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63話:剣と声の狭間で――近衛団長と王

王都統治令が発布され、街は新たな秩序のもとに少しずつ動き始めています。

 そのなかでフィンは、治安と軍事を任されたエルシアと幾度も意見を交わし、衝突しながらも絆を深めていきます。


 今回の物語では、王として、そして一人の若者としてのフィンの「孤独」と「覚悟」、

 それに寄り添おうとするエルシアの心の揺れに焦点を当てています。


 変わっていく街の姿、抗えない政治の流れ、

 それでも、声と剣で人を導こうとするフィンの姿を、どうか見届けてください。

陽の光が差し込む朝の執務室。城の高窓から見下ろす街は、昨日よりも少しだけ賑わっているように見えた。


 フィン・グリムリーフは執務机の前で、束ねられた羊皮紙をじっと見つめていた。そこに記されているのは、市民評議会から提出された提案書。商業ギルドの再編案、街の税制度の見直し、治安部隊との連携体制。どれも街を一歩前に進めるための、真摯な提案だ。


「……市民の声が、ようやく“形”になってきたな」


 つぶやいたフィンの傍らには、クラリスが控えていた。帳簿と提案書を抱えながら、穏やかな笑みを浮かべている。


「市民の皆さんが、王様に声を託してくださった証ですね」


 クラリスの言葉に、フィンは小さくうなずいた。だが同時に、その胸にはわずかな苛立ちもあった。


 王としての権威は、まだ根付いていない。

 声を集め、制度を整えても、市民の一部には“元冒険者が王様なんて”と揶揄する声も根強く残っていた。


 ――剣だけでなく、声でもこの街を守る。その覚悟は、誰よりも強く持っているはずなのに。


 そのとき、扉が軽く叩かれた。


「失礼します、エルシア隊長から伝言です」


 近衛の若者が差し出したのは、騎士団の報告書とともに、エルシアの手による一筆だった。


『今夜、東門前の小訓練場にて待つ。王としての剣の重さ、もう一度確かめていただきたい。』


 フィンはその文面を読み、静かに目を伏せた。


「……また鍛え直すつもりか、彼女は」


 だが、そこに宿るのはただの武芸ではない。

 この街をどう守るのか。王と近衛団長として、どう協力していくのか。


 夜の訓練場。剣と剣が交わる場にこそ、言葉では語れぬ“覚悟”が宿るのだ。


 夕暮れが迫る頃、フィンは再び市場を巡っていた。ギルドの再編案に基づく説明会が開かれており、市民や商人たちの顔が並ぶ会場には熱気があった。


「これまでの取り決めが曖昧だったから、こうしてルールが定まるのはありがたいよ」

「でも、本当に王様の判断で決めていいのかい? 俺たちの声も聞いてくれるんだろうな?」


 そんな声が飛び交う中、フィンは壇上に立ち、深く頭を下げた。


「皆さんの声が、この街の未来を決める力です。私はその声を束ね、守る責任を負っています。どうか、これからも共に歩んでください」


 その言葉に、一瞬ざわついた空気が静まり、そして大きな拍手が巻き起こった。


 (俺は、剣ではなく“声”で、街の未来を導く……)


 だがその夜、フィンの前には剣が必要となる相手が待っていた。


 月光に照らされた訓練場。そこに立っていたのは、兜も鎧も脱ぎ捨てたエルシアだった。


「王としての剣、見せてもらうわよ」


 エルシアの声には、戦場よりもずっと切実な想いが込められていた。

夜の帳が下りた王都の城壁は、風に揺れる松明の光に照らされていた。静寂の中、訓練場の片隅で、二つの影が向かい合っていた。


 エルシア・ルフェイリア。近衛団長にして、王の剣となるべく育てられた女騎士。

 そしてもう一人は、王――フィン・グリムリーフだった。


「本当に、よろしいのですか? 王様」


 エルシアは真っ直ぐにフィンを見据えた。

 王として、剣を抜く理由。それは国のため、街の声のため、そして――誰よりも、この街を守るという覚悟の証明。


「いいや。これは王としてじゃない。俺自身のために……お前と剣を交えたいんだ」


 それは、剣士としての純粋な想いだった。エルシアは瞳を見開いたが、すぐに微笑んだ。


「……承知しました。全力でいかせていただきます」


 鍔鳴りとともに、二人は剣を構えた。


 最初に動いたのはエルシアだった。重心を低くし、疾風のように踏み込む。剣筋は鋭く、風を切る音が夜気を裂く。


 だが。


 その一撃を、フィンは寸前でかわし、逆に踏み込んだ。

 エルシアの視界に、王の剣が閃いた。


「っ――!」


 鋼が火花を散らし、彼女は二歩、三歩と後退する。


 フィンの動きは無駄がなく、力強く、それでいて静謐だった。

 まるで、一本の大樹が風に揺れずに立ち尽くすように――揺るがない強さが、そこにはあった。


「やはり、強い……。いえ、強すぎます」


 エルシアは汗をにじませながらも、口元に笑みを浮かべた。


「私は、王に何も教えることができませんね」


「そうじゃない。お前と剣を交えることで、俺は“守る意味”を確かめたかった」


 フィンは剣を下ろし、静かに言った。

 剣は力であり、時に暴力でもある。だが今、彼の手にあるのは――街を守るための誓い。


 訓練の場に、静寂が戻る。


「お前の剣は、民を守る剣だ。俺の剣も、そうありたい」


 エルシアは小さくうなずいた。


「……それを聞けて、嬉しいです」


 夜風が二人の間を通り過ぎた。

 そして、彼女はわずかに視線をそらす。


「王様は……いえ、あなたは、ずっと私の“憧れ”でした」


 フィンの眉がわずかに動いた。


「私は、あなたの強さに救われたひとりです。だから、あなたが今もこうして真っ直ぐなまま、私の前に立ってくれていることが……嬉しくて」


 言葉に詰まった彼女を、フィンは見つめていた。

 言葉はなかった。

 だが、その静かな視線が、確かに何かを受け止めていた。


 やがてエルシアは剣を鞘に納め、背筋を伸ばす。


「本日は、ありがとうございました。これからも、王として……そして、あなた自身としても、私の誇りでいてください」


 その言葉に、フィンは微笑んだ。


「……お前がいるなら、俺は誇りを忘れずにいられる」


 その夜、訓練場を離れた二人の間に、言葉にならない想いが芽生えていた。

 それはまだ、恋と呼ぶには淡く。

 だが確かに、未来を照らす火種のように、静かに燃え始めていた。

王城の南に位置する訓練場。その夜、風は冷たく、月だけが静かに大地を照らしていた。


 「遅れてすまない、エルシア」


 フィンが現れると、すでに訓練場に立つ近衛団長エルシアが振り返った。白銀の髪が夜風に揺れ、瞳に映る王の姿を見つめる。


 「気にするな。あの会議が長引くのは予想していた」


 「ギルド連合との調整は難航している。市民評議会の発言力が強くなりすぎたせいもある」


 「お前が声を信じ、剣を収めてきた結果だ。……後悔はしていないだろう?」


 フィンは笑みを浮かべて首を横に振った。


 「剣を抜く覚悟も、収める覚悟も持っている。俺は、街を導く責任を選んだ」


 エルシアは一歩前に出て、手にした木剣を構える。


 「なら、剣の重みを思い出せ。戦いのない王は、いずれ民に見放される」


 「教えてくれ、近衛団長」


 フィンも木剣を構えた。だが、構えは完璧だった。無駄な力も隙もない。彼が戦場で鍛えた技は、もはや鍛錬の域を超えていた。


 エルシアが眉をひそめる。


 「……構えが美しい。まるで舞うようだ。戦場で何度、命を懸けてきた?」


 「数えるのをやめた頃から、本当に必要な剣を学び始めた」


 その言葉に、エルシアは木剣を振るう。だが、フィンは軽やかに受け流す。剣筋を見切り、必要最低限の動きでかわし、時に先を制するように攻め返す。


 三合、五合、十合。


 気がつけば、エルシアは一方的に攻め、そして守られていた。


 「……強いな、王様」


 「お前が強くないはずがない、近衛団長」


 エルシアは木剣を下ろし、肩で息をつきながら言った。


 「いや、これは実力差じゃない。お前の剣には、ためらいがない。守るべきものの重みを、すべて背負っている剣だ」


 フィンは少し驚いたように目を細め、そして木剣を静かに地面に立てた。


 「剣を通じて想いが伝わるなら、俺は何度でも振るう。たとえ、相手が、お前でも」


 その一言に、エルシアの胸が一瞬だけ熱くなった。戦士としての誇りが、王の覚悟に共鳴したのだ。


 「……私を、試したのか?」


 「違う。俺は、信じている者と向き合うために、全力で臨むだけだ」


 夜風が吹いた。ふたりの間を静かに通り抜けていく。


 「変わったな、フィン。昔の、お前じゃない」


 「街が変わったからな。俺も変わらなきゃいけなかった」


 エルシアがふと微笑んだ。硬かった表情が、ようやくほころんだ瞬間だった。


 「……その変化、嫌いじゃない」


 言葉に込められた感情を、フィンは受け止めながらも深くは言及しなかった。ただ、そっと目を伏せ、そして再び夜空を見上げた。


 「明日も忙しくなる。統治令の具体的な施行と、ギルドの再編。市民との対話も、増えるだろう」


 「全てを一人で抱えるな。私も、クラリスも、ノーラも、リナも、みんなお前を支えたくてここにいる」


 「……ありがとう」


 フィンはそう言って微笑む。だが、その瞳には、まだ遠い未来を見つめる光があった。


 その夜、訓練場の灯は長く消えなかった。


 王と近衛団長。その絆が、静かに強く結ばれた夜だった。

夜が更けても、城下の灯火は絶えなかった。仄かな光が揺れる中、王城の塔の上から見下ろす街並みは、まるで生きているかのように息づいていた。


「……統治令が浸透するには、まだ時間がかかるな」


 フィンは窓辺に立ち、街を見下ろしながら小さく呟いた。

 ギルドの再編、市民評議会との連携、秩序の再建。そのどれもが一朝一夕に成るものではなかった。


「民の心を得るには、命令だけでは足りない。声を、耳を、心を尽くさねば……」


 そう考えた矢先、背後の扉が静かに開いた。振り返ると、近衛団長エルシアが姿を現した。


「王様。夜分遅くに、失礼します」

「構わない。俺もまだ眠れそうにない」


 エルシアは無言で隣に立ち、同じように街を見下ろす。


「今日の議会、少し揉めたようだな」

「ええ。新しい商人代表が、利権の取り扱いについて食い下がってきまして。市民評議会からの推薦だったので、強くは出られず……」

「難しいな。民の声を尊重するほど、統治は骨が折れる」

「それでも……王様が選んだ道です」


 エルシアの声には、どこか優しさと、強さが滲んでいた。

 フィンは彼女を横目に見て、ふと問いかけた。


「なあ、エルシア。お前は……どうして俺の側にいる?」


 一瞬、風が吹き抜けた。塔の上で二人きりの空間に、時間が止まったような静けさが満ちる。


「私は……正義を信じています」

「正義?」

「剣を握る者は、誰かの正義のために戦うべきです。私はずっと、それを探していました」

「それが……俺なのか?」

「はい。私は、あなたの正義を信じています」


 その言葉に、フィンの胸がわずかに震えた。

 信じられる相手がいること。共に歩もうとしてくれる仲間がいること。その重みが、どれほど支えになるかを、彼は知っていた。


「ありがとう、エルシア。お前の剣が、俺の背中を支えてくれている」

「王様の声が、私の剣に力をくれるのです」


 視線が交差し、わずかな沈黙が流れる。だが、それは気まずさではなく、言葉の奥にあるものを確かめ合うような、柔らかな間だった。


 やがて、遠くで鐘が鳴った。夜の終わりを告げる音。

 エルシアが一歩、後ろに下がる。


「そろそろ、下がります。明日の巡察がありますので」

「ああ。気をつけてくれ」


 扉の前で、エルシアは振り返る。


「王様。あなたの剣は、誰のためのものですか?」

「……この街のために。民のために。仲間のために。そして――」


 言いかけて、言葉を飲み込んだ。

 エルシアは微笑んだように見えた。


「――では、おやすみなさい。王様」

「おやすみ、エルシア」


 扉が閉じられ、再び静寂が訪れる。

 フィンは街を見下ろしながら、胸の内に生まれた感情を静かに見つめていた。


(この手に託された街。この声に応える仲間。そして……)


 彼はそっと剣の柄に触れた。


(――俺の剣は、もう独りのためだけに振るうものじゃない)


 夜の空に、微かな光が射し始める。

 街に新たな一日が訪れようとしていた。

 フィン・グリムリーフの戦いもまた、続いていくのだった。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


 第63話では、統治令に基づく街の再編が本格化し、同時に、エルシアとの関係性にも変化の兆しが現れました。

 フィンはただの王ではなく、仲間の声を聞きながら、自らの責任と向き合おうとしています。


 近衛団長として忠義に生きるエルシアもまた、「王」ではなく「フィン」という人間そのものを理解しようとする姿が描かれたと思います。


 次回、第64話では再編の裏で暗躍する者たちが動き出し、

 王都を揺るがす“決断の夜”が近づいてきます。どうか引き続き、見守っていただければ嬉しいです。

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