表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/13

円満な婚約解消とは?



 ローゼライト=シーラデンは気怠げに自分を見上げる男ダヴィデに再度依頼内容を述べた。



「私を連れ去ってほしいのです。傷物の私から婚約者を解放したい」



 平民を装う為に履いた赤色のスカートをギュッと握り締め、相手からの回答を待つ。深い青の瞳がじっとローゼライトを見つめ――やがて瞼を閉じた。



「良いんだな?」

「はい。後悔はありません」

「分かった。お前さんの持って来る品はどれも品質が良いからな。手を貸そう」

「ありがとうございます」



 深く頭を下げた後、ローゼライトは顔を上げ内心ガッツポーズを取った。

 ダヴィデの許から去り、徒歩で屋敷に帰った。出掛けていたと知られたくなくて裏門に回り、自身を透明にする魔法を全身に掛けて部屋に戻った。念の為偽装をして出掛けたが誰も騒いでいないのを見ると気付かれていない。



「ふう」



 透明になる魔法を解き、更に変身魔法をも解くとローゼライトは息を吐いて椅子に座った。

 鏡を引き寄せ顔を映した。

 前髪を長くして隠された額には傷がある。

 この傷が原因で婚約者となった令息がいる。



「もうすぐ、解放してあげる」



 子供の頃はやんちゃでローゼライトを振り回さないと気が済まなかった彼も、額に傷を付けてしまった以降はすっかりと大人しくなり、社交界では人気の令息となった。昔を知っている人なら冷静で紳士的な姿に驚くだろう。

 だがローゼライトは知っている。彼には他に愛する人がいる事を。傷物にしてしまった責任を取る為に相手方から申し込まれたこの婚約はもうすぐ終わる。



「馬鹿よね」



 好きな相手がいるのに、考えなしに相手を振り回した挙句に怪我をさせるなんて、と。


 魔法で平民服から普段着に一人で着替えていると控え目に扉が叩かれた。どうぞ、と声を掛けると入室したのは執事だった。



「お嬢様。ベルティーニ公爵令息様がいらっしゃっております」

「今日は訪問の予定はない筈だけれど」

「お嬢様にお会いしたいとお待ちです。如何なさいますか?」

「分かった。すぐ向かうわ」



 着替えも丁度終わったので姿見の前で確認をし、執事を連れて玄関ホールへと向かった。

 大きな出入口の前には金色の髪の青年が立っていて、ローゼライトに気付くと名前を呼んでやって来た。



「ラルス」



 彼はラルス=ベルティーニ。ローゼライトの婚約者であり、幼い頃額に傷を作った本人。ただ、そこに彼の悪意がなかったことだけは述べておく。ただの事故に過ぎない。



「ローゼライト。この間はどうして先に帰ってしまったんだ」



 この間……言われて思い出した。

 先日、ラルスに誘われて街でデートをした。観劇をして、昼食を取って、お店巡りをしている最中ラルスとは遠縁に当たるヴィクトリア=アバーテ公爵令嬢と遭遇した。ラルスの想い人がヴィクトリアと知るローゼライトは、二人が話している間にさり気無く距離を取り、ラルスが気付いた頃を見計らって伝言鳩を飛ばした。



「急用が出来たからよ。鳩にもちゃんと入れておいたでしょう」

「そうだが……」



 まだ何か言いたそうなラルスに苦笑しつつ、今日は何用かと訊ねた。



「今日はどんなご用?」

「明後日開かれる夜会についてだよ。ローゼライトにドレスを贈るから」

「それくらい手紙で知らせなさいよ」

「この間どうして帰ったのか気になっていたから……」



 置いて行ったのは悪かったがそこまで気になるものだろうか。ヴィクトリアがいたから一人ではなかっただろうと指摘すると顔を歪められた。



「ヴィクトリアとはあの後すぐに分かれた」

「私を気にしたの? 私は帰ったのだから気にしなくても……」

「そういう訳にはいかない。僕には君という婚約者がいるのに、他の令嬢と一緒にいられる訳がないだろう」



 成る程。つまり、婚約者でなくなれば一緒にいられるという訳だ。

 その為に魔法使いに婚約解消をする依頼をしたのだ。



「私は気にしないわ。ヴィクトリア様はラルスの遠縁じゃない」

「……」

「?」



 何故か、ラルスは無言になってじっとりとした目でローゼライトを見る。言葉を間違えたかと焦るが多分大丈夫。気にし過ぎだ。



「……分かった。ローゼライトがそう言うなら」

「そ、そう」

「当日は迎えに来るから待ってて」

「ええ」



 無事、と言って良いのか謎だが取り敢えずラルスは帰った。側に控えていた執事に「お嬢様」と呼ばれる。



「ラルス様、落ち込んでいらっしゃいましたよ」

「そうかしら?」

「はい。お嬢様が他のご令嬢といても気になさらないからと」

「私はラルスを束縛する気はないの。一々交友関係に口出しをするほど、心の狭い女じゃないわ」

「ラルス様は多分気にしてほしかったのだと思います」

「相手はヴィクトリア様、ラルスの遠縁の方よ? 会うな、話すなと言う方がおかしいわ」



 何よりヴィクトリアはラルスの想い人。ローゼライトはラルスを好いているが、他に好きな相手がいるのに結ばれない思いをラルスにしてほしくない。何より二人の婚約はローゼライトの額の傷が理由。これがなければ、きっとラルスはヴィクトリアと婚約出来ていただろうに。



「夕食の時間まで部屋にいるわ」

「畏まりました」



 ローゼライトは部屋に戻り、作戦実行は夜会当日だと決めた。

 早速ダヴィデに伝言鳩を飛ばした。

 自分の魔力によって形成される鳩の見目は自由自在で。ローゼライトは薔薇色の魔力で形成された鳩を飛ばした。



「そうだ。明日ダヴィデに会って作戦を立てないと」



 ――夕食の時間。執事が呼びに来るがローゼライトは後で行くと言って追い返した。



「どうしようかしら……」



 王国一の魔法使いダヴィデの協力は得られた。後は、どう円満な婚約解消にもっていくか、だが。

 ローゼライトは机に向かってずっと頭を悩ませていた。ラルスとの婚約解消に必要なのは何かと。

 手っ取り早く婚約解消するなら、どちらかが不貞行為をすれば良いだけ。だが、実家になるべく迷惑が掛からないようにしたい。


 シーラデン伯爵家は広大な土地を所有しており、そこでは農作物や魔法薬に使用する薬草を作っている。領民の殆どは農家で、薬草作りに関しては専門の知識を持つ農家に育ててもらっている。ダヴィデとの出会いは領地でだが、今は関係ないので省く。


 不貞行為をするとなると相手は誰か、となるもやっぱり実家に迷惑が掛かるから絶対に選べない。ラルスにしてもそう。不貞相手に別の女性を宛がったら、自分との婚約を解消後ヴィクトリアと婚約が難しくなってしまう。これも駄目。



「かと言って、私が勝手に家を出て行ったらねえ……」



 家出をする理由がないのだ。

 母はローゼライトを出産後、体を壊して以来ずっと領地で過ごしている。父との関係は可もなければ不可もないといったところ。

 シーラデン家は父の妹の子を養子としてもらっており、その子が継ぐことになっている。



「でもそうか。ラルスとの婚約が解消されたら、私は出て行かないと」



 義弟フレアが養子に来たのは十年前。以来、ずっと次期伯爵として努力しているフレアの居場所を奪ってはいけない。義弟との関係も可もなく不可もなくで、顔を合わせればお互い世間話はする。



「ダヴィデに婚約解消した後の話もしないと」



 机に広げたノートに必要事項を書いていく。



「円満な婚約解消……」



 一番手っ取り早いのは額にある傷の完全治療。かなり深く切れ、完全に傷跡を消すのは不可能だと診断された。

 治癒魔法を扱える聖女がいれば話は別だったが、当時聖女は巡礼の最中で王国にはおらず、またローゼライトが怪我を負った場所はシーラデン領だったので無理だった。

 間が悪いとはあれを言うのだ。



「円満な婚約解消……」



 再度同じ言葉を紡いでも良案は浮かばなかった。



「誰にも迷惑が掛からない円満な婚約解消……」



 それはつまり――。



 扉が再度叩かれた。返事をすると今度は義弟フレアの声。入ってもらうとひょっこりと顔を出した。

 炎のように赤い髪を揺らしながらフレアは部屋に入り、心配そうにローゼライトを見つめた。



「姉上、どこか調子が悪いのですか? 待ってても姉上が来ないから心配で」

「あ、ああごめんなさい。ちょっと考え事をね。今から向かうわ」

「考え事?」

「大した事じゃないの。もうすぐ開かれる夜会についてよ」



 行きましょうとフレアの背を押して部屋を出た。



「姉上はラルス様と行きますよね?」

「婚約者だからね。フレアはお父様と?」

「はい。私も早く婚約者を見つけなればならないのですが……」

「そう焦るものじゃないわ。生涯を共にする人よ? フレアがこの人だと思える相手と出会うまで、ゆっくり考えたら良いわ。お父様だって急かしたりしないでしょう?」



 次期伯爵夫人となるなら父が決めても良いのだが、敢えてフレアの意思を尊重している。






読んでいただきありがとうございます。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ