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観劇




 ――翌日。

 カーテンの隙間から漏れる朝日に当てられ、その眩しさに瞼を上げたローゼライトは一度はデューベイを頭の天辺まで引き上げ眠ろうとするが、観念して勢いよく上体を起こした。思い切り伸びをし、小さく欠伸を漏らすと窓がコンコンと叩かれる。鳥でもいるのかと期待して近付くと手紙だった。誰かが魔法で飛ばしたらしく、窓を開けて確認するとラルスからだった。

 こんな朝早くからどうしたのだろうと封を切って手紙を読んだ。



「まあ」



 手紙の内容は今日行われる観劇へのお誘い。なんでも、公爵夫人が友人の夫人と行く予定だったのが行けなくなったのをラルスとローゼライトにとチケットを譲ってくれた。もし予定がないなら一緒に行かないかという文面に頭を悩ませたのは一瞬。

 ローゼライトは観劇に行くと書かずに家族三人で出掛ける予定が既にあると断りの返事をすぐに書き、手紙を同じ方法でラルスの許へ飛ばした。



「びっくり」



 こんな事もあるのかと驚いた朝だった。


 朝の支度を終え、朝食を食べようと食堂へ向かう最中フレアと会った。眠そうな彼の頭を背伸びをして撫でるとフレアは不満げな目をやった。



「何時まで子供扱いするの?」

「私がシーラデン家を出るまで」

「早く嫁に行ってよ」

「まあ酷い」



 フレアも本気で言っているのではないと知るローゼライト。そろそろ背伸びがしんどくなり止めた。屋敷に来た当初はあまり背丈は変わらなかったのに、今ではすっかりとローゼライトより高い。

 ラルスもそうだった。ローゼライトと大差無かったのに気が付くとローゼライトより高くなっていた。


 食堂に着くと父が既に待っていた。

 三人が揃うと朝食が運ばれた。

 屋敷を出る時間を告げられ、朝食が終わったらそれまではのんびりとする。


 今朝早くラルスから手紙が届いたとは言わず、二度目の観劇が楽しみだとローゼライトは語った。

 朝食を済ませると部屋に戻ったローゼライトは別の手紙が届いているのを見つけた。



「ダヴィデからだわ」



 早速、封を切って手紙を取り出した。

 内容は至ってシンプル。『分かった』の一言だけ。



「ダヴィデらしいわね」



 手紙を封筒に戻し、引き出しに仕舞った。



「二度目の観劇で婚約解消に繋がるヒントを得られれば良いのだけど……」



 うーん、と考える。

 身近にいる人で婚約破棄や婚約解消となった人がいない。皆、熱々なのもいれば程々の距離感を保つ人もいる。人それぞれとは言うが参考になる人がいてほしかった。



「過去の事件で大きな婚約破棄や婚約解消騒動も起きていないから……やっぱり自分で考えないとね」



 本来は起こらなくて平和で良いのだがローゼライト個人としては参考になるものが欲しかった。

 ベッドに腰掛け後ろに倒れた。


 ラルスが嫌いだったり、性格最悪な嫌な男であれば悩むこともない。昔はやんちゃでも現在はすっかりと大人しくなり、同年代の令息と比べると紳士的だ。ヴィクトリアと婚約が無理になっても、素敵な自分を見ていてほしかったのだとすると少し惨めになる。



「ヴィクトリア様が好き、か」



 でもある意味羨ましい。心の底から好きだと思える人がいて。

 燃えるような恋心はなくても、家族として仲良くしていけばいいと考えていたのはローゼライトだけだったのだ。












「やっぱり、駄目だよなあ……」



 昨夜書いた手紙の返事が朝食を終えたラルスの下にやって来た。返事はシンプルにお断りのもの。今日は家族と出掛ける予定が出来ていてラルスとは行けないというもの。

 元々急過ぎるお誘いなのは分かっていた。伯爵家で出掛けるローゼライトを責める気は毛頭ない。



「母上にチケットを返すか」



 良い席であっても観に行く人がいないのであればただの紙切れとなる。

 ラルスは母が寛いでいるサロンに顔を出し、ローゼライトには予定が入っていて観劇には行けないと話した。



「あら、そうなの。残念ねラルス。だったら、わたくしと行く?」

「母上と? どうせなら、父上と行けば良いのでは?」

「旦那様は観劇に興味がないの。折角のチケットが勿体ないから、わたくしと二人で行きましょう」



 今日は予定もなく、小公爵としての仕事も昨日である程度のけりはついている。母と二人で出掛けるというのも子供の時以来で、ラルスは了承した。



 ――ローゼライトと行けなくて残念だ



 劇場の近くにあるカフェは大人気らしく、終わったら彼女を誘いたかった。

 カフェならいくらでも誘う機会があるかとラルスは出掛ける準備を始めた。





 〇●〇●〇



 出掛ける準備が整い、玄関ホールにて義弟と父を待つローゼライト。肩にお気に入りのポシェットを提げて中身を最終確認。といっても、念の為の財布とハンカチが入っているだけだ。



「あ、父上が来ましたよ」



 フレアの言葉通り、執事を伴って父が現れた。



「二人とも揃っているな。では行こうか」



 父の言葉で外に出て、正門前に待機させてある馬車に乗り込んだ。

 父が乗り、最後に執事が乗ると扉が閉められ馬車は動き出した。

 執事は観劇が終わるまでは馬車内で待機となる。



「人が多くて疲れないといいな……」

「大丈夫よフレア。劇が始まれば誰も声を出さないから、とても集中できるわ」



 人の多い場所に不慣れらしいフレアだが、伯爵となれば多くの貴族と関わる事となる。特にシーラデン家ともなると魔法使いとの交流も増える。今の内に人の多さに慣れておくのがフレアの為。

 劇が開始されれば、観客が声を出すのはマナー違反。誰も声を出さない。

 マナー違反を犯して摘まみだされた人を見た事はないが過去には何度かあったらしいと父の話で知った。



「と言っても、その客は始まる前から泥酔状態だったと聞いた。酒を飲んでから劇に集中出来るものなのか」

「さ、さあ」



 お酒が苦手なローゼライトはあまり飲まないようにしている。勧められてもラルスが相手をさり気無く誘導してくれる為、無理に飲まされる場面はない。


 劇場には馬車の停車場があり、職員の誘導に従って御者が馬車を停車させるとローゼライト達は降りた。フレアから差し出された手を取って降りたローゼライトは相変わらずの人の多さに感嘆する。きっと中には、自分達のように二度目の人もいるのだろう。

 中に入って受付を済ませ、会場に入ると席はそこそこ埋まっていた。開演までまだ時間がある為、外でゆっくりしている人もいるのだ。


 三人は席に座り、近くもなく、遠くもない丁度いい席に満足する。

 その時「あ」とフレアが声を漏らした。



「どうしたの?」

「あれ。あそこにいるのって」

「うん?」



 フレアに指差された方を見たローゼライトは薔薇色の瞳を見開いた。

 今朝、誘いを断ったラルスが母であるベルティーニ夫人と席に着いていた。



「公爵夫人と来るなら、姉上を誘ったっていいのに」

「ああ、違うの。今朝、ラルスからチケットを夫人のご友人から譲られたから行かないかって誘われてはいたの。でも今日はお父様とフレアの三人で行きたかったからお断りしたのよ」

「そうだったのですか」



 きっと折角のチケットだからとベルティーニ夫人がラルスを誘ったのだと予想した。

 別席に座るラルスが気になりつつも、劇は開演された。席は離れており、座っていればお互い気付けない位置なのでラルスやベルティーニ夫人が気付くことはないだろうと観賞に集中した。

 悪女の罠に嵌められ、引き裂かれた男女が最後お互いの胸にナイフを刺して心中する悲恋もの。一度目は話題だからと内容を確認せずラルスと観賞して気まずくなるも、時間が経つと恋人達の最後を肯定するか否定するか二人で熱く語り合った。

 愛し合っていても結ばれないのなら、来世で一緒になろうと二人は約束し、心中した。劇が終わると涙を流す観客が溢れるのは一度目と同じ。隣に座るフレアを見ると滝の如く涙を流していて少し驚いた。



 恨めし気に見られローゼライトは苦笑した。



「言わないで正解だったでしょう?」

「せめて悲恋だと言ってくれたら……!」

「ほら、ハンカチ」



 ポシェットからハンカチを取り出しフレアに渡した。フレアが涙を拭いている隣、父は別段変わった様子はない。



「お父様、如何でした?」

「幸福な終わりか、不幸な終わりかは見た者によって判断が分かれるものだった。ローゼライトはどう思った?」

「私はある意味では幸福な終わりかと。死んで誰にも邪魔されない場所へ行った二人は幸せなんだって」

「そうか。私もお前と同意見だ」



 涙をハンカチで拭きながらフレアは死んだ二人は幸せでも残された周囲が不幸だと言う。意見の交わし合いが発生すると予期し、劇場の近くにあるカフェでゆっくり語らおうと一旦席を立った。

 会場から外へ出た三人は近くにあるカフェに入った。丁度、店内の席が一つ空いており運よく座れた。周りは先程劇を見ていた客だろうか、目が赤い人がちらほらといる。


 給仕からメニュー表を渡された父に何を飲むか訊ねられたローゼライトとフレアはそれぞれホットミルクを頼んだ。父はコーヒーにし、それとチョコレートケーキを三人分追加して注文した。



「来るのが楽しみ」

「姉上はホットミルクが好きですね」

「フレアだってホットミルクを頼んだじゃない」

「もっと身長を伸ばしたいので」



 今もフレアの背は十分高い気がするローゼライトだが、フレア自身はまだまだ背が欲しいらしい。



「ローゼライト?」



 ぎくりと体が強張った。声を掛けられた方へ向くと——思った通りの相手ラルスがいた。側にはベルティーニ夫人も。



「こんにちはシーラデン伯爵。家族でお出掛けなんて仲が宜しいのね」

「ええ。偶にはこんな日も必要だろうと」

「ローゼライトさん、フレア殿も元気そうで何よりだわ」



 席から立ち上がろうとしたローゼライトとフレアを手で制したベルティーニ夫人は給仕が持ってきたケーキ箱を受け取るとラルスを連れて店を出て行った。


 ラルスから終始視線を貰っていたが敢えて気付かない振りをしたローゼライトは二人がいなくなるとホッと息を吐いて安心した。



「何も聞かれなくて良かった」

「姉上は家族で出掛けるからって断っただけじゃないですか。嘘を吐いたわけでもないのに」

「そうだけど、なんだか気まずくて」



 フレアの言う通り、同じ劇を観に行くとまでは書かなくても家族で出掛けるからとは書いてラルスの誘いを断った。後ろめたさを感じる必要はないのに何故か感じてしまった。ラルスがずっと視線を寄越していたのも気になるが、明日の夜会で聞かれるだろう。


 明日は朝から大忙しだ。朝はダヴィデと会って円満な婚約解消の作戦会議をし、午後からは夜会の準備に入る。本来なら朝から準備になるのを侍女に無理を言って午後にしてもらった。ローゼライトも出来る限り協力はする。


 二度目の劇を観て婚約解消の方法を一つ思い付いた。悪女は最後、恨みを持つ者に爆死させられ死んでしまう。



 ——事故に見せかけて私が死ぬか、怪我を負って公爵家に嫁げないとラルスに思わせれば婚約解消に運べそうね!



 ダヴィデにこの案を話し、良案かどうか判断してもらおう。






読んでいただきありがとうございます。


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