない。


「在庫は、判断を遅らせる。」


八重樫は続ける。


「量は、考える力を奪う。」


「それが、今の現場だ。」


神宮寺が、静かに口を開いた。


「社長。全面転換は、財務的に危険です。短期的な数字は、確実に落ちますよ?」


「分かってるよ。」


八重樫は即答した。


「だから、全面はやらない。」


その言葉に、一ノ瀬の眉がわずかに動く。


「朝倉君。」


「はい。」


「君の案は実験だ。」


八重樫は言った。


「成功例を作る。失敗例も、記録する。逃げ道は残さない。」


朝倉は、迷わず頷いた。


「条件を付けてもいいかな?」


今度は一ノ瀬が口を開いた。

反対派の代表として、ここで言わなければならない。


「在庫を持たない店は、限定エリアに絞ること。評価制度は、売上を完全には外さないこと。メーカー交渉は、本部主導で守ること。現場に理念だけを押し付けないこと。」


一つひとつが、現実的で、重い条件だった。


朝倉は即答しなかった。

田島を見た。

佐伯を見た。

三条、白井、中沢を見る。


全員が、頷いている。


「わかりました。」


朝倉は言った。


「全部、条件を守ります。」


神宮寺が息を吐く。

真鍋が小さく頷く。

条件が現実に落ちた瞬間だった。


八重樫は、椅子から立ち上がった。

それだけで、空気が締まる。


「決まりだな。」


その一言で、佐伯の指が再び動き出す。

今度は、すべてが記録される。


「在庫を持たない店舗モデル」

「サービスを価値の中心に据える」

「地域密着を、数値化ではなく行動で評価する」


八重樫は、三人の現場代表を見た。


「君たちは、試される」

「楽にはならない」

「逃げ場もない」


三条が、深く頭を下げた。


「分かっております。」


白井が言う。


「はい、今よりは前に進めると思います。」


中沢萌は、はっきりと言った。


「理由のある場所へ!人が来る理由を作り直ししてみます!」


八重樫は、その言葉を受け止めた。


「一ノ瀬君。変に邪魔はするなよ(笑)しかし、見張りはしてくれよ。」


副社長は、苦笑した。


「それが、私の役目ですからね。」


八重樫は頷いた。


「田島君」

「世論と数字のズレ、炎上も、称賛も、全部拾って欲しい。」


「了解しました。」


田島の声は、少し弾んでいた。


「佐伯さん」


「今日の議事録は削らなくていいからな(笑)」


「はい!」


佐伯は、画面を見たまま答えた。

その目は、もう震えていない。


会議は、静かに終わった。

廊下に出ると、三条が大きく息を吐いた。


「終わったのか?」


白井が首を振る。


「始まったんですよ!」


中沢は、窓の外を一度だけ見てから言った。


「今後は、戻るのを待たないでいいんですよね?」


朝倉は、その背中を見送った。

現場に丸投げはしない。

それが条件。

量の時代は、強かった。

しかし、強すぎた。

これから始まるのは、弱さを前提にした商売。


だからこそ生き残れる。


―――


それは、革命ではなかった。

静かな修復。


在庫を積み上げることをやめ、値札の派手さで人を呼ぶことをやめ、代わりに、人が人を迎える場所へと戻っていく。


説明は、売るための言葉ではなくなった。

相談は、時間を奪う業務ではなくなった。

アフターフォローは、責任の押し付け合いではなく、「またご来店ください」と言える理由になった。


地元の店は、メーカーと切れない一本の線でつながれた。

売って終わりではない。

売る前から、売った後までを引き受ける。


故障すれば、逃げない。

分からなければ、調べる。

直らなければ、メーカーと向き合う。


誰がやったのかではなく、自分たちが預かったという意識が、店に重さと誇りを取り戻させた。

客は、安さだけを求めなくなった。

理由を求めて来るようになった。


なぜ、この店なのか。

なぜ、この人なのか。


その問いに、真正面から答えられる場所だけが残った。


それは「おもてなし」という言葉を、飾りではなく、責任として理解した人たちの商売だった。

丁寧で、面倒で、手間がかかる。

しかし、その手間こそが、人の記憶に残る。


「また来ますね!」


その一言が、数字よりも重くなる日が来た。

新しい試みは、派手に日本を変えたわけではない。

しかし確かに、ASAホールディングスを、もう一度、豊かにした。


――


「で…、結果どうなったんですか?」


営業第二課のフロア。

田島理久が、モニターを見ながら振り返った。


「数字だけ見たら、地味だよな。」


佐伯美羽が、議事録とは別のメモを閉じる。


「派手にV字回復!とは言えないですね〜。」


朝倉修平は、コーヒーを一口飲んだ。


「派手じゃない方がいいんじゃないか。派手な商売は、だいたい次で死ぬんだよ。」


田島が苦笑する。


「それ、どこかの重役に聞かせたいですね。」


その瞬間、通路の向こうで誰かが声を荒げていた。


「だから言っただろ! 在庫を積めば戻るって!」

「客は安いところに来るんだ!」


数ヶ月前まで、正論として通っていた声だ。

今は、誰も足を止めない。

佐伯が、画面から目を上げて言った。


「さっき、その人の担当エリアの修理依頼、全部こっちに回ってきましたよ(笑)お客さん、店名じゃなくて担当者の名前で問い合わせてきてますし。」


田島が目を丸くする。


「それ、完全に負けてますよね〜。」


朝倉は、少しだけ口角を上げた。


「負けじゃないよ。時代に置いていかれただけ、だ。」


コーヒーカップを机に置く。


「商売ってのはさ、売った瞬間がゴールだと思った者から、脱落するようになってるんだよ。」


田島が小さく笑った。


「ブラックですね〜。」


「たんなる現実だよ。」


朝倉は立ち上がる。


「でも、悪くない。ちゃんと面倒くさい商売をした者が、残るならな。」


佐伯が、ふっと息を吐いた。


「スキッとしますね!正直、ちょっとだけ(笑)」


朝倉は振り返らずに言った。


「それでいい。スカッとしすぎる話は、だいたい嘘だから。」


フロアの向こうで、電話が鳴る。

修理の相談だ。

指名は、地元の店舗名だった。


朝倉は、歩き出しながら思う。


派手じゃなくていい。

速くなくていい。


ちゃんと、戻ってきた。


それだけで、この国の商売は、まだ終わっていない。

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N1502KW
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