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65話:声は剣よりも届く

統治令の整備が進む中で、市民の不安を和らげるための“声の演説”と“市民との対話”が始まりました。

街を守るために剣を抜いたフィンですが、今回は「言葉」で人々の心に触れようとします。

その中で描かれるのは、王としての決意だけでなく、一人の青年としての葛藤と想い。

エルシアとの距離もまた、静かに変化し始めます。


「王」ではなく、「フィン・グリムリーフ」という人間が、街と、そして彼女とどう向き合うのか──

そんな一歩を描いた、静かな夜の物語です。

夜が明け、王都に朝の光が差し込む。


 フィンは王城の高窓から街を見下ろしていた。昨日の騒乱が嘘のように、通りはいつも通りの喧騒を取り戻している。

 パン屋の香ばしい匂い、果物を売る露店の声、市民の穏やかな笑い声。それらすべてが、フィンにとって何よりの救いだった。


(街は、まだ生きている)


 深く息を吸い、フィンは静かに瞼を閉じた。昨夜の戦いの余韻が、剣を通してまだ体に残っている気がした。


 部屋の扉がノックされ、エルシアが入ってきた。


「おはようございます、王様。昨夜の件、関係者の取り調べが完了しました」


「ありがとう。市民に被害が出なかったのが何よりだ」


 エルシアは静かに頷いたが、その目はどこか曇っていた。


「……どうかしましたか?」


「昨夜、倒した黒衣の一人が、元近衛兵でした」


 フィンはわずかに目を見開いた。


「解雇処分の際、不満を抱いていた者だと記録にあります。私たちの決断が、ああした結果を生んだのだとすれば……」


 その言葉を遮るように、フィンは首を振った。


「エルシア。俺たちは間違った判断をしたとは思っていない。必要だった改革だ。それでも……行き場を失った声を、すべて拾いきれたとは言えない。それが、今の現実だ」


 エルシアは口を閉ざし、少しの間、沈黙が流れた。


 やがてフィンはゆっくりと歩き、書類の山から一枚の報告書を取り上げた。


「次は、ギルドの再編だ。昨日の件で一部の幹部は粛清されたが、根はまだ深い。評議会と連携し、市民の声をもとに新しい流通体制を構築する」


「はい。私の方でも、周辺警備を強化します」


 二人は自然と歩調を揃えて執務室を後にした。


 その後、フィンは市民評議会の臨時会議に出席した。

 議場には緊張感が漂っていた。ギルドの一部が王命に反旗を翻したと知られれば、市民に動揺が走るのも当然だった。


 フィンは壇上に立ち、静かに、しかし力強く言葉を紡いだ。


「昨夜、反乱を起こした者たちは、市民の声を歪め、街を混乱に陥れようとしました。だが、私は声を守ります。皆さんの声を、未来に繋げるために――」


 その声は、真っすぐに響いた。


 議場の空気が、少しずつ和らいでいくのがわかった。評議員たちの目が、恐れから信頼に変わっていく。


 フィンはそのすべてを受け止めながら、心に誓った。


(俺はもう、逃げない。声と剣をもって、街を守る王として、立ち続ける)


 会議が終わり、議場を出たところで、エルシアが待っていた。


「……王様。ひとつ、お願いがあります」


「なんだ?」


「夜、少し時間をいただけませんか。……訓練の申し出ではありません。剣ではなく、あなたの“声”を、聞かせてほしいのです」


 フィンは少し驚いた表情を浮かべ、すぐに微笑んだ。


「わかった。喜んで」


 夜の静けさの中で交わされる、新たな対話の時間が、ふたりの間に静かに訪れようとしていた。

王都の朝は、前夜の余波をまだ引きずっていた。


 夜の襲撃事件は速やかに鎮圧されたものの、街の各所には緊張と不安が漂っている。南倉庫周辺では近衛兵による封鎖が続き、商業ギルドの幹部数名が拘束されたという噂が市場に広がっていた。


 「……声で街を導くってのは、難しいな」


 フィンは、市民評議会の開かれた広間の隅で、深く息を吐いた。彼の前では、評議員たちが顔を伏せたり、唇を噛んだりしている。


 「このままでは、王都は混乱の連鎖に陥ります。王様、統治令の強化を」


 「……強制は、民を押さえつけることになる。今は、対話と説明を優先すべきです」


 答えたのは、評議員の一人、カーラだった。元は商人の娘だが、改革派の中心として市民から強く支持されている。


 「私も、王様の“声”の方針には賛同します。ですが、市民は“守られている”という実感がなければ、混乱に呑まれてしまう」


 フィンは静かに頷いた。


 「だからこそ、声を届ける。だが……時には“姿”も見せねばな」


 彼は立ち上がった。


 「今日の夕刻、広場で市民演説を行う。俺の言葉で、街の未来を語る」


 評議会にざわめきが走る。だが、誰も異を唱えなかった。これまでの行動が、確かに信頼を築いていたからだ。


 その頃、城内の訓練場では、エルシアが近衛兵たちと模擬戦を行っていた。


 「お前たち、自分の剣に誇りを持て。王を守るとは、ただ命を投げ出すことではない。“なぜ守るか”を心に刻め!」


 叫ぶ声には、これまで以上の熱が込められていた。昨夜の戦いの中で、エルシア自身の中にも変化があったのだ。


 ふと、訓練場の隅に立つフィンの姿に気づく。


 「……王様。見物ですか?」


 「いや、感謝を伝えに来た」


 「感謝?」


 「昨夜、お前が盾となり、俺は剣となれた。あの時……ひとりじゃなかったと、確かに思えた」


 エルシアは一瞬、目を見開いた後、そっぽを向いた。


 「礼など……いらない。私の任務は、あくまであなたを守ることです」


 「それでも、言いたかったんだ。お前がいてくれて、俺は“王”でいられる」


 視線が交差した。短いが、確かな想いが交わされた瞬間だった。


 そして夕刻。


 王都の中央広場には、思いのほか多くの市民が集まっていた。市場の喧騒は一時止み、皆が王の演説を待っていた。


 フィンは演台に立ち、深く息を吸った。


 「市民の皆さん。昨夜、我が王都にて反乱の火種が上がりました。ですが、皆さんの声と、仲間たちの支えがあったからこそ、それを食い止めることができました」


 その声は、騒がしさを吸い込むように静まりを生んだ。


 「俺は、剣を掲げるだけの王にはならない。声を聞き、声で導く王でありたいと思っています。けれど、それでも剣を抜かねばならぬ時がある。その時は、皆さんの想いを守るために抜きます」


 群衆の中で、年老いた商人が帽子を胸に当て、うなずいた。子どもを抱えた母親が、目を潤ませていた。


 「この街を共に創るため、俺に力を貸してほしい。声を重ねて、未来を切り拓こう!」


 その言葉に、広場が拍手で包まれた。


 フィンは確かに感じた。この街が、ようやく“王”を受け入れ始めていることを。


 そして、演説を終えた彼の横に、静かに立つ者がいた。近衛団長――エルシアである。


 「見事でした、王様」


 「お前がいてくれたから、言葉を信じてもらえた」


 「それは……どうでしょうね」


 エルシアの頬に、かすかに朱が差していた。

――王都中央評議庁、夜。


 議場には灯火が揺れていた。


 統治令施行後初の“夜間協議”は、緊急案件の審議のために開かれたものだったが、空気はただならぬものだった。市民評議員たちは口々に現状の不満と不安をぶつけ、商業ギルド代表代理の態度も硬化していた。


 「このままでは市の経済が死にますぞ、陛下。統治令の影響で物流にも滞りが生じておる!」


 「市民が信じているのは、“声”ではなく“飯”だ。空腹は理念では癒されん!」


 飛び交う言葉に、フィンは口を閉ざしたまま、真剣に耳を傾けていた。


 そして、全員の声が止まった瞬間。静かに口を開いた。


 「――ならば、今夜、食料供給路の再構築を命じる。軍の一部を物流警護に回し、農村と王都間の輸送を優先的に整える。」


 それだけで場がざわついた。だが、反発の声よりもむしろ、安堵の吐息が多かった。


 「我らは恐怖で縛る王ではない。声で導き、手で築く王国だ。それを証明するためにも、まず民の飢えを癒す。」


 その言葉に、初めて評議員の一人が静かに頭を下げた。


 「……承知しました、陛下。」


 夜の会議が終わり、月が中天に差し掛かる頃。


 フィンは回廊を歩いていた。無言で、ゆっくりと。背後から足音が続いた。


 「陛下、少しだけ、いいですか?」


 振り返れば、そこにいたのはエルシアだった。


 近衛団長であり、王の盾として常に隣にいる彼女は、今夜だけは、少し違う顔をしていた。


 「どうだった? 評議会は」


 「……重い声ばかりだった。でも、ひとつだけ希望が見えた気がするよ。」


 「そうですか。」


 二人は回廊の窓際に立ち、夜風を感じた。


 「王ってのは、難しいね。理想を語れば現実に押しつぶされるし、現実に飲まれれば理想を忘れてしまう。」


 「……でも、王様は忘れてない。声を、想いを、大事にしてる。」


 フィンは少しだけ笑った。


 「ありがとう、エルシア。」


 その夜、回廊の灯火の下で、ふたりの間にほんの一瞬、静かな沈黙が流れた。


 だが、その沈黙を破ったのは、ひとつの報告だった。


 「報告します! 城下南部、旧教会跡地付近にて不審な集会の兆候が!」


 近衛兵の声に、フィンとエルシアの顔つきが一変する。


 「動くぞ、エルシア。あそこは……“塔”がかつて利用していた地下聖堂に通じるはずだ。」


 「了解。部隊を半数に分けて、北西側から包囲します。」


 夜の静寂が破られる。王と近衛団が、再び“声を奪う者たち”の影を追い始めた。


 だが、そこには新たな陰謀が潜んでいた。


 地の底に、再びうごめく“塔”の残党。

 そして、彼らの背後に立つ――謎の女の影。

西の空が深い藍に染まり、王都の上に夜の帳が下り始める。

 昼の喧噪が嘘のように静まり返った石畳の通りを、近衛団と市警の混成部隊が巡回していく。


 その最奥、王城の執務室では、フィンが蝋燭の灯りの下、最後の報告書に目を通していた。

 統治令の影響を受けた市民の声、物資流通の変化、ギルドの再編に伴う不満と、わずかな期待。


 「……まだ、揺れているな」

 呟いた声に、背後からそっと気配が近づく。

 振り返ると、エルシアが一糸乱れぬ敬礼で立っていた。


 「王様。南門周辺の整備が完了しました。報告書はこちらに」


 彼女が差し出した書類を受け取りながら、フィンは微笑を浮かべる。

 「ありがとう。君がいてくれて助かる」


 エルシアは一瞬だけ表情を緩めたが、すぐにいつもの凛とした姿に戻る。


 「いえ。私はあなたの剣ですから」


 その言葉の響きが、執務室の静寂に溶ける。

 だが、フィンはその裏にある微かな感情の揺れに気づいていた。


 剣としてではなく、一人の人間として。エルシアは彼に何かを伝えたがっている。


 「エルシア」


 名を呼ぶと、彼女ははっとしたように顔を上げる。


 「少し、城の外を歩こう」


 それは、王の命令ではなく、ひとりの青年としての誘いだった。


 ◆


 二人は静かな夜の王都を並んで歩いた。

 統治令で整えられた街路、灯火に照らされた小さな広場には、子どもたちの笑い声が微かに残っている。


 「ずいぶん……変わったな、この街」

 エルシアがぽつりと呟く。


 「君が守ってくれたから、変えられた」

 フィンがそう返すと、エルシアは言葉に詰まる。


 「……私はただ、あなたの背中を守ってきただけです」


 「それだけじゃない。君がいたから、俺は振り返ることができた。立ち止まることも、迷うこともできた」


 フィンの声は、静かな夜の空に溶けていく。


 エルシアはしばらく沈黙していたが、やがて立ち止まり、夜風に吹かれながら言った。


 「王様。……私も、迷うことがあります」


 「……どんな?」


 「あなたの隣にいていいのか、と。剣として、ではなく」


 フィンはその言葉を、真っ直ぐに受け止めた。

 そしてゆっくりと首を横に振った。


 「君はもう、俺の隣にいるじゃないか。剣でも、盾でもなく。……それ以上の存在として」


 エルシアの瞳が揺れる。だが、それは恐れではなく、確かな決意の始まり。


 「これからも共に歩んでくれ。王としてではなく、一人のフィンとして君と向き合いたい」


 その夜、城の中庭で交わされた静かな約束。

 それは、剣と声の王が、真に人としての道を選び始めた瞬間だった。


 遠く、王都の鐘が静かに鳴り響いていた。

今回のエピソードでは、フィンが「剣」だけでなく「声」で人々と向き合う姿を描きました。

民の前に立ち、真っ直ぐに語る彼の言葉が、少しずつ街の空気を変えていく。

その裏で、近衛団長エルシアとの関係にも、かすかな変化の兆しが見えはじめたように思います。


まだまだ“王”という存在は、市民にとって遠いものかもしれません。

それでも、フィンが諦めずに「声をかけ続ける」ことで、その距離は確実に縮んでいく──

そう信じたいと思っています。


次回、ついに統治令とギルド再編が本格始動。

声と剣の王として、フィンの決断が街の未来を左右することになります。

どうか、引き続き見守っていただければ幸いです。


物語を「面白い」「続きを読んでみたい」と感じていただけましたら、

評価ポイント・ブックマーク・リアクション・感想・レビューをお寄せいただけると嬉しいです。


読者の皆さまの声が、作者の筆を進める大きな原動力になります。

どうか応援のほど、よろしくお願いいたします。

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