改めて決意する
次の日の朝。身支度と朝食を済ませ、用事があるからと街へ出掛けたローゼライトは待ち合わせ場所であるギルド内に入った。
「ローゼライト、こっちだ」
既に来ていたダヴィデが手を振っており、ローゼライトが前に座るとダヴィデはギルドの職員を呼び寄せ飲み物は? と訊く。
「ミルクティーってありますか?」
「ありますよ。ミルクティーですね」
「ダヴィデは何にする?」
「同じのにするわ」
ミルクティーを二個と伝票に綴って奥へ職員が消えるとローゼライトは早速話を切り出した。
「今夜は夜会だろう? 良いのか、こんなところにいて」
「準備は昼からになるから大丈夫。それより、私良い案を思い付いたの」
「聞こうか」
ローゼライトとダヴィデが座る席周辺に薄い膜を張った。これで周りに二人の声は聞こえず、周りの声は通常通り聞こえるようになった。
「昨日、お父様とフレアと観劇に行ったの。それを見て思い付いたわ。ラルスと円満に婚約解消する為に——私が殺された風を装ってほしいの」
「ふむ……」
手を顎に触れ、しばし考えるダヴィデ。深い青の瞳に見つめられると自分の全部を見透かされそうで一種の恐怖を味わわせる。殺害ねえ……と呟いたダヴィデがいくつか質問があると手を上げた。
「一つは」と人差し指を立てた。
「ローゼライトが婚約解消したがっているとシーラデン伯爵は知っているのか?」
「ええ。話す気は無かったのだけれど、お父様に隠し事が出来なくて話してしまったわ」
「その方がシーラデン家の混乱は免れるな」
「二つ目」と中指を立てた。
「ベルティーニの坊ちゃん、そいつは本当にアバーテ家の娘に懸想しているのか?」
「絶対……って聞かれると自信はないけど……でも、確かに聞いたわ。ラルスはヴィクトリア様が子供の頃から好きだって」
そしてそれはヴィクトリアも同じ。だからこそローゼライトはすんなりと二人が婚約出来るよう自身の殺害偽装を思い付いたのだ。
「なら、三つ目」と薬指を立てた。
「婚約解消をしたら、今後はどうするんだ」
「殺害偽装だからこの国にはいられなくなるわね……」
「シーラデン家を継ぐ気はないのか?」
「フレアが十年間、伯爵になる為に猛勉強しているのを知っていながら伯爵家を継ぐ気は一切ない。ギルドに登録して働くのが一番現実味があるのかしらね」
「お前さんの採取能力はよく知っている。なんなら、おれのところに来るか?」
「ダヴィデと?」
「ああ」
ダヴィデが良いと言うなら願ったり叶ったりだが迷惑ではないだろうか。ローゼ—ライトの心を読んだのか、ダヴィデは苦笑を見せた。
「独り身で部屋は無駄に多くあるから、好きに使ってくれて構わない。おれと一緒ならギルドの仕事も受けやすくなる」
「ダヴィデも隣の国に付いて来てくれるの?」
「いや? 殺害偽装をしてもこの国にいたらいい。おれなら、お前さんの見目を別人に変えてやれる。どうする?」
可能なら、生まれた国にいたい。ダヴィデの有り難い申し出にローゼライトはお礼を述べた。
ダヴィデの協力を正式に得られたと確かな実感を持ってローゼライトは屋敷に戻った。予定よりも早くに戻ったので夜会の準備も思ったより早く終わった。
夜になって玄関ホールにラルスが来ていると執事に伝えられたローゼライトはコクリと頷くと部屋を出た。父とフレアは既に別の馬車で出発済。玄関ホールに着くと夜会用に着飾ったラルスが待っていた。
「ローゼライト」
「ラルス」
ラルスが差し出した手を取り、外に待機させている馬車に乗り込むと向かいに座ったラルスに昨日の件を謝罪した。
「昨日はごめんなさい」
「観劇のこと? 伯爵とフレアと元々観に行く予定だったんだろう? いいよ。急に誘ったのは僕だから」
「ラルスは観劇が終わった後も公爵夫人と?」
「いや、別れたよ。母は知り合いを見つけてそっちに行ったから」
良かった。普通に話せる、と内心安堵するローゼライトは今日で最後となるラルスとの会話を自分なりに楽しもうと決めていた。
決してラルスが悪いんじゃない。いや、額の傷に関してはラルスが悪いにしても悪意等一切なかった、子供がしてしまった事故。責任を取らされ好きな相手がいるのに、好きでもない相手と長年婚約させてしまったラルスに申し訳がない。
殺害偽装後の生活も昼のダヴィデとのやり取りで何とかなりそうでローゼライトに不安はない。
馬車は二人が談笑している間にも会場である王城に到着した。既に多くの貴族が到着しているようで様々な家紋が刻まれた馬車がある。
父とフレアも既に到着しており、チラリとシーラデン家の馬車があったのを確認済。ラルスの手を借りて馬車から降りると「ラルス」と呼ぶ可憐な声色が届く。
この声は、とローゼライトが予感を抱きながらラルスと共に振り向くと――いた。ラルスの遠縁でラルスの想い人たるヴィクトリアだった。
「ラルス、ローゼライト様、御機嫌よう」
「アバーテ様」
「ふふ、ヴィクトリアと呼んでくれて構わないのに」
格上の公爵令嬢を名前で呼ぶなどおこがましい。丁重に断るとヴィクトリアは少々むっすりと頬を膨らませた。
「ラルスのことは呼んでいるではありませんか」
「ラルスは婚約者なので呼んでいるだけです」
何故か、隣にいるラルスの体がピクリと反応した。一瞥してもその後変わった様子はない。気のせいかとヴィクトリアに意識を戻した。
「もうすぐ入場が始まりそうね。そうだ、ローゼライト様。後日わたしの主催するお茶会に参加してくださらない?」
「アバーテ様の?」
「ええ。勿論ラルスも。そこでわたしの婚約者を皆に紹介しようと思うの」
顔や声に出なくて心底良かったと自分至上最高に安心したローゼライトは、その後の会話で自分が何を喋ったか記憶が曖昧になるくらい衝撃を受けた。
気付くとヴィクトリアは背を向けて歩き始めていた。ヴィクトリアに婚約者? 初耳だ。ラルスをチラリと見やるとヴィクトリアの後姿を寂しげに見つめていた。それはそうだ、ずっと好きでいる相手に婚約者が決まってしまったから。
自分と婚約してしまったが為にラルスはヴィクトリアと婚約が出来なくなってしまった。
――可哀想に、ラルス。
意地でもダヴィデに成功してもらわないとならなくなった。
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