エピローグ
それからのラルスの行動力は目を見張るものがあった。親類の子供は元々ラルスと交流があり、今回の養子の話も好意的に受け入れたと聞く。実家の方は兄が継ぎ、次男の彼は文官になるか何処かの家に婿養子になる予定だった為、余計拒否反応が少なかったと見る。十日に一度やって来るラルスとお互いの近況を話し合う関係に戻り、今もラルスと会っていた。
「ヴィクトリアとの婚約は父上が正式に断ってくれたよ。僕がしたいようにすればいいと」
但し、一年の間に親類の子供をベルティーニ公爵家の後継者として認められるようラルス自身が教育出来るかどうかによって未来は変わる。ローゼライトは会ったことのない少年だが、幸いにも勉強熱心な性格でラルスを好いているのもあって意欲的に跡取り教育に取り組んでいると聞いて安心した。
「ローゼの方は? この前来た時、ローゼもダヴィデ様も留守のようだったけれど」
「ごめんなさい。辺境伯家が治めている領地で魔獣の被害があったらしくて、私とダヴィデは魔獣の退治や怪我人の治療に呼ばれていたの」
ラルスがやって来る分かっていたから、早く終わらせて戻るつもりが思いの外時間が掛かってしまった。謝るローゼライトに気にしていないとラルスは微笑を浮かべ見せた。
「謝らなくていい。ローゼ達を必要としている人達の為に動いていたんだ」
「ラルス。親類の方が後継者とベルティーニ公爵様に認められたら、魔法使いになる気持ちはまだ変わってない?」
「変わってない」
一年前、若しくは一年振りに再会した当初なら心変わりをして別の道を歩んでほしいと願った気持ちも、今では少しの安堵を感じていた。折れた心は二度と戻らないと思っていたが、別の形として少しずつ再構築されている。提供した紅茶を飲み干したラルスにお代わりを注ごうと席を立ち掛けたら止められた。
「もうすぐ帰るからお代わりはいいよ」
「そう? まだいても全然いいのに」
「ありがとう。でも、リオンに早く戻って一緒に勉強しようねって屋敷を出発する時に言われたんだ」
リオンとは養子となる子供の名前。若干照れているが嬉し気に話すラルスを見れば、二人の仲の良さが伝わって来る。
せめて見送りはすると一緒に外に出たら、庭に干している薬草がラルスの目に入ったらしく、どんな薬で使用するかを訊ねられた。お茶に使用する用の薬草で味は苦いが慣れれば癖になる味で健康にも良く、毎朝ダヴィデと飲んでいると話した。二人とも慣れるまで時間がかかり、最初の数日間は顔を顰めたり味の改善をするべきかとよく話したもの。結局味はそのままにした。
「ローゼの話を聞いたら、どんな味がするのか僕も飲んでみたくなった」
「今度来た時に出すわね。その頃だと飲めるようになっているから」
「ありがとう」
家の離れた場所に馬車を待たせており、そろそろ帰るよと振り向いたラルスの手を握った。
「ローゼ?」
「またね、ラルス。次の十日後もちゃんと待っているわ」
目を丸くしたラルスだが、ローゼライトの言葉を受けてすぐに満面の笑みで頷いた。
「絶対に来る」
「ええ」
そっと手を離す。必ず十日後また会える。名残惜しいのは気のせいじゃない。
時折後ろを振り返りながら帰って行くラルスを見送り、踵を返して干してある薬草に近付いた。
「うん。いい出来具合」
乾燥の度合いを一枚一枚丁寧に確認をしながら、使えない薬草を省いていく。
死を偽装した当初の自分が今の自分を見たら大層驚愕するだろう。
「楽しそうだなローゼ」
「ダヴィデ」
嫌悪も怒りもない。過ぎた時間の分ローゼライトに落ち着きと心の余裕を与えた。
それともう一つ。
「陛下に呼び出された理由は何だったの?」
「お前の近況を知りたいのと港町と王都を繋げる魔導列車開発の企画書をおれに確認してほしいんだと」
「すごい!」
王都から南の端に位置する港町は、馬車で急いで向かったとしてもかなりの日数が掛かる。依頼を請け負った魔法使いが荷物の運搬を担っているものの、鮮度が命の魚介類や大量の荷物となると運べる者が限られてしまい、結果負担が偏ってしまっていた。魔導列車の開発が成功すれば今まで負担を担っていた魔法使いも解放され、荷物の行き来がよりスムーズとなる。
「課題はまだまだある。が、なんとかなるだろ」
「企画書が完成して漸く工事に着手ですもの。私も手伝えることがあったら言ってね」
「ああ」
本格的に工事が始まればダヴィデの手はそちらに掛かりきりとなる。その間はローゼライトが出来る範囲でダヴィデの代わりをする予定だ。まだまだ一人前とは言えなくても、段々と一人で熟せる仕事も増えて来た。
「ところでベルティーニの坊ちゃんは来ていたのか?」
「ええ、さっきまで」
「向こうはどうなんだ?」
「ラルスの方も順調よ」
話を聞いているとラルスや養子となるリオンなら、上手くいくと思える。
ローゼライトが落ち着きと余裕を持ってラルスと接せられるのはダヴィデの存在もあった。荒唐無稽な頼みを頭ごなしに否定せず、最大限ローゼライトの意思を尊重して動いてくれた。生活面においてもシーラデン家では侍女や使用人に何でも先回りをして世話をされていた頃と違い、ダヴィデの家は魔法を使いつつ自力でしないとならない。大変と思えど一度も嫌になっていない。大変さの中に楽しさを見出したローゼライトは貴族令嬢以外の生活も合っていた。
次にラルスに会うのは十日後。
「今は薬草を仕分けてんの?」
「ええ。この後は薬草を粉末にするわ」
「おれも手伝うか。最近外に行ってばかりで在宅仕事っていうのをやってないな」
「頼りにされているのよ」
王国最強と名高いダヴィデを頼りにしている人は国王を筆頭に大勢いる。
ローゼライトは家に持ち帰った薬草をテーブルに並べて作業部屋へと入った。
——一年後、無事親類の子が次期ベルティーニ家の後継者と認められたことでラルスは当初の希望通りローゼライト達と暮らせる運びとなった。
一年間何度も足を運んだ場所なのに、緊張した面持ちでラルスはやって来た。
「緊張しないで。何度も来ているじゃない」
「そうだけど……今日からローゼ達と生活を送ると思うとなるべく迷惑にならないようにって体に力が入ってしまうんだ」
「私でもすぐに慣れたし、ラルスもきっとすぐに馴染めるわ」
そうだといいな、と零したラルス。
これから元婚約者と同じ屋根の下で生活を送る。
二人の間に気まずさは消えた。昔と同じといかなくても現在の距離は居心地がよく、悪い方へ転がり落ちる事は今後きっとない。
ローゼライトの心に新たな気持ちが芽生えるまで時間はかからないのであった。
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