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94話:星の道標と天の書

星が見えなくなった夜――。

フィンとセリアは、古代の天文観測所の跡地にたどり着きます。

星の光を遮る“闇の雲”が空を覆うなか、失われかけた知と誇りを取り戻すための戦いが始まります。


「剣で空を裂く」というファンタジーならではの展開と共に、「星が希望となる世界観」を描いてみました。

静かな時間と、観測者たちの信念。そしてセリアの心の成長にもご注目ください。

風の音が止み、空の気配が変わった。


 谷を抜け、森を越えたその先――広大な台地の中央に、ぽつりと遺跡のような建物が佇んでいた。石造りの円形構造物は、かつて天を見上げるために造られた“観測所”だという。


 「……ここが、“星読み”たちの場所?」


 セリアがそう呟いた。彼女の瞳は、曇った空を見上げていた。


 だが、その空には、星ひとつ見えなかった。


 「星は、隠されてる。ずっと、“闇の雲”に覆われたままなんだとさ」


 フィンの言葉に、セリアは眉をひそめる。


 「それって……自然現象じゃないんだよね?」


 「違う。森の主の残した記録にあった。“星を拒む雲が空を包むとき、地は知を失う”って。どうやら、意図的に“遮られてる”らしい」


 フィンが腰に下げた剣を軽く叩く。彼の“風の剣”は、この土地に入ってから不思議と温度を帯びていた。まるで“空を裂け”とでも言いたげに。


 「じゃあ、この先に……何かがある?」


 「確かめる価値はあるだろうな。少なくとも、星読みたちが希望を捨てず、再び空を見上げようとしてるってことだけは、信じたい」


 そう語ったフィンの言葉に、セリアはふと笑みを浮かべた。


 「……フィン、前より言葉が優しくなったね」


 「……そうか?」


 「うん。たぶん、あの村で何か掴んだんだよ、きっと」


 セリアが言う“あの村”とは、流民たちが開拓を始めたばかりの土地のことだ。地を這う魔獣から子どもたちを守った夜を、フィンはまだ鮮明に覚えていた。


 あのときの剣は、“守る”ための剣だった。


 だからこそ、今――“導く”ための剣を手に、彼はこの地に立っている。


     ◆


 観測所の中は、驚くほど静かだった。


 天井の抜けた石造りのホール。古い星図が描かれた壁。中央には巨大な石盤と、儀式用の柱時計のような装置が置かれている。


 「ここ……時間が止まってるみたい」


 セリアが呟いた通り、その空間には人の気配がなかった。


 だが、ふと。


 「……誰?」


 壁の陰から、弱々しい声が響いた。


 フィンが身構えると、そこから現れたのは一人の青年だった。灰色のローブをまとい、額には銀の装飾がついた細いバンドを巻いている。彼の目は疲れ果てていたが、それでもどこか“星を見る者”の気高さを宿していた。


 「旅の者か……星を、見に来たのか……?」


 「いや、星を――“取り戻し”に来た」


 フィンがそう返すと、青年はわずかに目を見開いた。


 「君は……星の声が、聞こえるのか?」


 「いや、俺には剣しかない。でも、剣が導いてくれる。そう信じてる」


 「……そうか」


 青年はふと笑い、ゆっくりと腰を下ろした。


 「俺はリェーン。この観測所で星の道を記録していた者だ。でも、五年前から星が見えなくなった。天の書も、光を失いかけている」


 「天の書?」


 セリアが身を乗り出した。


 「この場所に代々伝わる星々の記録。過去から未来まで、すべてを“読む”ためのものさ。だけど……」


 彼は、崩れかけた石棚の奥から一冊の書物を取り出した。


 表紙は煤け、金の装丁も剥げ落ちかけていた。だが、開かれたそのページには、かすかに光の筋が残っていた。


 「星の記憶は、まだ残ってる……?」


 フィンがそう尋ねると、リェーンは静かに頷いた。


 「わずかにね。でも、このままでは消えてしまう。星の光が差さなければ、書の記憶も風化していく」


 「じゃあ……俺の剣で、雲を裂けばいいんだな?」


 フィンは剣に手を添えながら言った。


 それは、まるで星々が彼を待っているかのような、そんな予感に背中を押された言葉だった。


     ◆


 その夜、観測所の丘に立ったフィンとセリアは、闇の雲が厚く垂れ込めた空を見上げていた。


 月も、星も、光の気配すらなかった。


 だが、その中に。


 ほんのわずかに、風が――天から吹き降ろすように、フィンの剣を撫でた。


 「……行こうか」


 「うん」


 セリアが頷いたその瞬間、剣が、光を帯びて鳴った。


 天を裂く剣の一閃――それが、次のパートで描かれる“奇跡の夜”の幕開けとなる。

夜が、すべてを覆っていた。


 星の姿も、月の輪郭も見えない漆黒の空。その天幕の下、フィンは一歩、また一歩と観測所の外縁に歩を進めていた。


 「……静かだね」


 隣を歩くセリアの声も、どこか押し殺すような響きだった。


 風が吹いていないわけではない。だが、あまりにも無音に近かった。空気は重く、肌にまとわりつくように淀んでいる。


 「“闇の雲”って、ただの気象現象じゃないよね……。まるで“意志”があるみたい」


 「そうだ。俺もそう感じてる」


 フィンは腰の剣に触れた。


 “風の剣”は今、かすかに震えていた。気配がある。上空だ。空そのものに、何かが“いる”。


 「セリア、俺が剣を振るとき、何が起きるかわからない。……怖くなったら、逃げてくれていい」


 「やだよ」


 きっぱりと、セリアは言った。


 「だって、あの時もそうだった。村で“地を這う魔獣”が出た時、フィンは私に“隠れてろ”って言った。でも、私は……一緒にいたから、今ここにいられるの。剣だけじゃ、星は見つからないよ。誰かが“見たい”って思わなきゃ、意味がないんだよ」


 フィンは小さく笑った。


 「……そうか」


 そして、深く息を吸うと、剣を抜いた。


 金属の軋む音が、夜気を裂いた。


 その瞬間だった。


 天が――震えた。


 ぐらりと、空の一角が歪み、闇の雲が“蠢いた”。


 「出た……!」


 セリアが思わず身構える。その眼前、空の奥から黒い触手のような“影”が降りてきた。蜘蛛の糸のように、無数に垂れさがる“雲の指”。


 「星を拒む者……!」


 フィンは駆けた。剣を振るうたび、風が走る。鋭い突風が影を裂き、雲の幕を引き剥がしていく。


 「――光よ、戻れ!」


 叫びとともに剣を振り抜く。斜めに走る剣閃が、空を裂いた。


 その裂け目から、一筋の光――星の残光が、こぼれ落ちた。


 「今だ、フィン!」


 セリアの声が響く。彼女は背後の祭壇へと駆け寄り、“天の書”を高く掲げていた。


 その瞬間、書の表面が淡く輝いた。星の道筋を記す銀の文字が、一つ、また一つと浮かび上がっていく。


 「星が……戻ってる……!」


 リェーンが叫ぶ。彼もまた観測所の中心から空を見上げ、震える手で天球儀の操作盤を回していた。


 観測装置が軋みを上げて動き始める。止まっていた時間が、ゆっくりと動き出す。


 しかし――闇は、それを許さなかった。


 空の奥から、新たな影が膨れ上がる。先ほどよりも濃密で、重く、意志を持った“圧力”が襲いかかってくる。


 「……これは、“封印の存在”か?」


 フィンはそう呟き、剣を逆手に構え直す。


 「この空を閉ざした元凶……!」


 風がうねる。剣が鳴く。


 そして、フィンは跳んだ。


 雲の裂け目に向かって、まるで天へ挑むかのように。


     ◆


 その刹那、風がひときわ強く吹いた。


 フィンの身体が空中で旋回する。剣に集まった風の力が、旋律のように鳴動し始める。


 「――風よ、星の道を示せ!」


 叫びとともに剣を振るう。


 今度は、ただの斬撃ではなかった。


 風が束ねられ、“星の軌跡”のような螺旋を描いて天へと昇っていく。


 闇の雲が、裂けた。


 天の中央――雲の心臓部が露わになる。


 そこにいたのは、“黒い羽を持つ異形の存在”。


 その瞳は虚ろで、何も映していなかった。


 「……星を、忘れた者……」


 セリアが呟いた。


 「違う……“星を見たくない者”だ」


 フィンは剣を振り抜いた。


 その一撃は、風と光を纏い、“記憶を取り戻す刃”となって異形を貫いた。


 天が、静かに――晴れ始める。


     ◆


 空に、一番星が灯った。


 それは静かな、だが確かな光だった。


 セリアが顔を上げ、星を見つけて笑う。


 「……見えたよ、フィン」


 フィンもまた、剣を納めながら頷いた。


 「やっと、“道標”が戻ってきたな」


 丘の下では、リェーンたち星読みの一団が歓声を上げていた。天の書が輝きを取り戻し、観測装置が正確な位置に星を記録し始める。


 そして、風がまた吹いた。


 今度は穏やかな、“未来”を運ぶ風だった。

夜空を取り戻した観測所の広場には、淡く星明かりが降り注いでいた。


 空に浮かぶのは、星読みたちが“天の目”と呼ぶ七つの星。その配列は、かつて高度な天文術を誇った時代を想起させるものであり、同時に、未来へと続く知の道でもあった。


 フィンは剣を地に突き立て、その傍らで深く息をついた。


 「……終わったのか?」


 振り返ると、セリアが星の書を抱えて歩いてきていた。微かな疲労の色を湛えつつも、その瞳には確かな光が宿っている。


 「うん。……でも、これで本当に全部じゃないと思う」


 「だろうな。闇の雲はあれで晴れた。でも“星を見たくない者”があれ一体だけだったとは限らない」


 二人の視線は、再び空へと向けられた。


 その時、観測所の奥からリェーンが駆けてきた。年配の星読みで、初めて出会った時にはどこか自信を失っていたように見えた彼の顔が、今は喜びに満ちていた。


 「見てください、あの星! 北星が……わたしたちの頭上に戻っている!」


 その言葉に、周囲の星読みたちが歓声を上げる。


 「見える! 方角が……正確に測れる!」


 「記録が再開できる……! 百年ぶりの、観測再起動だ!」


 その光景に、フィンはそっと微笑んだ。


 「これが……星を読み、未来を描く人たちの力か」


 「ねえ、フィン」


 セリアが肩を並べて言った。


 「さっき、戦いの途中で叫んでたよね。『星の道を示せ』って……。あれって、自分の中に答えがあったから、出てきた言葉なの?」


 フィンは少し考えてから答えた。


 「……あの時、俺には“道”が見えてた気がするんだ。剣の先じゃない、“空の奥”に。何かに導かれてたのかもな。風の精霊か、それとも……昔の誰かの記憶か」


 「記憶?」


 「俺の剣は、風と記憶を切り開く力があるって言われてる。でも、“切る”ってことは、“通す”って意味にもなる。星を見たくない者が空を閉ざしていたなら、俺はその閉ざされた記憶を……一刀で断ち切ったんだと思う」


 セリアは静かに頷いた。


 「私たちがやってることって、全部“記憶”とつながってるのかもしれないね。村も、森も、空も――それぞれが、忘れられた何かを抱えてる」


 「その記憶を、誰かが取り戻さなきゃいけない」


 「だからこそ、フィンの剣が必要なんだね」


 そう言って、セリアは満天の星空を見上げた。


     ◆


 夜が明けようとしていた。


 観測所の祭壇に火がともされ、簡素な朝の儀が始まっていた。星読みたちは口々に星の名を唱え、記録した方角や時刻を木板に書き留める。


 「星の書に……新たな一頁が刻まれる瞬間ですね」


 リェーンが手にした星の書を静かに開き、光を帯びた文字を見つめながらつぶやいた。


 「この記録は、未来の“星読み”たちへの贈り物になるでしょう」


 「“天の書”って、ただの知識の記録じゃないんだね」


 セリアの言葉に、リェーンはゆっくりと頷いた。


 「はい。星を信じるという意志……それこそが、この書の“真の内容”なのです」


 「だったら――その意志を、もっと広げることもできるよね?」


 セリアが言うと、リェーンは驚いたように彼女を見た。


 「広げる?」


 「うん。この空を知ることで、争いが減るかもしれない。たとえば旅人が正しい道を見つけたり、迷子が故郷に戻れたりするように……」


 「なるほど……!」


 フィンはその様子を微笑ましく見ていたが、ふと、空に視線を戻した。


 「……でも、この星明かりが奪われた理由は、まだはっきりしない」


 「“誰が”やったのか……だよね」


 セリアの瞳が曇る。


 「“星を見たくない者”がいたとして、それが“この世界の敵”だとは限らないよね。もしかして、理由があったのかも……」


 「確かに。たとえば――誰かを“守るために”闇を選んだ者も、いるかもしれない」


 その言葉に、二人はしばし沈黙した。


 静かな風が吹き抜ける。


 観測所の高台に立ったフィンは、朝焼けに染まりつつある空を仰ぎ、ふっと息を吐いた。


 「星は、また昇る。なら、俺たちも歩こう。まだ見ぬ空へ」


 「うん、フィン。きっと……その先に、新しい星があるよ」


 そして、ふたりはまた歩き出した。


 天の書を胸に抱え、剣と共に。

星明かりの下で夜を明かしたのは、初めてだった。


 観測所の広場には、徹夜で記録をつける星読みたちの筆音と、風が頁をめくるような静かな音だけが残っていた。空は既に群青から藍へ、そしてやがて薄明に変わろうとしていた。


 フィンは、小高い石の塔の上に立っていた。星を見渡すために築かれた展望台のような場所だ。


 足元では、セリアが分厚い星の書を開きながら、時おりフィンに視線を送っていた。


 「フィン……何を見てるの?」


 「空を、もう一度」


 淡く輝く星の残り火のような明かりの中で、彼は目を細めた。


 「この場所は、ただの観測所じゃない。“星が道を示す場所”だ。……そう、ここには道標みちしるべがある。夜でも歩ける者のために」


 「夜でも歩ける者……か」


 セリアはそっと星の書に触れながら呟いた。


 「ねえ、もし……夜のほうが好きな人がいたら、それっておかしいことかな?」


 「どういう意味だ?」


 「昼は人がたくさんいて、声も大きくて、いろんなことが速くて、怖いって思う人もいる。でも、夜は静かで、星はそっと見守ってくれる。……私は、そういうのも悪くないと思う」


 フィンは微笑した。


 「それなら、夜を歩ける者のためにも、星は必要だな」


 「うん!」


 その時、塔の下からリェーンが手を振って呼んだ。


 「フィン殿、セリア殿。来ていただけますか? この“星の道”を託すための、小さな儀式がございます」


     ◆


 観測所の中心部――石造りの円環。その内側には天文図が彫られており、中央には光を集める水晶の柱が立っていた。


 リェーンは、その柱の前で深く頭を下げた。


 「今宵、星読みの誇りを救ってくださったお二人に、この“観測の鍵”を贈ります」


 彼が差し出したのは、銀色の輪状の道具だった。外周には星座が刻まれ、中心には小さなコンパスが嵌め込まれている。


 「これは、星を読む者が旅に出る時、天と地をつなぐために携える“携行星環けいこうせいかん”と申します。……かつて、観測者と剣士がともに旅をしたという古文書にも、その名が記されています」


 「剣士と……観測者?」


 「はい。千年前、星の記憶を求めて世界を巡った“記憶剣士”と呼ばれる男がいたと……」


 セリアが目を輝かせる。


 「記憶剣士って、もしかして……!」


 フィンは手に取った星環を見つめた。


 「……重いな、でも、確かな重みだ」


 「星は、記録するだけでは届きません。見る者がいて、信じる者がいて、そして“記す者”がいてこそ、未来に続きます」


 リェーンの声は、かすかに震えていた。それが喜びと誇りによるものだと、誰の目にも明らかだった。


 「この星環があれば、どこにいても方角を失わずにすむでしょう。願わくば、その剣と共に、また誰かの“道”を照らしてください」


 フィンはゆっくりと頷いた。


 「――約束する」


     ◆


 その後、出発の支度が整うと、観測所の人々が広場に集まった。


 年老いた星読みも、幼い見習いも、皆が手を振り、別れの言葉を贈っていた。


 「行ってらっしゃい!」


 「いつかまた、“空の話”を聞かせてください!」


 「星を読める場所があるって、信じ続けます!」


 フィンとセリアは、それぞれの言葉に頷き返しながら、ゆっくりと階段を下りていく。


 観測所の門の手前、セリアがふと立ち止まった。


 「フィン、次の場所って決まってるの?」


 「いや……でも、星環の針が少しだけ南を指してる。……たぶん、そっちに“何か”がある」


 「それ、信じてみようよ」


 彼女の声は軽やかで、それでいて揺るぎがなかった。


 星環の針は、朝焼けの光を受けてわずかに震え、南の空へと道を示していた。


     ◆


 草を踏み、石を越え、小さな道が続いていく。


 フィンは剣を背に、セリアは星の書を小脇に抱えて歩く。


 風は穏やかに吹いていた。


 そして空には、薄くなりながらもなお、いくつかの星が残っていた。


 夜と朝のはざまで、ふたりの旅は、再び始まろうとしていた。

ご覧いただきありがとうございました!

今回は“天文学”と“旅の道標”をテーマに、少し神秘的な雰囲気で構成してみました。

剣と知識が結びつき、物語のスケールもまた一段上がったかと思います。


次回は、また少し雰囲気が変わる「都市幻想×記憶」のお話です。

フィンたちの旅路に、星の加護がありますように――

ブクマや感想もお待ちしております!

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