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69話:揺れる街と、誓いの剣

王都を覆う不穏な影。その正体が姿を見せ始めた今、フィンたちはそれぞれの立場で選択を迫られています。

今回の物語では、暗躍する“塔”と、元暗殺者ノーラの視点を通して、王都に流れる緊張感を描きました。


権力の中枢にいる者たちの動き、そして市井の人々の生活。その狭間でフィンたちは、何を信じ、何を守るのか。

エルシアやリナも交え、物語は次なる局面へと進みます。静かに、しかし確実に、街の空気が変わり始めているのです。

塔は、静かだった。


 昼を過ぎた王都の陽が、石造りの高塔の壁を滑り落ち、尖塔の影を街路に長く伸ばしている。だが、その荘厳さとは裏腹に、塔の内部は不穏な沈黙に包まれていた。


 「……通してください。王の命です」


 フィンの声は抑えられていたが、確かな威圧を含んでいた。エルシア、リナ、そしてノーラが背後に続く。


 塔の管理者と名乗る初老の男が、僅かに眉をひそめた。


 「陛下がここを直接訪れるとは、前例がありません。御用件は、書面で——」


 「塔の資金運用と、行政への越権干渉。記録の改ざんの可能性。……前例は不要だ」


 静かに、しかし拒絶を許さぬ口調で、フィンは言った。


 男はしばし黙し、やがて鍵を取り出した。


 「……では、ご案内いたします」


 石造りの階段を、靴音だけが響いていく。


 塔内は書架と記録室、観測器具の類が密に並び、あらゆる空間に知識が詰め込まれていた。だが、その知識は、どこか埃をかぶっているようにも見える。


 「ここが、中央記録室でございます」


 管理者が一歩引いた場所に、巨大な扉がそびえていた。紋章を刻まれた扉は、静かに開かれる。


 中には、百を越える巻物や文書が、厳重に整理されていた。


 フィンは静かに歩を進め、記録の棚に指を伸ばした。


 「……“民意による評議の廃止案”? 十年前……却下されたはずだ」


 「表では、ですな」


 初老の男が、悪びれもせず言う。


 「塔は記録し、管理する場所。それが“廃止”されたか否かなど、後世にとっては些細な問題。真実より、整合性が重視される……時には、ね」


 エルシアが剣に手をかけた。


 「……それが、記録の名を借りた支配だと、気づいていないのか?」


 男は微笑んだ。


 「支配などしておりません。ただ、正しい形に整えているだけ。混乱を避けるために」


 フィンは棚から一枚の文書を抜き出し、目を細めた。


 「……塔の運営費、昨年比で三倍に増加。徴税の振り分けにも塔が介入していた……。知らぬふりは通らないぞ」


 その声に、ノーラが一歩前に出た。


 「王様。塔は、情報という“武器”を持ってます。記録を盾に、歴史を人質に取るような真似を——」


 「もうやめよう」


 フィンの声が、空気を切り裂いた。


 「塔の存在意義は否定しない。だが、それは透明性があってこそだ。誰かの都合の良い歴史を積み上げる場所なら、それはただの牢獄だ」


 静寂。


 記録室に響くのは、遠くから届く鐘の音だけだった。


 「塔の機能は見直す。予算も、体制も。そして、市民の前に開かれた存在にする。お前たちが守ろうとしてきた知識が、真に意味を持つように」


 老いた管理者は、何かを悟ったように黙り、やがて一礼した。


 「……我らの長き務めが、そうなることを祈りましょう」


 光の差し込む記録室で、塔の静寂がわずかに揺れた。

王都グレイフォルの朝は、昨日の嵐が嘘のように静かだった。


 だが、フィンの心は荒れていた。寝室の窓辺から街を見下ろす彼の瞳には、これまで見慣れたはずの光景が、どこか違って映っていた。


 市民は確かに彼を“王”と呼ぶようになった。だが、それは心からの信頼か、それともただの表面上の敬意か。


 昨日の塔との応酬――あれは単なる火種に過ぎない。塔は、学術・魔導・宗教の三要素を牛耳る存在であり、王権にとって最大の障壁だ。予算の再配分を巡って議論が行われたが、塔の代弁者は徹底的に反対の姿勢を崩さなかった。


「記録と知識の維持こそが、王国の根幹だと我々は信じております。塔の予算を削るなど、言語道断!」


 会議の場でそう言い放った老齢の塔主に、フィンは冷静に返した。


「だが、それが今この瞬間の市民の命を支えるわけではない。」


 エルシアがその背に控え、ノーラが無言で机の下の短剣を撫でていたのを、フィンは忘れていない。リナも、珍しく険しい顔で会議に同席していた。


 その全員が一枚岩ではないことは、フィンも理解していた。塔の知識が必要な場面は今後も必ずある。だが、分配の不均衡は放置できない。市民のための病院、食料庫、街路灯……それらが先決だ。


「……俺の声では、足りないのかもしれないな」


 ぽつりと呟いた時、扉がノックされた。


「入れ」


 入ってきたのはリナだった。彼女はいつもの明るい笑みを抑え、まっすぐフィンを見据えていた。


「王様、今日の街の視察、予定通り行くわよね?」


「ああ、行く」


 返事をしたフィンに、リナは少しだけ安堵の表情を浮かべた。


「……正直、あたしは塔の連中には頭にきてる。でも、それだけじゃダメなんでしょ? 剣じゃなくて、言葉で動かす。あたし、王様のやり方、嫌いじゃないよ」


 その言葉に、フィンはようやく表情を緩めた。


「ありがとう、リナ。……お前の言葉に、助けられてばかりだ」


「じゃ、さっさと街に行こうよ。市民たちは、あんたが笑ってるところ見たいんだから」


 王装を纏ったフィンが玉座の間をあとにすると、エルシアとノーラも静かに続いた。


 街の広場には、朝から多くの人が集まっていた。昨日の塔とのやりとりの噂は既に広まっており、民衆の間にも緊張感が漂っていた。


「王様!」


 誰かが叫び、周囲の人々が頭を下げた。フィンは頷き、壇上に立った。


「皆、話を聞いてくれ。昨日の会議で、塔との方針の違いが明らかになった。だが、俺は約束する。街の未来は、記録や儀式ではなく、お前たち一人ひとりと共に築いていく!」


 その瞬間、最初に反応したのは子供だった。


「王様、頑張ってー!」


 その声に、大人たちも次々と拍手を送り、次第に広場に熱気が満ちていく。


 だがその時、塔の魔導士団が到着したという知らせが入った。


 塔は、街の支持を奪われまいと、公式声明を発表する構えだった。


 対立の火種はまだくすぶっている。だが、今日のフィンの言葉が確かに人々の心に火を灯したのは事実だった。

広場に面した高台の建物――そこに王の姿はあった。


 夕焼けの残光が街の石畳を金色に染める中、フィン・グリムリーフは静かに眼下を見下ろしていた。

 広場では、市民たちが各地から集まり、焼き立てのパンや果実を手に笑い合っている。かつては荒廃していた王都に、ようやく穏やかな日常が戻りつつあった。


 だが、フィンの視線はその奥、まだ修繕が終わっていない西側の区画に向いていた。


 「……壊れたままのものを、見過ごすことはできない」


 独り言のように呟いた声に、背後から控えていたエルシアが静かに近づいた。


 「王様、ギルド再建と市場調整について、リナから報告がありました。西側の商業路に関しては、ノーラの協力で裏取引の摘発も進んでいます」


 フィンは振り返らず、ただ小さく頷いた。


 「……ありがたい。皆の力がなければ、ここまで来られなかった」


 その声は、どこか迷いを含んでいた。


 「フィン、何か悩んでる?」


 エルシアの問いに、ようやくフィンは振り返る。その眼差しは真っ直ぐでありながらも、どこか遠くを見ていた。


 「塔のことだ。あの場所は、王都の歴史と知の象徴だ。だが同時に、権力と予算の象徴でもある……。今、あそこに流れている資金を街に還元できれば、どれだけの人を救えるかと考えてしまう」


 エルシアは一瞬言葉を失ったが、やがて真剣な表情で頷いた。


 「確かに……塔には多くの資源が集中している。だが、直接手を入れれば反発は必至です。塔は、学者と記録官、魔術師の牙城でもある」


 「わかってる。だから、真正面から削るつもりはない。ただ、透明化する。支出の記録を公表し、街の人々にも塔の実態を知ってもらう。公平な再配分の議論を始める土台にするんだ」


 その提案に、エルシアは深く息を吐いた。


 「フィン……君のやろうとしていることは、革命に近いよ。だが、私は……支持する。君が道を開くなら、私はその盾になる」


 フィンの胸の内に、静かな決意の火が灯る。


 「ありがとう、エルシア。……ああ、それと」


 言いかけて、ふと微笑む。


 「今夜は、街の小さな宿で“評議会の夕べ”が開かれる。市民代表と意見交換をする場だ。君も来てくれないか?」


 エルシアの目が一瞬見開かれた。


 「……私が? 正装した議員たちの中に、私がいていいの?」


 「いてほしい。君はこの国の守り手だ。市民の盾として、声を聞いてほしい」


 その言葉に、エルシアは静かに頷いた。


 ――夜。


 ランタンの光が揺れる小さな宿の広間では、ささやかな宴が始まっていた。


 円卓にはパンとスープ、地酒と果実。普段は見られない組み合わせに、市民たちの顔にも自然と笑みが浮かぶ。


 そこに、フィンとエルシアが現れると、空気がぴんと張り詰めた。


 「お集まりいただき、ありがとう。今日は、“声で国を動かす”という理想の第一歩だ。君たちの声を、王として聞かせてほしい」


 フィンの挨拶の後、市民代表の初老の男が口を開く。


 「塔の予算、見直せるものなら見直してほしい。あそこが全てを飲み込む今の構造は、不自然だ」


 他にも、若い母親や商人、農民が次々に意見を述べる。

 “塔に配られる魔術器具の偏り” “歴史記録への市民参加の禁止” “塔の内部規律が不透明”――それは、抑えられてきた不満の声だった。


 フィンはすべてを黙って聞き、最後にゆっくりと口を開く。


 「……わかった。すぐにとはいかないが、塔の支出記録を公表し、必要があれば市民代表の監査も導入する。塔と街を、対立ではなく連携の道へと導くつもりだ」


 その言葉に、会場には静かな歓声が広がった。


 その夜、エルシアはフィンと共に王城へと戻る馬車の中で、小さく呟いた。


 「……君の声は、やっぱり不思議だね。戦いのときも、宴のときも、まっすぐ届く」


 フィンは、彼女の横顔を見つめながら答えた。


 「それは、君たちが支えてくれてるからだ。俺の声は、独りじゃ届かない」

塔の鐘が三度、重々しく鳴り響いた。


 その音は王都全体に広がり、今まさに起きようとしている何かを予感させるに十分だった。


 王城の執務室では、フィン、エルシア、ノーラ、リナが一堂に会していた。剣と魔法、情報と知略、そして王としての決断力。四人それぞれの役割が、今まさに必要とされていた。


 机に並べられた地図の上、赤い印が塔の周囲に集中している。


 「内部調査の結果が出ました」


 ノーラが低く告げる。


 「塔は、税の二割以上を密かに研究予算に流用しています。記録保存や研究活動に名を借りて、王都の運営資金を私的に蓄えていた形跡もありました」


 静かに言葉を続けるノーラの瞳には、かつての暗殺者としての鋭さが戻っていた。


 「証拠は?」


 フィンが短く問うと、ノーラは無言で分厚い資料束を差し出す。


 「本物です。これを公にすれば、塔の影響力は確実に削がれます」


 エルシアが腕を組んで呟いた。


 「だが、塔は黙ってはいないだろうな。連中は古くからこの国の知を担ってきた。それを否定すれば、民衆の一部も動揺する」


 「ならば、先に手を打とう」


 フィンは机から立ち上がり、ゆっくりと歩きながら言葉を紡いだ。


 「塔の持つ知識は尊重する。しかし、それを理由にして腐敗を見逃すわけにはいかない」


 リナが身を乗り出して言った。


 「だったら、塔の機能を分散させればいいんじゃない? 記録部門は評議会に移して、研究部門は国立学院に統合。予算管理も財務局に移管すれば、塔の影響力は自然と落ちていくはず」


 「リナ、それだ」


 フィンは頷いた。


 「分散と統合、そして透明化。塔を切り捨てるのではなく、国の一機関として再構築する。それが王としての責務だ」


 エルシアが小さく笑った。


 「……やっと、王様らしい顔になってきましたね」


 フィンは照れ隠しのように咳払いをし、ノーラに視線を戻した。


 「では、動こう。準備はいいか?」


 「もちろん」


 ノーラが立ち上がり、黒い外套を翻した。


 「塔の内部に信頼できる協力者もいます。彼らを通じて、争いを最小限に抑えることができるでしょう」


 「俺たちも民に語りかけよう。何が変わり、何が守られるのかを」


 王としての声。それは剣よりも、魔法よりも強いとフィンは信じていた。


 夜が更けるころ、王都の広場には集まった市民たちの姿があった。


 その中央に立つフィンの姿は、蝋燭の灯りに照らされていた。


 「王都の知を司る塔が、不正に税を流用していたことが判明しました。しかし、それをもって塔を否定するのではなく、我々はその知を未来に活かす道を選びます」


 ざわめきが広がる中、フィンは一歩前に出た。


 「記録は評議会へ。研究は学院へ。資金は財務局が管理する。塔は、これからも知を支える存在であり続けるが、その役割は透明に、そして公正でなければならない」


 エルシア、ノーラ、リナが彼の背後に立っていた。


 そして、民衆の間から一人、また一人と拍手が起こった。


 やがてその拍手は広がり、王都全体を包むようになった。


 塔の改革は、今ここに始まった。


 フィン・グリムリーフという王の下で、正義と知が並び立つ未来のために。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

今回は「塔」の権威と影響力、そしてそれに立ち向かうフィンたちの意思を中心に描いてみました。


ノーラは過去に縛られながらも、今を生きようとする強さを持ったキャラクターです。

彼女の役割はまだ終わっておらず、今後フィンとの関係にも変化が訪れるかもしれません。


そして、戦いだけではない、街を運営する者たちの“葛藤”と“決意”。次回以降、王としてのフィンの本質がさらに試される展開となっていきます。


それでは、また次の話でお会いしましょう!

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