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54話:街の影、塔残党の牙

王都を覆う不安の夜。

フィンは塔残党の影と向き合いながら、語り庁の仲間たちと街を守る決意を新たにします。

剣だけではない戦い方を探し、王都の声を守るために走り続ける――。

そんな戦場変換の気配を感じさせる夜の物語です。

王都の朝は、曇天に包まれていた。

灰色の空が、街の喧騒を沈ませている。

市場の通りには商人たちの声が響くが、その声に混じって、不穏な噂がささやかれていた。

「また塔の残党が動いたらしいぞ。」

「いや、今度は語り庁を狙ってるって話だ。」

王都の片隅で生きる民衆は、恐怖と不安の狭間で息を潜めていた。


フィン・グリムリーフは、王城の執務室にいた。

窓の外を見つめる瞳は、戦場を思い出すように静かだった。

(あの副官が持っていた密書――塔残党はまだ動いている。)

外交交渉でローザリアとの関係を取り繕ったばかりだが、今度は王都そのものが標的にされようとしている。

(……あの頃のように、戦場を感じる。

この街もまた、戦場になりかねない。)

胸の奥で、あの力が微かに脈動する。

戦場変換。

あのスキルを意識するたび、剣を抜かなくても場を制する“静けさ”が自分を包む感覚があった。

(だが、今の俺は、あの頃の俺じゃない。)

小さな身体の奥に、民の声と仲間の想いを背負う王の責務があった。


「陛下。」

クラリスが書簡を抱えて部屋に入ってきた。

「王都の西門で、暴動未遂があったとの報告です。

塔残党の扇動らしきビラがばら撒かれたと……。」

フィンは目を伏せ、僅かに息を吐いた。

「テロ未遂事件、か。」

「はい。市民の間では、塔の時代を懐かしむ者も一部にいるようです。

“語り庁は無力だ”という噂が広がっていると。」

その言葉が胸を刺した。

(俺がまだ王として未熟だから、こういう隙を生んでしまったのかもしれない。)

思わず唇を噛み締める。


そのとき、執務室の扉が軽く叩かれた。

入ってきたのは、肩口に包帯を巻いたカレンだった。

「陛下……民衆集会の準備が整いました。」

その瞳は少し疲れて見えたが、強い意志が宿っていた。

「皆さん、陛下のお言葉を待っています。」

その言葉に、フィンは深く頷いた。

(民の声を拾い、導くのが王の責務だ。

俺は戦場で学んだはずだ。

仲間の声を聞き、共に立つことが一番の力になるって。)


「カレン、ありがとう。」

フィンは微笑むと、立ち上がった。

小さな身体に纏うのは、あの戦場で感じた“静けさ”の残響。

あの頃のように、仲間の恐怖を鎮め、戦場を制する力。

今度は、民の不安を鎮めるために使おう。

「語り庁が無力だなんて言わせない。

俺たちがどんな国を作るのか、民に語ろう。」

その声に、カレンの瞳が微かに潤んだ。

「はい。フィン陛下の語りなら、きっと民を支えられます。」


執務室を出ると、廊下の空気が少し張り詰めていた。

(この街が震えている。)

塔残党の影が、街の片隅で人々を不安にさせている。

だからこそ、語り庁の旗を掲げるのは今だ。

静かに息を整えると、胸の奥の戦場変換の気配が微かに広がった。

「行こう。」

その言葉は、仲間と民のために発せられたものだった。


王都の中央広場には、すでに多くの民衆が集まっていた。

子どもを抱いた母親、手を繋いだ夫婦、労働者、商人――。

その瞳は、国を率いる王の言葉を求めていた。

語り庁の旗がはためく中、フィンは壇上に立った。

(王という立場で、まだ何も証明できていない俺だ。

だけど――ここが戦場なら、俺は仲間を背負って立つだけだ。)


風が吹き、旗を揺らした。

そのとき、どこかで鐘の音が鳴った。

王都の声が、戦場のざわめきのように響き始める。

フィンは小さく息を吸い込むと、胸の奥であの静けさを感じた。

戦場変換――あの頃、剣を握りしめたときに感じた気配。

今も、戦場は剣の中だけにあるわけじゃない。

この場こそが、今の自分にとっての戦場だ。


「王都の皆さん!」

その声は、曇天を押しのけるように響いた。

壇上に立つフィンの小さな身体が、空気を変える。

仲間たちと、語り庁と、そして民の声を背負って。

「塔の時代は終わりました。

そして、この街を乱す影を、俺たちは許さない。

語り庁がある限り、皆さんの声を聞き続け、必ず未来を守ります!」

その声は、剣よりも鋭く、そしてあの戦場で培った静けさをまとっていた。


広場を埋め尽くす民衆の間に、微かな息を呑む気配が広がった。

その一瞬の静寂が、フィンの覚悟を証明してくれる。

(この街を守るために、俺は戦う。

剣ではなく、この声で――。)

王都の中央広場を覆う灰色の雲が、空気を重たくしていた。

フィン・グリムリーフは壇上から、集まった民衆の顔を見渡した。

子どもを抱えた母親、土埃をまとった労働者、年老いた行商人。

その瞳に映るのは、希望よりも不安の色だった。

(……塔の影がまだ消えていないんだな。)

胸の奥に、あの戦場で感じたあの感覚――静けさが、うっすらと漂っていた。

自分では制御しているつもりはない。

けれど、戦場に立ったとき、仲間の恐怖を鎮めるために自然とあの力は生まれていた。

今もまた、その力が自分を包み、場の空気をほんの少し落ち着かせていくのが分かる。

(これが、俺の中にあるものなんだな。)


「フィン陛下、語り庁は本当にこの街を守れるのですか!?」

人混みの中から、声が飛んだ。

年配の男の声だった。

その言葉に、周囲のざわめきが広がる。

「塔の頃のほうが治安は良かった!

剣があったからこそ盗賊も黙ったんだ!」

「語り庁なんて、ただの飾りじゃないのか!?」

声が声を呼び、あっという間に広場の空気はざわめきに満ちた。


フィンは小さな胸の奥で、わずかに息を吸い込んだ。

剣なら、一瞬で鎮められる。

でも、それじゃ何も変わらない。

だから俺は、語りで民と向き合うと決めたんだ。

(決めた……いや、選んだんじゃない。自然に、俺はここに立っている。)

あの戦場で仲間の声を守ったときのように、今度は民の声を守りたい。

静けさが場を包み始める。

民衆の怒号が、少しずつ小さくなった。


「皆さん。」

フィンは静かに、でもはっきりと声を出した。

「塔の時代、確かに剣は街を守っていた。

でも、その剣が時には、民の声を押し潰したこともあった。」

その声に、誰かがはっと息を呑むのが分かった。

「語り庁は、皆さんの声を聞くためにある。

剣で黙らせるんじゃなくて、声を交わしてこの街を作るんだ。」

小さな身体から放たれる声は、戦場で幾度となく仲間を支えたときと同じ響きだった。


群衆の中の年配の男が、拳を握りしめたまま俯いている。

その背中には、長い年月の疲れが滲んでいた。

(この人たちは、剣に頼らざるを得なかった時代を生きてきたんだ。)

剣のない街を信じきれないのも無理はない。

でもだからこそ、俺が示すしかない。


「俺は、フィン・グリムリーフ。

語り庁の長であり、この国の王だ。

まだ未熟で、皆さんに不安ばかり与えてしまっているかもしれない。

だけど、俺は……俺たちは、皆さんの声を決して無駄にしない。」

自分の声が、民衆の不安に届くように祈る。

(頼りない王かもしれない。

でも、あの戦場で仲間と一緒に立ったように、今度はこの街で皆と一緒に立ちたいんだ。)


そのとき、母親に手を引かれた小さな子どもが、フィンをじっと見つめていた。

その瞳に映る自分が、どんな王であるのか。

(答えを出すのは、これからだ。)

あの戦場で無意識に放っていた“静けさ”が、この広場をも包んでいく。

言葉が剣のように鋭くなくても、人の心に届く力があると信じた。


「塔残党は、街を乱すために動いている。

でも、俺たちは必ず見つけ出し、二度とこの街を乱させない。

皆さんと一緒に、戦う。」

その声に、群衆の中からかすかな息を吐く音が聞こえた。

一瞬の沈黙が、広場を包んだ。

その空気を変えたのは、剣ではない。

フィンの声だった。

(これが……今の俺の戦い方なんだな。)

剣を抜かずとも、場を支配するあの力。

あの頃と同じ“静けさ”が、この広場をそっと覆っていく。


「皆さんの声が、俺の力になる。

だから、どうか信じてほしい。」

そう言い終わったとき、広場の空気は、少しだけ柔らかくなった気がした。

年配の男がそっと拳を下ろし、ため息をついた。

その隣の母親が子どもを抱きしめ、微かに涙を浮かべていた。

それを見たフィンは、小さく頷いた。


(まだ俺は王として未熟だ。

でも、皆と一緒なら、この街を守れる。

この声で、未来を繋げるんだ。)


その胸の奥で、無意識に漂う静けさが、戦場ではないこの街の声を包み込み続けていた。

王都の広場を包んでいた喧騒が、少しずつ落ち着きを取り戻していった。

けれど、街の空気にはまだ、不安が漂っていた。


市民たちは家路につき、商人たちは店を閉める支度を始めている。

子どもを連れた母親は、周囲を気にしながら歩みを早めていた。


その不安は、語り庁の人々にも伝わっていた。

集会を終えたフィンのもとに、カレンが駆け寄ってきた。


「陛下、お疲れ様です。」

包帯を巻いた肩が痛々しかったが、彼女の瞳には強い光があった。


フィンは短く頷き、広場を見渡した。

その時、別の役人が小走りで近づく。


「陛下、失礼します!」

息を切らしながら報告が入る。


「先ほど拘束した副官の荷物から、塔残党との繋がりを示す書簡が出てきました。」

その場の空気が、一瞬で張り詰めた。


フィンは息を呑む。

「間違いないのか。」


「はい。

暗号めいた言葉で“王都を混乱させ、民衆を扇動せよ”とありました。」


カレンが、悔しそうに唇を噛んだ。

「ローザリアの副官だけじゃないはずです。

街のあちこちに塔残党が潜んでいるはず。」


語り庁の役人たちも、顔を曇らせる。

塔が砕かれても、街にはまだその影が潜んでいた。


フィンは空を見上げた。

灰色の雲が、王都を覆っている。


「語り庁の警戒網を広げよう。」

声は落ち着いていたが、どこか戦場を感じさせた。


「街の門や市場、そしてローザリア特使団の周辺も重点的に見張る。

塔残党の影を必ず追い詰める。」


その言葉に、周囲の人々が動き出す。

カレンがフィンの隣に立ち、声を落とした。


「陛下……この街の未来は、剣だけじゃ守れないと思います。

でも、剣が必要になるときもある気がします。」


フィンは曇天を見据えた。

「……ああ、分かってる。」


今はまだ剣を抜かず、民の声を守るときだ。

けれど、剣を振るう覚悟は、決して捨てていない。


「カレン。」

フィンは真っすぐに彼女を見た。


「語り庁の者たちに伝えてくれ。

“塔残党の影が迫っている。

でも、俺たちは屈しない。

街の声を必ず守り抜く”と。」


カレンは力強く頷き、胸に手を当てた。

その瞳には、あの戦場を共に戦った仲間の誇りが灯っていた。


雲の切れ間から、一筋の光が差し込む。

その光が、フィンの背を押すように揺れていた。


街の影はまだ深い。

だが、語り庁と仲間がいる限り、この街は負けない。


フィンは静かに拳を握る。

「剣だけじゃない。

声と仲間の絆がある限り、この街は絶対に守れる。」


その決意が、王都の空気を少しだけ軽くした。

王都の街に、夜の帳が下り始めていた。

曇天の隙間からのぞく月の光が、石畳をかすかに照らしている。

その静けさの中に、誰もが薄暗い影を感じ取っていた。


フィンは語り庁の会議室で、地図の上に視線を落としていた。

王都の主要な門、商人街、王城周辺。

塔残党が潜んでいそうな場所には、印がいくつもつけられていた。


「この街で何が起ころうとしてるんだ……。」


小さくつぶやく。

目を閉じると、あの戦場の匂いが蘇る。

剣の時代の記憶。

でも今は剣を振るうだけが戦いじゃない。


扉の向こうから足音が近づく。

カレンが書簡を抱えて入ってきた。


「陛下、報告です。

南門近くの市場で、塔残党の動きがあったとのこと。

さらに西門でも、不審者の目撃情報が増えています。」


フィンの眉がわずかに動く。


「同時に動き出したか……。」


塔残党の狙いは明らかだ。

街を混乱させ、民の不安を煽ること。

その上で、語り庁の信頼を失墜させようとしている。


「語り庁の役人たちには、すでに配置を伝えています。

ただ、市場の混乱が広がる前に手を打たないと……。」


カレンの声がわずかに震えていた。

それでも、その瞳は真っすぐだった。

(この街を守る。

剣じゃなくても、俺は必ず守る。)


フィンは決意を込めて地図に指を置く。


「カレン、王都の警備を強化する。

特に市場と西門周辺は、語り庁と衛兵隊の連携で見張りを強めよう。」


「はい!」


「それから……。」

フィンの声が一瞬だけ小さくなる。

だが、すぐに力を取り戻した。


「街の声を、必ず守る。

塔残党には二度と好き勝手はさせない。」


胸の奥に、あの“静けさ”がじわりと広がる。

戦場で仲間の恐怖を鎮めたあの力。

今度は街の不安を包み込むために。


「この街の声がある限り、俺は絶対に負けない。」


曇天の向こう、月明かりがかすかに射した。

その光が、フィンの背を照らしていた。


街の戦いは、まだ終わらない。

でも、フィンは前を向いて歩き続ける。

仲間と、民の声とともに。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

このパートでは、塔残党の動きが街のあちこちで見え始める中、フィンが語り庁と共に街を守るために動き出す姿を描きました。

王としてまだ未熟な彼が、それでも一歩ずつ前へ進む決意を胸に抱く姿を、これからも見守っていただけると嬉しいです。

次回もどうぞお楽しみに!

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