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56話:剣なき和平、声で紡ぐ街

剣を抜かずに街を守る――。

 その決意を胸に、フィン・グリムリーフは和平交渉の場に臨みました。

 暴動の爪痕が残る街を前に、剣を抜けば簡単に決着はつけられる。

 けれど、フィンが選んだのは、声で街の未来を繋ぐという道。

 ローザリア特使団との交渉、仲間たちとの議論、そして市民の声に応える姿を描きながら、街が新たな時代へと踏み出す瞬間をお届けします。

語り庁の会議室には、暴動の余韻がまだ残っていた。

 剣の代わりに声で街を守るという信念を掲げてきたフィン・グリムリーフの瞳は、戦場のような静けさをたたえている。

 窓の外には、朝焼けの空がかすかに見えた。

 だが、その光はまだ弱く、街の片隅に漂う不安を払うには足りなかった。


 重厚な木の机の上には、和平案の草稿が広げられていた。

 その周囲には、ノーラ、リナ、クラリス、そして数名の語り庁の役人たちが集まっている。

 暴動で荒れた街を立て直すためにも、ローザリアとの問題をここで決着させる必要があった。


「戦後賠償として、ローザリアには市場の再建費の一部を負担させるべきです」

 クラリスが資料を手にしながら冷静に口を開いた。

「暴動で焼かれた露店は、王都の商人たちの生活そのものですから」

 その声には、塔の時代から続く街の痛みを知る者としての責任が滲んでいた。


 リナは剣の柄に手をかけたまま、眉を寄せた。

「戦後賠償だけじゃ足りない。

 ローザリア商人が再び王都に出入りするなら、必ず監査役を付けるべきだ。

 語り庁が発行する許可証を義務づける。

 でないと、また裏切り者が紛れ込む」

 剣士としての冷徹な視線が、机上の資料を鋭く貫いた。


 「そうね」

 ノーラが頷いた。

「武器制限条約も入れたい。

 ローザリア商人や使節団が王都に武器を持ち込むのを禁止する。

 街の安全のために、ここは絶対に譲れない」

 その双刀のような瞳は、どこか寂しげでありながらも鋭く輝いていた。


 フィンは、仲間たちの言葉を一つひとつ噛みしめるように聞いていた。

 剣を抜かずに街を守ると決めた以上、言葉の一つひとつが剣以上の責任を持つ。

 そんな重みが、彼の背中を静かに押していた。


「文化・技術交流についても入れるべきだな」

 フィンはゆっくりと口を開いた。

「王都が語り庁を通じてローザリアの技術や文化を受け入れる。

 だが、その代わり、必ず王都主導で進める。

 街の未来を、俺たちの声で作るために」

 その声は、会議室を満たす重苦しい空気を切り裂くようだった。


 クラリスが手元の資料をめくった。

「向こうからは補償要求もあるでしょうね。

 暴動の責任を語り庁に押し付けてくる形で」

 その目が揺らぎを見せたのを、フィンは見逃さなかった。


「……そうかもしれない。

 だが、俺はこの街を剣で縛りたくない。

 だから語りで答える。

 たとえどんな裏切りがあろうとも、俺はこの街の声で未来を決める」

 フィンは机に広げられた和平案を見つめ、決意の炎を瞳に宿した。


 ノーラがそっと笑みを浮かべた。

「王様らしいわね。

 声で戦うのは、剣よりもずっと難しい。

 でも、あんたならできると信じてる」

 その笑みは、戦場で幾度も剣を交えた仲間だからこその信頼の証だった。


 リナも剣から手を離し、まっすぐフィンを見た。

「私も、王様の声を信じます。

 語り庁の仲間として、この街の未来を作るために」

 その声には、剣士としての誇りと、街を守る覚悟が込められていた。


 窓の外、朝日がゆっくりと王都の石畳を照らし始めていた。

 剣を抜かずに街を守る。

 その決意は、語り庁の仲間たちとともに、確かにそこにあった。

語り庁の会議室を出てから、フィン・グリムリーフは静かに息を吐いた。

 王都南門近くの大広間には、ローザリア特使団が揃い踏みしている。

 剣を抜かずに街を守ると決めた以上、この場でそれを貫かねばならない。

 剣の柄を握る癖を堪え、フィンは語り庁の代表としてゆっくりと歩みを進めた。


 特使団の首席、アデラスは深緑の外套を纏った細身の男だった。

 顔には刻まれた皺があり、隻眼の鋭い瞳でフィンを見据える。

「王都での暴動により、我が国の商人や使節団も多大な被害を受けた。

 語り庁の統制の甘さゆえに、我々が被った損害は小さくない。

 当然、補償を要求する」

 その声は柔らかくも、腹の底を探るような鋭さを秘めていた。


 フィンはテーブルの上に置かれた和平案の草稿に目を落とした。

「市民への補償は当然の責務だ。

 しかし、暴動を引き起こしたのはローザリアと通じた裏切り者の仕業でもある。

 そちらにも一定の責任があるはずだ」

 その言葉に、アデラスの瞳がわずかに揺れた。


 「それはあくまで一部の者の暴走ではないか?

 そちらの語り庁こそ、裏切り者を止められなかったのではないか」

 その声には、語り庁の統制を揺さぶる狙いがあった。

 フィンはわずかに目を細める。


 「語り庁の統制の問題は、私たち自身が改善する。

 だが、暴動の火種を作ったローザリアの密談が街に混乱をもたらした事実は変わらない」

 剣を抜けば、この場は簡単に片付くかもしれない。

 しかし、その刃はまた声を奪う。

 フィンは剣を抜かない己の選択を信じ、言葉で進む道を選んだ。


 「加えて、武器制限条約を和平案に盛り込みたい」

 フィンは草稿を指し示す。

「ローザリア商人や使節団が王都に武器を持ち込むのを一切禁止する。

 街の安全を守るため、これは譲れない」

 その言葉に、特使団の一人が口元を引き結んだ。


 「護衛すら付けられないというのか」

 アデラスが低い声で言った。

 その声には焦りが滲んでいた。


 「王都では、私たちが責任を持って安全を保証する。

 剣を抜かずに街を守る。それが語り庁の誇りだ」

 フィンの声には、剣を超える強さがあった。


 広間の空気が重く沈黙した。

 アデラスが視線をテーブルに落とすと、別の特使が咳払いをして言葉を継いだ。

 「我々も文化・技術交流は望むところだ。

 だが、王都主導のもとでの協議というのは、あまりに一方的すぎるのではないか」

 その声は、格下としてのプライドをかすかに漂わせた。


 フィンはその視線をまっすぐに受け止めた。

 「この街の声を守るためだ。

 もしそれが受け入れられないなら、剣を抜かずとも、この街は声で戦い抜く」

 その瞳には決意の光が宿っていた。


 アデラスは視線を泳がせた後、肩を落とした。

 「……分かった。

 和平のためならば、あなた方の条件を受け入れる」

 その言葉は、重い敗北の響きを帯びていた。


 フィンは深く息を吐いた。

 剣を抜かずにこの街を守る。

 それが、王として選んだ道だ。

 仲間たちの視線を感じながら、フィンはこの街の未来を思った。


 「暴動で焼かれた市場の補償費はローザリア側が一部負担する。

 文化・技術交流は語り庁の監査下で行う。

 そして武器制限条約も必ず守ってもらう」

 その声が、広間に響いた。


 「王都としての責任は果たす。

 だが、剣で街を治めるのではなく、声で街を守る」

 フィンは語り庁の誇りを胸に、その言葉を刻んだ。


 アデラスは小さく頷き、静かに言葉を落とした。

 「……王都の声を信じるとしよう」

 その瞳には、剣を抜かない王の覚悟が映っていた。


 朝日が差し込み、広間を照らす。

 その光は、暴動でくすんだ街に新しい風を吹き込むようだった。

 剣を抜かずに、この街を守る。

 その誓いを胸に、フィン・グリムリーフは歩みを進めた。

和平交渉の場を離れたフィン・グリムリーフは、深い息を吐き出した。

 広間の外には朝の光が差し込み、暴動で荒れた街の片隅を照らしている。

 その光の中で、露店の瓦礫を片付ける人々、泣きながら荷物を運ぶ家族の姿があった。

 剣を抜かずに街を守る。

 その選択が、この街の未来を繋げると信じていた。

 だが、その選択が正しかったのか、自問する声が胸の奥に残っていた。


 「王様!」

 振り返ると、ノーラが双刀を腰に下げて駆け寄ってきた。

 その瞳には、戦士としての決意と、仲間としての誇りがあった。

 「和平案、決まりましたね。

 暴動の火種になった裏切り者の件も含め、王都主導で進められるのは大きい。

 けど……街の人たちは、本当に安心してくれるかな」

 その問いは、剣を抜かずに選んだ王の責任を鋭く突いてきた。


 「分かってる」

 フィンは短く答えた。

 「だから、俺はこの街の声を聞きに行く。

 和平案を一方的に決めただけじゃ意味がない。

 この街は、市民の声で動く街だ。

 俺は、その声を聞いて剣を抜かずに守ると決めたんだ」

 その声は、夜明けの空のように澄んでいた。


 市場跡地の一角では、語り庁の役人たちが仮設の集会場を設営していた。

 焦げた地面の上に組まれた木の壇上は、暴動の爪痕を隠すことなくさらけ出している。

 その壇上に、フィンはゆっくりと立った。

 集まった市民たちの瞳が、一斉に王の姿を捉えた。

 声にならない呻き、涙、怒り、そして不安。

 剣を抜かないと決めた王の肩に、その全てがのしかかるのを感じた。


 「市民の皆さん」

 フィンの声が、朝の光に溶けて広場を満たした。

 「暴動の混乱で、皆さんの生活に大きな被害が出ました。

 街を焦土に変えたあの夜を、俺も忘れません。

 そして、その混乱の中で、この街を裏切った者がいたことも事実です。

 俺は、その罪を剣で断つこともできました。

 でも、それではまた剣が声を奪う時代が来る」

 フィンの瞳が一人一人の市民を見つめた。


 「だから、剣を抜かずに街を守ると決めました。

 そして、皆さんの声を聞いて、この街の未来を作りたい。

 和平案は、王都主導でまとめたものです。

 ローザリアには市場の再建費を一部負担させ、武器の持ち込みを一切禁じ、商業活動は語り庁の監査下でしかできない。

 文化・技術交流についても、語り庁の声で管理します。

 その代わり、暴動を引き起こした裏切り者の問題については、俺たち語り庁が責任を持って再発防止に努めます」

 その声には、剣を抜かない王としての誇りがあった。


 人々の間から、ざわめきが広がった。

 「王様が守ってくれるなら……」

 「本当に剣を抜かずに街を守れるのか」

 「語り庁を信じていいのか……」

 その声の一つひとつが、フィンの胸を刺した。

 それでも、彼はその声から目を逸らさなかった。


 ノーラが壇上の脇で、小さく拳を握った。

 「王様。

 剣を抜かない覚悟が、一番難しいって分かってる。

 でも、あんたがその道を選んだなら、私たちはその声を信じます」

 その言葉に、フィンは瞳を閉じ、小さく頷いた。


 リナも、剣を収めたまま、壇下で市民を見つめていた。

 「剣を振るうより、声を守る方が何倍も難しい。

 でも、王様がその道を選んだなら、私も信じる。

 この街の未来を、その声で作ってほしい」

 その声は、戦士の声であり、市民の声でもあった。


 フィンは深く息を吸い、再び市民を見渡した。

 「街を作るのは剣じゃない。

 声だ。

 その声が、この街を強くする。

 俺は、その声を守る王でありたい」

 その声は、朝日を浴びて広場を照らした。


 人々の間に、少しずつ安堵の空気が広がった。

 子どもを抱えた母親が、涙を拭いながら微笑んだ。

 老職人が、焼け焦げた道具を抱えながらも、静かに頷いた。

 その一つひとつの声が、フィンの胸に刻まれていった。


 「ありがとう、王様」

 市民の中から、かすかな声が届いた。

 フィンは、その声に微笑みを返した。

 剣を抜かずに街を守る――その決意は、剣よりも確かにこの街を包み込んでいた。

朝日が街の瓦礫を照らす頃、語り庁の会議室には緊張した空気が満ちていた。

 和平案の最終確認と調印式が、ここで執り行われる。

 王都主導で進めるその内容は、ローザリア側にとって屈辱のはずだった。

 だが、それを飲ませることができたのは、剣を抜かずに街を守り抜くというフィン・グリムリーフの声だった。


 剣ではなく声で国を治める――その決意が、今日という日を作ったのだと、彼は強く思った。


 会議室の中央には、一枚の羊皮紙が置かれていた。

 そこには、戦後賠償や補償、文化・技術交流の推進、武器制限条約、語り庁の監視付きでの商業再開、そして裏切り者問題の再発防止条項まで、ぎっしりと書き込まれている。

 この街を守るための一文一文が、剣よりも鋭い覚悟を示していた。


 「王都の語り庁として、この案を正式に提示する」

 フィンの声は澄み渡り、会議室を支配した。

 「ローザリアには、市場再建費の一部負担を求める。

 さらに、街の安全を守るため、武器の持ち込みは一切禁じる。

 文化・技術交流は語り庁の監査下で行う。

 そして、この街の声を再び奪わせはしない」

 その言葉に、語り庁の仲間たちが深く頷いた。


 アデラスは深緑の外套の袖口を握りしめたまま、無言で羊皮紙を見つめている。

 その瞳には、敗北の色が浮かんでいた。

 「……承知した。

 和平のためならば、あなた方の条件を受け入れよう」

 その声は、どこか搾り出すようだった。


 フィンは剣を抜かず、その目でアデラスを真っ直ぐに見つめた。

 「剣で街を治めるならば簡単だ。

 だが、それではまた声を奪う国になる。

 俺はこの街を声で導くと決めた。

 たとえ遠回りでも、その道を選ぶ」

 その瞳には、揺るぎない決意があった。


 アデラスはゆっくりと羊皮紙に署名し、その筆を置いた。

 その瞬間、語り庁の代表者が同じく署名を行い、和平案が正式に結ばれた。


 会議室に微かな安堵の空気が漂った。

 だが、外の街ではまだ暴動の爪痕が残り、人々の不安が完全に消えたわけではなかった。


 フィンは仲間たちの顔を一人一人見渡した。

 ノーラの瞳は鋭く、それでいて温かかった。

 「王様、街の声を信じるその選択……私は好きよ」

 その声には、剣士としての覚悟と、王の声を信じる仲間としての誇りがあった。


 リナは剣を帯びたまま、しかし抜くことなく微笑んだ。

 「王様の声は、街の未来を繋ぐと思う。

 私も、その声を守るための剣になる」

 その言葉は、剣を収めた戦士の優しさだった。


 クラリスは書記官として、羊皮紙を丁寧に巻き取りながら口を開いた。

 「王様。

 和平案が結ばれても、街にはまだ不安が渦巻いています。

 でも、王様が剣を抜かずにここまで導いてくれたこと……市民は必ず見てくれています」

 その声は、塔の時代を超えた街の未来を信じる声だった。


 フィンは静かに息を吐いた。

 「ありがとう。

 俺は剣を抜かずに街を守ると決めた。

 たとえそれが遠回りでも、街の声を繋ぐ道だと信じてる」

 その声が、会議室の壁を越えて、街の隅々へと届く気がした。


 そのとき、会議室の扉が開き、一人の語り庁の役人が駆け込んできた。

 「王様!

 和平案の調印が市民たちに伝わりました。

 広場では、市民たちが語り庁を信じていいのかどうか、不安と安堵の声が入り混じっています」

 その報告は、街がまだ試されていることを示していた。


 フィンは真っ直ぐにその役人を見た。

 「分かった。

 俺は剣を抜かずに市民の声を受け止める。

 そして、この街を守る」

 その瞳には、戦場で剣を振るったとき以上の強さがあった。


 外の街路には、まだ暴動の焦げ跡が残っている。

 だが、その瓦礫の向こうには、新しい声が芽吹いていた。

 「王様、信じていいのか?」

 そんな声が、遠くから聞こえた気がした。


 フィンは剣を帯びたまま、しかしその剣を抜かずに歩み出した。

 「信じてくれ。

 この街を剣で縛らず、声で守る。

 それが、この街の王としての俺の戦いだ」

 その言葉は、夜明けの光と共に王都を包み込んだ。


 仲間たちが一歩ずつその後に続く。

 ノーラが笑い、リナが剣の柄を軽く叩き、クラリスが羊皮紙を胸に抱えた。

 そして、語り庁の仲間たちもまた、剣を抜かない覚悟を胸に刻んだ。


 その行列は、剣の時代から声の時代へと進む旗印のようだった。

 フィン・グリムリーフの背中に、街の声が重なるのを感じながら――。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 第56話では、フィンが剣を抜かずに街を守るという決意を胸に、仲間たちと共に和平案をまとめ上げ、市民の前でその覚悟を示しました。

 剣を抜かずに街を導く――その道は決して平坦ではありませんが、フィンの声と仲間たちの想いが街に新たな光を灯す姿を描けたと思います。

 次回からは、和平が結ばれた街で市民と語り庁の信頼が試される新たな日々が始まります。

 これからも、フィンと街の未来を一緒に見守っていただければ嬉しいです。

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