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99話:旅の果て、語られる名

夜明け前の静寂と、霜に覆われた丘。

今回はフィンが“戦わずに”対話で一つの危機を乗り越えるお話です。


魔獣との邂逅、それは剣ではなく心で向き合う場面でした。

「誰かを護るために戦う」という思いが、フィンの行動の根底にあることが垣間見える回でもあります。


風が止む中で生まれる、沈黙の交流。

“戦わない勇気”を描いた一幕、どうぞお楽しみください。

冬の風が乾いた大地を渡っていく。


 枯れ草を揺らす音と、風に乗って転がる木の実の音が、何もない荒野に微かな生命の鼓動を刻んでいた。


 その荒野の中に、一条の道が走っていた。かつては軍馬が駆け、交易の隊商が列をなして歩んだ道。しかし今は、風と静けさに包まれ、ほんのわずかな足跡だけが、かすかにそこに在る命の通過を物語っていた。


 そんな道を、ひとりの若者が歩いていた。


 ――フィン・グリムリーフ。


 背は低く、旅衣の裾は土に汚れ、風に晒されて色褪せていた。だがその足取りは迷いなく、視線はまっすぐに前を見据えている。彼の背には“風の剣”――風紋を刻まれた旅剣が静かに揺れていた。


 「……やけに静かだな」


 フィンは小さく呟くと、腰から水筒を取り出して喉を潤した。空を見上げれば、雲一つない澄んだ青が広がっている。太陽の光は冷たく乾いていたが、それでも旅の影をくっきりと地面に落としていた。


 「――あの人が、“剣の継ぎ手”……?」


 低く、震えるような声が風に乗って届いた。

 フィンが振り返ると、道の端に三人の旅人らしき男女が立っていた。彼らは粗末な荷を背負い、革靴もぼろぼろだったが、目だけは輝いていた。


 「剣を捨てた遺跡で、あなたが戦ったって……星なき村を灯したって……本当なんですか?」


 少年が一歩、フィンに近づく。その瞳には、尊敬と恐れが混じっていた。


 フィンは一瞬だけ黙り込んだ。

 その表情は、笑いともため息ともつかぬものだった。


 「……それ、誰から聞いた?」


 「東の村の市で。吟遊詩人が歌ってました。『風と語らう小さな剣士』……って」


 「――詩になってんのかよ」


 フィンは思わず苦笑した。

 誰が言い出したかも分からない名前が、一人歩きしていく。それが名誉か、あるいは誤解か。そんなことはもう、彼の中で大した問題ではなかった。


 「俺はただ、道を歩いてるだけさ」


 「でも、あなたが通った後は……皆、顔を上げるんです」


 少年の言葉は、飾り気がなかった。

 それだけに、フィンの胸に小さな棘のように刺さった。


 「ありがとう。でも……俺の名は、そんな大したもんじゃない」


 そう言って、フィンは手を軽く振ると、旅人たちに背を向けた。

 彼の背中が再び荒野の中へと消えていく。旅人たちは静かにその後ろ姿を見送った。


     ◇


 その夜、フィンは小さな焚き火を囲み、セリアと向き合っていた。

 空には満天の星。だが、風は冷たく、焚き火の灯りが二人の影をゆらゆらと揺らしていた。


 「……本当は気にしてるんでしょう?」


 セリアが、不意に口を開いた。

 フィンは木の枝で焚き火の火を突きながら、視線を上げることなく応じた。


 「気にするって、何を」


 「“剣の継ぎ手”って名よ。あなたの名が、各地で語られてる。それをあなたは受け止めようとしない」


 フィンは肩をすくめた。


 「名なんてのは、残れば残るほど歪む。継ぎ手なんて言われたところで、俺は誰の後も継いじゃいない。ただ、拾った技で道を切り開いてきただけだ」


 そう言って彼は、空を見上げた。


 「俺は剣を振った。でも、それは誰かを救いたかったからであって、英雄になりたかったわけじゃない。“フィン・グリムリーフ”って名前が残ったところで、風の中に消えるのが落ちさ」


 焚き火の音が、ぱち、と鳴った。

 セリアは目を細めて、その炎を見つめた。


 「でもね、私は語るわ。あなたの名を」


 「……セリア」


 「あなたが何を望もうと、私は見てきたの。戦いも、涙も、決意も。そしてその全部が、誰かを動かした。それはあなたが思っているより、ずっと――」


 言葉は、風に流れた。

 だがその眼差しは、静かな灯のように揺るぎなかった。


 そして、フィンは何も言わず、少しだけ笑った。

焚き火の炎がぱちぱちと小さく爆ぜ、乾いた空気に火の粉が弾け飛ぶ。夜風は冷たく、木立の葉を擦り合わせて、さらさらと冬の音楽を奏でていた。


 その静かな音の中心にいるフィン・グリムリーフとセリアは、しばらく言葉を交わさずにいた。


 風が一陣、フィンの赤茶の巻き毛を揺らす。彼は小柄な体を少し震わせ、自分のマントの端を広げてセリアの肩にそっとかけてやった。


 「寒くないか?」


 セリアは小さく頷いた。その仕草には、どこか照れくさそうな柔らかさが宿っていたが、視線は焚き火から離れなかった。


 「……ねえ、あなたが初めて“剣を抜いた日”って、覚えてる?」


 セリアの問いかけに、フィンは少し驚いたように眉を上げた。


 「……ああ。覚えてる。あれは、魔獣だった」


 焚き火の光が彼の瞳を照らす。微かな揺らめきの中に、遠い記憶が浮かび上がってくるようだった。


 「ホビットの里を追われて、ひとり旅を始めたばかりの頃だった。草の海の中で、突然それに出くわした。四足で……狼に似ていたけど、目に“考える意志”が宿っていて……明らかにただの獣じゃなかった」


 セリアは黙って耳を傾ける。


 「怖かった。でも、体が勝手に動いてた。逃げるって考えるより先に、間合いを詰めて、背後を取っていた。足場の感触、風の流れ、相手の動き……全部、頭じゃなくて“場”が教えてくれてた」


 彼は焚き火に枝を一本くべながら、ゆっくりと口元をゆるめた。


 「そのとき、足元から“何か”が広がった。空気が変わって、音が吸い込まれて、視界の中で魔獣の動きが鈍っていった。……後からわかった。あれが、《戦場変換フィールド》の最初の発現だった」


 「それで、倒したの?」


 セリアの問いに、フィンは静かに首を横に振った。


 「……いや。倒してなんかいない。ただ、向こうが逃げてくれた。僕に攻撃の手段なんてなかったし、力もなかった。でも、その空間の中では、“怖くなかった”んだ」


 セリアはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。


 「……それ、あなたらしいわね」


 「らしい?」


 「うん。強いのに、最後の一撃だけは、自分じゃ振り下ろさない」


 彼女の声には、あたたかな皮肉と、尊敬がまじっていた。


 「でも、それでも世界は動いたんでしょう? あの時のあなたの“選ばなかった選択”が、今の旅につながってる」


 「そうかもな……」


 フィンは、焚き火の先にある闇を見つめる。


 「名を求めてたわけじゃない。ただ、見届けたかっただけなんだ。誰かが前に進む姿を」


 「それなら、今のあなたは、たくさんの人にとって“背中を押す風”よ」


 そのときだった。


 遠くから、笛の音が聞こえた。冬の夜にしては柔らかく、優しい旋律。風に乗って漂ってくるその音色は、どこか懐かしさを帯びていた。


 フィンが眉をひそめ、耳を澄ませる。


 「……村か?」


 「ううん、あの音、野営の合図よ。きっと近くに旅の一団がいる」


 セリアは立ち上がり、焚き火に鍋を吊るした。「何か作るわ。あたたかいスープでも。きっと、あの音を聞いて近づいてくる人たちがいる」


 「まるで、俺たちが“導く者”みたいじゃないか」


 フィンの皮肉に、セリアは笑った。


 「だって、そうでしょう? あなたの歩いた後には、灯りが残ってる。誰もがその火に引き寄せられるの」


 フィンは少しだけ視線を落とした。その言葉の真意を、彼は否定しきれなかった。


 夜が深まるにつれ、旅人たちがひとり、またひとりと現れた。


 老いた学者風の男、母子連れの行商、荷車を引く農夫。誰もが疲れていたが、焚き火を見つけると安心したように腰を下ろした。


 セリアは手際よくスープを振る舞い、フィンは小さな腕で薪を割り、火を絶やさぬように気を配った。名乗ることもなく、ただそこにいる。


 やがて、ひとりの男がぽつりと語り始めた。


 「このあたりじゃ、“風と剣の継ぎ手”って名が流れてましてな。村を襲った魔獣を退けた旅人の噂です。星の見えぬ夜に火を灯し、言葉で人を立たせたと」


 「へえ、そりゃすごいな」


 フィンは笑って答えた。


 「まるで英雄譚だ」


 「ええ、でも不思議と、誰も“その顔”を知らない。ただ、“小柄で赤茶の髪の少年”だったと……」


 セリアは何も言わず、スープを静かに注いでいた。その指先は揺れなかったが、彼女の唇にはほんの少しだけ、微笑が宿っていた。


 旅人たちはフィンを“噂の男”だとは気づいていない。ただ、彼のそばで焚き火にあたり、語らい、温かな夜を過ごすだけ。


 そして、誰かがそっと言った。


 「……あの名は、風に残る。だが、それでいいんじゃないか。風は、誰かの背を押してくれる」


 フィンは、焚き火の向こうに広がる夜空を見上げた。

 星々は確かにそこにあり、彼を見下ろしていた。


 「――名なんて、残らなくていい。だけど、誰かがまた、歩き出せるなら」


 彼は、言葉の続きを口には出さなかった。

 だが、炎を囲む人々の表情が、すでにその答えを物語っていた。

焚き火の輪の中で、フィン・グリムリーフは静かに佇んでいた。


 小柄なその体は、年の離れた兄に借りたような旅装束に包まれている。緑がかったクロークのフードは下ろされており、くるくると巻いた栗色の髪が火の揺らめきに照らされて柔らかく光っていた。ベルトに下げた小さな短剣の柄には、手入れされた革の紐が巻かれており、使い込まれた様子がうかがえる。


 そして、何より印象的なのはその瞳――若草の葉を思わせる優しい緑。


 その瞳が、村人たちひとりひとりの顔を、静かに見つめていた。


 「……この辺りの道は、最近また危険になってきたって聞いた」


 行商の母親がそうつぶやいた。彼女の腕には小さな幼子が眠っており、布にくるまれた子の顔が焚き火の熱でほんのりと赤く染まっている。


 「道が崩れたり、橋が落ちたり……それに、夜には“音”がするって。草を踏む音。風とは違う、重たく湿った音が」


 「誰かが見たの?」


 セリアが問うと、農夫がそっと首を横に振った。


 「いや。見たやつはいない。ただ……この前、村の犬が一晩中吠え続けたんだ。東の丘の方角を見てな」


 フィンは目を伏せるように、火にくべる枝を拾い上げた。そのまま口を開かずにしばらく黙っていたが、ふと顔を上げる。


 「……明日、案内してもらえるかな。東の丘へ」


 「本気で行くのか?」


 「気配がする。……“あれ”の」


 「あれ?」


 旅人たちの間に静かなざわめきが広がる。


 セリアが続けた。


 「……魔獣よ。まだ幼体のはずだけど、この辺りの地形を知って、狩りをしてる。人間に姿を見せず、恐怖だけを撒く。知能がある個体ね」


 「……まるで、あのときと同じだな」


 フィンは懐の革袋を叩いた。中には、古い地図と数本のハーブ、砥石と紐、そして小さな丸石がいくつか入っている。道具ではなく、“旅の証”のようなもの。


 焚き火の中で木がはぜる音が、またひとつ弾けた。


 夜が深まる中、フィンは静かに立ち上がり、ベルトの横から短剣を抜いた。刃は小さく、華やかさもないが、どこか信頼感のある“仲間”のような雰囲気を纏っていた。


 その姿を見た母親が、思わず声を漏らす。


 「……まさか、あなたが“風と剣の継ぎ手”なの?」


 フィンは笑った。


 「違うよ。僕はただの旅人さ。ちょっとだけ運がよくて、ちょっとだけ剣を握れるだけの」


 「でも、噂では――」


 「噂は風と一緒さ。名前なんてのは、誰かが勝手につけるものだ。大事なのは、その名前のあとに“何が残るか”だと思う」


 セリアがゆっくりと立ち上がり、フィンの隣に並ぶ。彼女の視線は焚き火ではなく、闇の向こうの村人たちに向いていた。


 「それでも、私はあなたの名を語るわ」


 その言葉は、夜風の中で焚き火の炎よりもあたたかく、そして確かに灯る小さな光のように響いた。


 「なぜなら、その名前の先には――人が、歩き出せる道があるから」


 沈黙。


 だがそれは、重苦しいものではなかった。


 焚き火の周りにいた人々の表情が、次第に柔らかくなっていく。


 「……なら、いいかもな」


 フィンは肩をすくめ、ゆるく笑う。


 「名を遺すより、道を残す方が大事だろ?」


 セリアは頷いた。


 「ええ。けれど、その道にはきっと、“あなたの名”が刻まれていくわ」


 夜空に、ひときわ強い風が吹き抜けた。


 誰かが、空を見上げた。


 そこには、星はなかった。雲が厚く、光を遮っていた。けれど、それでも人々は目を向ける――この夜が、いつか明けると信じるように。


 そしてその傍らには、マントを風になびかせる小さな旅人、フィン・グリムリーフがいた。


 くるくるとした栗色の髪が風に踊り、若草色の瞳が、人々の不安を吸い込むように静かに光る。


 ――名は、いらない。


 けれど。


 ――この夜に火を灯した誰かがいたことを、きっと誰かが覚えている。


 それで、十分だった。

夜明け前の空は、まだ重い群青を纏っていた。


 東の地平には、かすかに橙色の帯が浮かび始めているが、世界はまだ静寂の中にある。焚き火はすでに炭へと変わり、その赤い残光が地面をわずかに照らしていた。


 フィン・グリムリーフはすでに立ち上がり、クロークの留め具を静かに留めていた。小柄な体に旅装束をまとい、風に揺れる栗色の髪が頬をかすめる。彼の背には、使い込まれた革のバッグと短剣――長い旅の記憶と共にある道具たちが、今や彼の一部のように馴染んでいる。


 「……フィン、もう行くの?」


 背後から聞こえた声は、優しさとほんのわずかな眠気を帯びていた。火の番をしていたセリアが、膝に毛布をかけたまま、こちらを見つめている。


 フィンは軽く頷き、足元の地図を確認する。


 「うん。丘の上に何かがいる。昨日の風……どこかおかしかった。まるで、呼ばれてるような感覚がした」


 セリアは少しだけ目を細め、焚き火の温もりに包まれながら言葉を返した。


 「気をつけてね。昨日から、空気の“場”がざわついてる。魔獣の気配も濃くなってるの、感じるでしょ?」


 「……ああ。風がきしんでる。地形に圧力の歪みがある」


 セリアは立ち上がり、そっと布包みを差し出した。中には、まだ温もりを残すスープの入った革製の水筒と、干し肉入りの小さなパンが丁寧に包まれていた。


 「途中でお腹が空くでしょ。よかったら、食べて」


 フィンは少し照れたように微笑んで受け取り、それをバッグの中に大事そうに収めた。


 「ありがとう。……すぐ戻るよ」


 「うん。ここで待ってる」


 彼女は焚き火のそばに座り直し、炎を見つめる。フィンはその様子に背を向けると、静かに歩き出した。


 その背中は小さくとも、足取りは確かだった。まるで、風と同じように、静かで、そしてぶれのない意志を宿している。


     ◆


 東の丘は、まだ朝の光が届かない深い影に覆われていた。


 地面は霜に覆われ、草木の葉先は硬く凍りついている。歩みを進めるたび、フィンの足元で霜がシャリ……と音を立てて砕けていく。


 風はなく、鳥の声もない。まるでこの丘だけが、時間の外に取り残されているかのようだった。


 「……いるな」


 彼は足を止めた。岩陰の裂け目から、冷たい気配がじわじわと漏れている。


 風穴ではない。そこから、空気が“押し出されて”くるような圧力があった。


 フィンは短剣を静かに抜き、膝をついて草をかき分ける。


 ――そして、見つけた。


 そこにいたのは、黒い魔獣だった。


 四足で構えた体は、夜の闇そのもののような漆黒の毛並みをまとい、額には淡く輝く光紋が浮かんでいた。爪は金属のように硬質な輝きを放ち、全身からただならぬ力を感じさせる。


 だが、最も印象的だったのは、その目だった。


 ――知性を宿した、静かな目。


 フィンに気づいた魔獣は、じっとこちらを見ている。警戒はしているが、威嚇ではない。距離は約十歩。空気が緊張に包まれる。


 (……風が、止まった?)


 その瞬間、風が逆巻き、空間がねじれた。


 《戦場変換フィールド》――


 無意識のうちに発動したそれにより、足元の霜が溶け、音が遠のく。視界が収束し、空気が異なる“密度”を持ちはじめる。世界が、ふたりだけの“戦場”へと変わった。


 「……お前も、誰かを護ろうとしているのか?」


 フィンの声は低く、静かに響いた。


 魔獣はわずかに後ずさった。戸惑いの気配。攻撃の意志は、今のところ感じられない。


 「俺もそうだった。誰かを護るために剣を抜いて……でも、気づけば、それが戦いを呼ぶこともあった」


 魔獣がうなり声を上げる。だが、その声には怒気はなく、むしろ警告――“近づくな”という意志のように聞こえた。


 「俺は、戦いたくない。でも、君が望むなら、応える覚悟はある。でも……本当に戦いたいのか?」


 フィンは短剣をゆっくりと鞘に戻した。そして、バッグの中から小さな丸石を取り出す。名もない森で拾った、ただの石。


 それを地面に置き、フィンは膝を折った。


 「ここにいるよ。君の答えが、届くまで」


 魔獣は動かない。しばらくのあいだ、その場に立ち尽くしたまま、じっとフィンを見つめていた。


 ――そして、静かに、身を翻して去っていった。


     ◆


 やがて朝日が昇り、丘の上に一筋の光が差し込む。


 凍っていた草がほのかに濡れ、朝露が輝き始める。遠くでは小鳥のさえずりが聞こえ始め、眠っていた世界が少しずつ目を覚ましていく。


 フィンは静かに立ち上がった。


 その足元には、もうひとつの石があった。


 それは、さきほどの魔獣が口にくわえ、そっと置いていったもの。フィンが差し出した石と、よく似た形と大きさだった。


 “贈り返し”。


 フィンはその石を拾い、ふっと微笑む。


 「……名前も、言葉もいらない。でも、心はきっと通じる」


 そのとき、丘の麓から駆け寄ってきたのはセリアだった。


 「フィン! 無事だったのね」


 「うん。戦わずに済んだ。あいつは……話の通じる相手だった」


 セリアはホッと息をつき、柔らかく微笑む。


 「あなたはやっぱり、“継ぎ手”なんだね。力でねじ伏せるんじゃなくて、心で繋ぐ。風も、剣も使わずに」


 彼女の言葉に、フィンは軽く頷いた。


 彼の背後には、朝の光が差し始めていた。新たな一日が、名もなき旅人に静かに光を注いでいた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


今回のエピソードでは、セリアとの静かな朝のやりとりと、魔獣との“対話”を中心に描きました。

彼の「剣を抜かない」という選択は、この旅の中で彼が少しずつ“王の素質”に近づいていく一歩でもあります。


また、魔獣との“贈り返し”という描写には、言葉を超えた理解と信頼の芽生えを込めました。

名もなき石を通じたやりとりが、次なる出会いへと繋がっていく――そんな予感を感じていただけたら嬉しいです。


ご感想・評価・ブックマーク・レビューなど、どれか一つでも頂けると大きな励みになります!


それでは、また次話でお会いしましょう。

風とともに、良き旅を――

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