81話:北辺の砦と氷狼の群れ(挿絵あり)
王は、玉座に座って命じるだけの存在じゃない。
そんな思いから、第5巻の最初の一歩として、北の砦での“単騎戦”を描くことにしました。
厳寒の地に立ち、孤独に群れと向き合うフィンの姿には、剣士としての矜持と、“王である前に人間であろうとする”強さを込めています。
今巻では語りや声の力は封印し、あくまで一人の英雄として――命を懸けて国を守る、王道バトル冒険譚へと舵を切ります。
そして後半では、少女との出会いを通じて、「救うとはどういうことか」という問いも少しだけ込めました。
少女が彼を“王”と知っていたかどうか、その答えは――読者の皆さんの中に残ると嬉しいです。
吹雪が、音を立てて荒野を叩いていた。
フィン・グリムリーフは、厚手の旅装に身を包みながら、氷の風を正面から受け止めて進んでいた。王国最北端――エルドの砦。山々に囲まれたこの辺境地帯は、冬季には外界との連絡が絶たれ、孤立することすら珍しくない。
だが今年は、ただの雪ではなかった。
氷狼――雪に紛れ、群れで襲撃してくる魔獣の一種が、補給部隊を次々に襲い、砦の兵糧線を完全に断ったという報せを受けた。
「……前より、ひどくなってるな」
足元の雪は、深く、硬く、踏み込むたびに鈍い抵抗を返してくる。かつて旅の途中で立ち寄った際には、ここまでの寒冷地ではなかったと記憶している。氷狼の影響で、周囲の気温までもが変質している可能性が高かった。
やがて、吹雪の中からうっすらと砦の輪郭が見えてきた。
石造りの外壁は、雪に覆われ、まるで氷の要塞のような趣になっていた。だが――その上に人影はない。見張りも、警戒の旗も、まるで機能していない。
フィンは眉をひそめた。
「……これは、士気どころの話じゃないな」
砦の正門に近づくと、凍りついた扉がぎぃ、と鈍く軋んで開いた。中から出てきたのは、一人の兵士。まだ若く、顔色は土のように青ざめていた。
「た、旅人……いえ、そなたは……!」
フィンの顔を見た瞬間、兵士は目を見開いてひざをついた。
「フィン陛下……! 本当に、お一人で……」
「顔を上げてくれ。中へ案内してくれないか。状況を詳しく聞きたい」
「は、はいっ!」
砦の内部はひどく静かだった。兵士たちは暖炉の前でうずくまり、装備も満足に整っていない。どこかで叫び声が上がったが、それすらも寒気に吸い込まれるように消えていく。
副官を名乗る男が、フィンを会議室に通した。
その部屋の中央には、暖房の火もない寒々しい作戦地図。座っていたのは――砦の新任指揮官、ジャルド准将だった。
「……なんと。まさか本当に、陛下が直々にお越しになるとは。私はてっきり、援軍か補給隊を送っていただけるのかと」
ジャルドの口調には、皮肉とも嘆きともつかない響きがあった。彼の制服は奇妙に整っており、胸元には不要なほど多くの飾緒が光っていた。
「補給路が断たれている以上、誰が来ても間に合わないと思ってな。――現状を報告してもらえるか?」
「は……では、包み隠さず申し上げます。氷狼の群れにより、すでに四回の補給が失敗。砦の兵糧はあと二日分。兵士たちは疲弊し、戦意も低下しています」
「氷狼は何頭いると推定している?」
「正確な数は不明ですが、哨戒部隊が見たところ……三十以上。しかも統率が取れており、知能のある“親”がいると見られます」
フィンは腕を組んだまま、静かに尋ねた。
「迎撃作戦は?」
「……雪のせいで視界が悪く、まともに当たりません。兵が負傷するばかりで……無駄死にを避けるため、私は籠城を命じました」
その言葉に、部屋の隅にいた副官がわずかに表情を歪めた。
フィンは黙って、作戦地図に目を落とした。そこには、砦の東側に伸びる渓谷と、補給路が示されていた。氷狼は、その谷間に潜み、通る者を狙って襲っているという。
「……敵は、砦を落とすつもりはないな。狙いは孤立化と封鎖。長期戦になれば、ここは自壊する」
「ええ。ですから早急な撤退命令を――」
「それはできない」
フィンの声は、冷えていた。いや、吹雪の中の風よりも、はるかに冷たく。
「ここが落ちれば、北辺の村々は無防備になる。そうなれば氷狼の被害は拡大し、王国の北の玄関が崩壊する。……この砦は、絶対に守らねばならない」
ジャルドは言葉を詰まらせた。
「……しかし、我々には……!」
「だから俺が来た」
フィンは静かに立ち上がった。
「一晩でいい。俺が氷狼の群れを片付ける。その間に、兵の士気を立て直してくれ」
副官が目を見開いた。
「た、単騎で……三十体を!?」
「できるかどうかじゃない。やるしかない。それが王として来た理由だ」
その言葉に、部屋の空気が変わった。
ジャルドは何かを言いかけたが、フィンはもう背を向けていた。外に出ると、雪が視界を覆い尽くしていたが、その中にあって彼の歩みは一分の迷いもなかった。
誰もが凍える砦の中、彼だけが、確かな熱を宿していた。
日が落ち、辺境の空が灰色から濃紺へと変わり始める頃。
フィン・グリムリーフは砦の外、東方の渓谷へと馬を走らせていた。
雪原に刻まれる足跡はすぐに風に消される。足元から吹き上げる粉雪が視界を奪い、体温を確実に奪っていく。にもかかわらず、彼の表情に怯えはない。
手綱を緩め、馬を止めたのは、砦からおよそ二刻離れた谷の入り口だった。
「……ここか」
地面には巨大な蹄のような踏み跡。雪の上に点々と残されたそれは、普通の狼とは比べものにならないほど大きく、深かった。
爪跡と、何かを引きずった痕もある。氷狼たちは、すでにこの谷を“縄張り”にしていた。
フィンは、馬の腹を軽く叩いて帰還を促すと、自身は一人、谷へと足を踏み入れた。
夜の帳が降り始める。空に光はなく、代わりに冷気が大気を満たしていく。
音もなく、風も止まる。世界が凍りついたような静寂。だが、フィンの感覚は研ぎ澄まされていた。
――気配。
ごくわずかに、雪の奥から“生”を感じる。低く、冷たい、獣の息づかい。
フィンは剣に手をかけながら、谷の奥へと進んだ。
その時だった。
「……ガウッ!!」
牙が、闇を裂いた。
一瞬のうちに、横合いから氷狼が飛びかかる。白銀の毛並みと氷をまとう体躯。気づいた時にはすでに、彼の首元を狙っていた。
だが――
シャッ!
風のような剣閃が、夜の静寂を切り裂いた。
氷狼の首が弧を描き、血ではなく冷気が飛び散った。断面からは蒸気のような白い息が漏れ出し、雪に沈んでいく。
「……一体目」
刹那の判断、無駄のない一撃。彼の剣は、王都で振るわれる儀礼の剣ではなく、“命を守るため”の剣だった。
次の瞬間、周囲の雪原がざわめいた。
――ガウッ、グルル、ヴォォォォ……
木々の陰、岩の裂け目、雪の斜面。その至る所から、無数の瞳が姿を現す。
青白く、冷たく輝くそれらは、すべてが“命を狙う獣の目”だった。
数を数える間もなく、氷狼の群れが谷を満たす。二十、三十――それ以上。
フィンは一歩も引かず、剣を抜いた。
「……来い」
風が鳴る。狼が吠える。
そして――戦いが始まった。
最初に飛びかかってきたのは、前衛の中型個体。空中から爪を振り下ろすが、フィンの刃はその動きを完全に読み切っていた。
ズバッ!
胴を両断された氷狼が、無音のまま崩れる。だがその背後からさらに三体が連携して突撃してくる。
フィンは一瞬、剣を収めた。
踏み込み、横薙ぎ、引き戻し――
「蒼環剣・連弧!」
連続する斬撃が弧を描き、雪を巻き上げながら三体すべてを切り裂いた。
刃に宿るのは、剣技という名の“戦場の言語”。フィンの剣は、ただ力任せではない。動きに無駄がなく、敵の習性を読み、位置を制し、一撃で終わらせる。
戦場に、風と氷の舞踏が広がっていく。
それでも、次から次へと氷狼が湧いてくる。彼らは明らかに“本能”だけではない動きで、包囲と連携を試みていた。
(……やはり、親がいるか)
群れを統率している“上位個体”の存在を確信したフィンは、あえて囲みの中心へと飛び込んだ。
雪煙が舞い、視界が一瞬だけ奪われる。
その瞬間を突くように、黒く巨大な影が姿を現した。
「ヴォォォォオオ!!」
氷狼の親――“白氷王”。
群れの長であり、体長は三メートルを超える。体毛は白銀というより氷塊そのもの。呼吸ひとつで気温が下がり、足元の雪が凍てつく音を立てる。
「来たか……!」
フィンは重心を低くし、構えを変えた。迎撃ではない。――一撃、仕留める構え。
白氷王が、地を蹴った。
音が消える。
次の瞬間、フィンと白氷王が交差した。
ドシュッ!!
吹雪が裂け、血とも冷気ともつかぬ閃光が走る。
遅れて響く氷の砕ける音。
剣が納まり、フィンが振り返ると――
白氷王の体が、肩から腰へと深く斬り割かれていた。
巨体が音もなく崩れ、その場に沈む。
残った氷狼たちは、動きを止めた。
王が倒れた群れは、本能に従い、静かに雪の彼方へと退いていく。
静寂が戻った谷に、ただ一人。
フィン・グリムリーフの息だけが、白い霧となって立ち昇っていた。
「……終わり、だな」
疲れはあった。だが、それ以上に得られたものがある。
“剣を抜く理由”を再確認した夜だった。
砦へ戻る道すがら、彼は一度も振り返らなかった。
雪の夜に現れ、雪の夜に去る――まるで一振りの“銀の剣”のように。
翌朝、砦に朝日が射したのは、数日ぶりのことだった。
灰色の空にわずかな晴れ間がのぞき、風は緩やかに吹いていた。雪はまだ残っていたが、昨夜のような吹雪は嘘のように止んでいる。
そして何より――砦の兵たちの表情が、明らかに変わっていた。
「……本当に、全滅……?」
見張り台にいた兵士が、目をこすりながら言った。
彼の目の前に広がる谷には、氷狼の姿はひとつもない。あれほど荒れていた雪原が、今は静かに朝日に照らされ、まるで眠っているようだった。
その場にいた誰もが信じられなかった。
王が、たった一人で谷に入っていき、夜明けには群れが姿を消していた。
フィン・グリムリーフが砦へ戻ったのは、朝日が昇って間もなくのことだった。
コートの裾には乾いた血と霜が混ざり、左腕にかすり傷が一つ。それ以外はほとんど無傷だった。
まるで何事もなかったような足取りで、彼は砦の門をくぐる。
「へ、陛下!」
衛兵が慌てて駆け寄る。だが、フィンはそれを制して静かに首を振った。
「無事だ。報告は後でいい。まずは、兵たちの様子を見せてくれ」
彼の声は平静だったが、砦全体に何かが染み渡るような“安堵”を与えた。
冷え切っていた空気が、ゆっくりと溶け始める。
砦の中では、兵たちが焚き火を囲みながら、ざわざわと噂していた。
「……あれ、夢じゃないよな? 夜中、遠くで光が走ったの、見えたんだよ」
「でも陛下、たった一人で行ったんだぜ? 普通なら死ぬって……」
「いや、違う。あれが、“本物の剣”ってやつだ」
その時、作戦室の扉が開き、フィンが入ってきた。
ジャルド准将は、昨日までとは打って変わって、顔を強張らせながらも姿勢を正して立ち上がった。
副官たちも口を閉じ、室内の空気は張り詰める。
「お帰りなさいませ、陛下……!」
「ご苦労だったな」
フィンは壁にかけられた作戦地図を一瞥し、静かに言った。
「氷狼の群れは壊滅した。“親”と思われる個体を討ち、群れは瓦解。以降の再出現確率は極めて低い。補給路は、今日中に再開できるはずだ」
「……お一人で、それを?」
「そうするしかなかった」
ジャルドはしばらく沈黙し、やがて、ぎこちなく頭を下げた。
「……私の判断は、間違っていたと認めます。恐怖に目を奪われ、守るべきものを見失っていた。あなたは、王でありながら……いえ、“だからこそ”、真に兵の先頭に立つ者なのですね」
「俺は王である前に、この国の人間だ。……死ぬ時に玉座の上より、地に立っていたい。それだけだ」
その言葉に、室内の空気が変わった。
副官の一人が、黙って敬礼する。
もう一人も、口を引き結びながら、それに倣った。
フィンは特にそれに応えず、部屋を後にする。
廊下を歩く彼の姿を見て、兵士たちが自然と道を空けていた。
その途中、小さな兵舎の前で、一人の若い兵士がフィンの前に立った。
「陛下……!」
「どうした?」
彼は緊張しながらも、まっすぐにフィンを見上げて言った。
「俺……あの……昨日まで、正直、王様ってのは遠い存在だと思ってました。でも、あの夜、遠くで剣の音が響いて……。あんなに寒かったのに、体が熱くなって、気づいたら俺……」
言葉が詰まる。
フィンは微笑んだ。
「いいんだ。感じたままで」
若い兵士は深く頭を下げた。
「俺、もう一度剣を握ります! こんな場所でも……戦えるって信じたいんです!」
「……頼もしいな」
フィンはそう言って、彼の肩に手を置いた。
それは、命令でも訓示でもない。ただ一人の人間としての“信頼の手”だった。
その午後、砦では久々に訓練が再開された。
鍛錬場に木剣の音が戻り、雪かきの手が活発に動き出す。
兵たちの顔には、生気が戻っていた。
フィンは静かに砦の一角から、その様子を見つめていた。
すると、副官の一人がそっと近づいてきて、尋ねる。
「陛下は……今後もこうして、国を巡られるのですか?」
「ああ。まだ見ていない土地がある。……この国を知るためには、玉座に座っているだけじゃ足りないからな」
「――英雄とは、戦う者を指すのですね?」
「違う。守る者だよ」
その答えに、副官はしばらく沈黙し、やがて敬礼した。
その日の夕刻。
砦の見張り台から、補給部隊の旗が見えたと報告が入った。
雪原を越え、荷馬車が列をなしてこちらに向かってくる。砦を支える新たな血流だ。
フィンは、外套のフードをかぶり、馬にまたがった。
「そろそろ、次の場所へ向かう頃だな」
その言葉に、隣にいた若き副官が問う。
「どこへ向かわれるのです?」
フィンは笑った。
「……南だ。少し暖かい場所が恋しくなってな」
吹き抜ける風はまだ冷たかったが、もう誰もそれに怯えてはいなかった。
王が歩いた足跡の上に、新たな道が築かれていく。
エルド砦を発って一日。
フィン・グリムリーフは馬を下り、雪の道を歩いていた。
今いるのは、砦と南の鉱山都市を繋ぐ古道――《断崖の小径》。
かつて補給路として使われていたこの山道は、氷狼の出現によって通行不能となり、今では完全に放棄されていた。
だが、フィンはあえてこの道を選んだ。
「……地図にない場所こそ、王が踏むべきだろう」
誰に言うでもなく、ぽつりと呟く。
それは彼の旅の信条でもあった。
小径は断崖沿いに続いており、左は切り立った岩壁、右は吹きさらしの谷。少し足を滑らせれば、転落は免れない。
雪は深く、崖下から吹き上げる風は骨を冷やすほど冷たかったが、フィンの足取りは一定だった。
ふと、前方の雪原に違和感を覚える。
白一色の地面に、わずかな“黒い点”。近づいてみると、それは折れた槍だった。
「……ここで何かあったな」
フィンはその場にしゃがみこみ、周囲を観察する。
槍は王国軍の制式装備。それも、最近の型ではなく、十数年前の旧式のものだった。柄には血ではなく、氷の結晶のようなものがこびりついている。
その近くには、潰れた革の袋、干からびた携帯食、そして半分崩れた雪の窪み――誰かがしばらくここで寝泊まりしていた形跡。
「……生き延びていた者がいるのか?」
その時だった。
バキッ――!
背後から、枝を踏みしめるような音。
即座に剣を抜くと、木立の向こうに黒い影が一つ――だがそれは魔獣ではなかった。
人影。
しかし、全身にボロ布をまとい、顔を隠している。
「誰だ!」
声を投げかけるが、相手は答えない。
数歩、静かに近づいてくる。足音は、軽い。だがどこか不自然に、ずるりと引きずるような気配が混じっていた。
フィンは剣を構えたまま、目を細める。
やがて、その人物がゆっくりとフードを外す。
現れたのは――少女だった。
白く凍ったような髪。顔には細かな霜がこびりつき、唇は青白い。年の頃は十代半ばか。それでも目はしっかりと開いており、フィンを真っすぐに見ていた。
「……あなた、王様……?」
かすれた声。だが、確かに届く声。
フィンは剣を下ろし、一歩近づいた。
「そうだ。君は、こんな場所で何をしている?」
少女は、しばらく黙っていたが、やがてぽつりと呟いた。
「家族が……氷狼にやられて……でも、私は逃げた。ここに隠れてたの。怖くて……ずっと、ここに……」
震える声。言葉にすることで、必死に保っていた感情が崩れそうになるのが伝わってくる。
「砦には戻らなかったのか?」
「怖かった……怒られると思ったから」
フィンはため息をつき、マントを外すと少女の肩にかけた。
「生きているだけで、十分に誇っていい。君は、よくここまで……」
その時、遠くから獣のうなり声が響いた。
少女が怯えてフィンの背にしがみつく。フィンは剣を抜き、すぐにその方向を見やる。
雪の斜面を駆け降りてきたのは――氷狼の子個体。
どうやら親からはぐれ、暴走しているらしい。とはいえ、鋭い爪と牙を持ち、少女の目には十分すぎる脅威だった。
「……下がっていろ」
フィンが静かに前に出ると、氷狼は唸り声を上げて突進してくる。
小さな体、だが速い。予備動作も少なく、低い姿勢から一気に跳躍。
フィンは一歩引き、手首を捻って剣の角度を調整。
ギリギリで軌道をずらし、背中に流すように回避した直後、刃の背で狼の首筋を叩いた。
ゴッ!
氷狼が地面に転がり、そのまま動かなくなる。
「……殺してないの?」
「生きて帰れるなら、それに越したことはない」
フィンはそう答えながら、少女の方に振り返った。
「砦に送る。もう一人でここにいる必要はない。君のような命を、俺は守りたい」
少女は小さく頷いた。
その後、少女を砦に送り届けると、副官たちは驚きながらもすぐに対応に動いた。
フィンは礼も受けず、すぐに旅を再開した。
その夜。
峠を越えた先の小さな野営地で、フィンは焚き火の前に座っていた。
炎が揺れ、薪が爆ぜる音が響く。
彼は旅帳を開き、簡単な記録を残していく。
《氷狼の脅威は排除。砦の士気、回復。》
その下に、小さく書き足す。
《少女、無事。名はルナ。》
火の明かりに照らされたその字は、静かで、力強い。
そして、彼は地図を広げる。
次に目指す地は――王国中央部の鉱山都市、《ローク》だった。
「さて、まだ道は長い。英雄気取りをやってる暇はないな」
風が吹き、火が揺れ、焚き火の向こうに新たな冒険の影がちらりと見えた。
フィンの剣が、久々に本格的な“戦場”で唸りました。
氷狼という魔獣は、ただのモンスターではなく、彼にとっての「剣を抜く意味」を改めて確認させる存在として登場させています。
また、砦の兵たちの絶望や、少女の震える声を通じて、「王が歩く意味」を地に足つけて描けたのではないかと思っています。
なお、フィンが剣の技を使うシーンを今後も各地で増やしていきますので、“剣王”としてのフィンの成長にもご期待ください。
次回、第82話では一転して地下迷宮×魔獣バトル! 鉱山都市でフィンが迷うことになる“消えた鉱夫たち”の謎に迫ります。
それでは、次の冒険でまたお会いしましょう!




