27話:語りを断つ者たち(前編)
“語る力”が通じない敵が現れたら?
今まで語りで救い、繋いできたフィンにとって、言葉すら届かない存在との戦いは未知でした。
第27話では、初の《戦場変換フィールド・ドミネーション》を本格展開。
仲間たちの覚悟と共に、フィンが“語りによる支配”を超えた“戦場の王”としての姿を見せる回です。
剣が語り、風が証を刻む。
“語られぬ兵”との死闘が、彼に新たな境地を切り拓きます。
王都が見える――はずだった。
この道は、地方都市アレンから王都リュミエールへと繋がる、比較的安全な街道。
春の息吹に包まれ、旅の緊張がようやく緩み始めた矢先だった。
フィン・グリムリーフの足が、ふと止まる。
それは偶然ではなかった。
――いや、“風”が彼に告げたのだ。
空気が、張り詰めていた。
さっきまで揺れていた枝葉が、微動だにしない。
鳥の声が消え、虫の羽音もない。
まるで時間だけが、切り取られたように静まり返っていた。
「……来てる」
すぐにノーラが動いた。
彼女は地を蹴って草むらへ入り、風のように低く身をかがめる。
短剣が、陽光を受けてきらめいた。
その目は、敵の数と距離を一瞬で見極める殺気に満ちている。
「……最低でも十。うち三人は、“目じゃ追えない”」
「戦闘訓練じゃないってわけか」
リナがつぶやき、剣の柄に手をかける。
「いや、これは“戦場”だ。命のやり取りのために訓練された――本物だ」
木々の間から、黒衣の一団が現れる。
顔を隠した仮面の兵たち。
体格も姿勢も揃っており、歩幅まで寸分違わない。
統率ではない。
“感情を削り落とした先にある無機質な均一性”――それが彼らの歩みだった。
肩に刻まれた鋼鉄の紋章を見た瞬間、フィンは息をのんだ。
「黒鉄の猟兵団……!」
かつて複数の辺境国を滅ぼしながらも、歴史に名を刻ませなかった存在。
契約のもとに動き、名を語られず、報告も記録も許さない。
それが、《語られざる傭兵》――黒鉄の猟兵団だ。
「語られない、じゃない。語らせない、連中だよ」
ノーラが吐き捨てる。
「何人殺しても、名前も残らない。遺族も叫べない。
そんな奴らが、堂々と街道に立ってるってことは……」
「“俺たち”を消す気だ」
フィンが静かに《風薙》の柄に手を添えた。
微かに、空気がざわめく。
風が彼の周囲に集まり、剣に宿った“意思”が反応する。
まるで、この場が“戦場”として認定されたように。
だが、敵は何も言わない。
質問にも名乗りにも、応じない。
ただ、じりじりと距離を詰め――やがて、先頭の仮面の男が、ゆっくりと右手を上げた。
その瞬間だった。
“風”が悲鳴を上げた。
次の瞬間、背後の木々が音もなく崩れた。
剣を抜いたわけでも、魔法陣を描いたわけでもない。
――空間ごと、切断されたように。
「今の……何!?」
リナが剣を抜いて叫ぶ。
ノーラも一歩、後ずさった。
フィンは静かに、剣を抜く。
《風薙》が風を纏い、刀身にかすかな震えが走る。
彼は確信していた。これは“語り”では届かない相手だと。
「語ることで救えない命もある。
なら今は――剣で、語るしかない」
風がうねり、地が脈動した。
剣を構えたフィンの周囲に、風の軌跡が舞い始める。
ノーラがその隣で、身構えたまま言う。
「行くわよ。あたしが先に斬る。……連携、お願い」
「任せろ。動きに合わせて“風”を刻む」
敵は動かない。
ただ待っている。
殺すべき瞬間を、静かに、完璧に見極めながら。
だが、こちらが“先に動く”。
それが、生き残るための唯一の選択だった。
ノーラの足が、地を裂く勢いで踏み出された。
風が吹き返し、草が散り――
戦いの、幕が上がった。
風が止まった。
その瞬間、ノーラの体が疾風のように駆けた。
音もなく、影すら置き去りに――彼女は敵の前へと迫る。
仮面の兵士たちはまだ動かない。
だがノーラは知っていた。こういう奴らほど、“動く瞬間”が最も速い。
(一太刀目で決める!)
彼女の双刃が十字に閃いた。
肩から喉元、そして反対の脇へと交差する殺しの軌跡。
速さだけで相手の意識を刈り取る――暗殺者として磨かれた鋼の連撃。
しかし。
仮面の兵は、寸前で体を滑らせるようにかわした。
まるで“予知していた”かのように。
「っ、速――」
直後、ノーラの背後にもう一人の兵が現れた。
斜め上から叩き込まれる蹴り。
ノーラはそれをギリギリで見切り、空中で体をひねって着地する。
だが、一瞬の遅れが命取りだった。
「クッ……!」
彼女の脇腹を、仮面の兵の拳がかすめた。
重い。
ただの拳なのに、衝撃が“体の内側”を揺さぶる。
肺が圧迫され、視界が一瞬にして白く染まる。
地面に転がる前に、風が割れた。
「――《風詠・連奏斬》!」
フィンの剣閃が、敵の一人を吹き飛ばした。
音を置き去りにする斬撃。
風が圧縮され、軌道に沿って空気が震える。
仮面の兵は木に叩きつけられたが、すぐに立ち上がる。
骨が折れていても、反応が鈍らない。
「動きが……止まらない……っ」
「命令が“殺せ”だけなら、壊れるまで動くんだよ」
フィンはノーラの前に立ち、剣を構え直す。
その目は、すでに“剣士”のそれだった。
語り手ではない。
守るべきものがある戦士としての眼差し。
一方、リナも三人を相手にしていた。
だがその足元は血に濡れている。
膝に切り傷、肩に打撃痕。
必死に防いでいるが、敵の連携と“感情のなさ”が、戦意を削っていた。
「こっちも、限界近いよ、フィン……!」
フィンは静かに、深く息を吐いた。
そして一歩、踏み出す。
その一歩で、空気が変わる。
風が逆流する。
草が逆巻き、地が震える。
まるで世界が反転したかのように、空間が歪む。
「この場は、もう“戦場”じゃない。
――俺の“語り”で定義する、《支配空間》だ」
彼が剣を突き立てると、足元に紋章が浮かび上がる。
それはかつて、廃墟の遺跡で見た“龍の記憶紋”と酷似していた。
語られた歴史、戦いの痛み、命の記録――そのすべてを再構築する場。
「――《戦場変換フィールド・ドミネーション》」
風が、吼えた。
地が、鳴いた。
世界が、沈黙した。
敵も味方も、その場に立った瞬間、自分が“何か異質な空間”にいると直感した。
そこは、言葉すら重くなるほどの風圧が漂う異空。
記憶が空気に溶け、剣が語り、意志が空間に刻まれる。
ノーラが、目を見開いた。
「……これが、あんたの“本当の戦場”……!」
だが、黒鉄の猟兵団の一人が、フィンに向かって走った。
空間の異常さにも動じない。
そのまま、突進――いや、“跳躍”する。
フィンは剣を横に構え、静かに言った。
「この場に、君の“命令”は通じない」
風が、爆ぜた。
剣を振るわずして、兵の体が弾かれ、空中で体勢を崩す。
それは、攻撃ではない。“拒絶”だった。
この空間において、語られない存在は、存在そのものを否定される。
「語られなかった兵士よ。
お前の戦いは、ここでは“記録されない”。
だから、存在できない」
その言葉と共に、兵士の体が、崩れるように地面に沈んだ。
剣が語る。
風が記録する。
この“ドミネーション”は、語りと記憶の支配領域。
そして今、それを操るのは――
“静けさを連れてきた、小さな戦場王”。
世界が、風に沈んだ。
フィン・グリムリーフの足元から放たれた《戦場変換フィールド・ドミネーション》は、空間を塗り替えた。
風の気配が広がり、地面を滑るように流れてゆく。
草が逆巻き、木々の葉が“沈む”ように舞い、音が――遅れる。
これはただのフィールドではない。
この空間にいるすべての存在に“フィンの記憶と語り”が重ねられ、**「語られる者しか存在できない」**という支配が働く。
ノーラが一歩前に出る。
空気が、軽くなった。
彼女はこの場に“語られている存在”――“語られる価値のある者”として、空間に受け入れられているのだ。
「へぇ……これはいい。
軽い。全部が、あたしの動きを肯定してるみたい」
風の加護を受けるノーラは、まるで空を跳ぶように敵へと踏み出した。
仮面の兵が応じる。
だが、今までのようにはいかない。
彼らは“語られない存在”であるがゆえに、この場では“反応速度そのもの”が鈍っていた。
ノーラの短剣が、音を置き去りにしながら咽喉元へと走る。
一撃。
二撃。
三撃目で、仮面が割れる。
中から現れたのは、年齢不詳の男の顔。無表情で、瞳には光も怒りもない。
ノーラはため息のように呟いた。
「“人形”じゃない。だけど……人間でもない。
語る意思も、語られる意味も持ってない。
こんな奴らに、誰かが“語る価値”を奪われていいわけない」
四撃目が喉を切り裂き、男は地面に崩れ落ちる。
ようやく血が流れる。
遅れて、命がこぼれる。
しかし、誰もそれを悼まない。
彼の“人生”は語られていなかったのだから。
一方――リナもまた、空間の変化を感じていた。
今まで重かった体が、嘘のように軽い。
剣の軌道が、かつてなく鋭く冴えていた。
「……これが、フィンの“支配”……!」
剣が煌めき、敵の槍を弾く。
踏み込みながら腰を落とし、盾持ちの兵の懐に潜る。
「この剣は、私の決意だ! 退かない!」
渾身の一太刀が、仮面の兵を地に伏せさせる。
剣の軌道に風がまとわりつき、“語る剣”としてその軌跡を焼き付けていた。
そして中心に立つフィン。
《風薙》を構え、空間のすべてを感じ取る。
この空間において、語られる者は強くなる。
想いを抱く者は加速する。
命を想う剣は――“斬れる”。
仮面の兵の一団が一斉にフィンへと殺到する。
五人。
斜め、後方、真上、全方位からの同時突撃。
だが――それを超える速度で、風が“応える”。
「――《風語・響断》!」
地を裂く一閃。
風が斬撃と化し、五人をまとめて空中に巻き上げる。
その刹那、空気が震え、爆ぜる――
五人の兵が、吹き飛ぶ。
そのまま動かない。
仮面が剥がれ、顔に苦悶の表情が浮かぶ。
だが、声はない。
「“語り”を拒む者が、俺たちを断つなら――
俺はその“語られなさ”ごと、斬り裂いてやる!」
空気が振動し、ドミネーションが拡張される。
この場はすでに、フィンの意志で塗り替えられた小世界。
記憶と、語りと、命の証が循環する空間。
――そして。
その“循環”の中から、浮かび上がるように現れたものがある。
それは、空に揺らめくように出現した、淡い光の龍――
「……記憶の龍」
風の加護と、語りの記録。
ドミネーションが極限まで展開されたその果てで、“フィンの語り”に応じて現れた記憶の守護者。
リナとノーラが、圧倒されるように立ち止まった。
それはもはや、戦士の戦いではなかった。
語りが世界を染め、命が“語られた存在”として顕現する瞬間だった。
記憶の龍は、鳴かない。
ただ風を纏い、頭上を旋回する。
フィンは剣を掲げ、叫ぶ。
「この空間にいる限り、語られぬ者に“未来”はない!」
彼の言葉に応じるように、龍が身を翻す。
その一振りが、空気を切り裂く。
仮面の兵たちが、恐怖に背を向けた――その瞬間だった。
「――《風印・王名ノ一閃》!」
フィンの一撃と、龍の尾が重なる。
空間が光に包まれ、仮面の兵たちは音もなく倒れた。
風が収まり、空が戻る。
静寂。
そして、ひとつの戦場が――終わった。
風が、消えた。
《戦場変換フィールド・ドミネーション》は、ゆっくりと収束していく。
風薙の刀身に宿っていた気流が静まり、草木はようやく本来の呼吸を取り戻した。
さきほどまで“別の世界”にいたかのような空間が、現実に引き戻される。
「……終わったのか?」
リナが、肩で息をしながら剣を地面に突き立てた。
「いや、終わらせたんだよ」
フィンはゆっくりと風薙を鞘に納めた。
戦いの跡は、無惨だった。
草地には仮面の兵たちの身体が転がっている。
だが、どれも表情がない。
人間の顔をしていても、“魂の刻まれていない面”のようだった。
「生きてる奴、いないのか?」
ノーラが一人ひとりを確認するように見てまわる。
返事はない。
息をしている者すら見つからない。
「死んでるけど……それだけじゃない」
ノーラの声に、フィンは顔を上げた。
「“記憶”が……ない」
「記憶が、ない……?」
仮面を剥がした男の瞳孔は開ききっていた。
だが、死の直前に刻まれるはずの“最期の記憶”が――まったく感じ取れない。
語り手であるフィンには、それが“おかしい”とわかる。
「この空間に来る前から、語られることを拒否していたわけじゃない。
でも、倒したあとに語ろうとしても……何も出てこない。まるで“初めから存在しなかった”みたいに」
リナが眉をひそめる。
「そんな……でも、戦ってたじゃん、あいつら」
「うん。でも、その記憶すら、存在が消えたら一緒に消されるように……仕組まれてたのかもしれない」
「そんなの、あるわけ……」
だが、ノーラがぽつりとつぶやく。
「……“人間兵器計画”って、聞いたことある」
フィンとリナが、視線を向ける。
「何それ」
「昔、ある小国がやってたって話。
記憶や感情を消して、“命令だけで動く兵”を作る計画。
でも失敗して、実現できなかったはずなんだけど――」
「それが、形を変えて生きてたってことか……」
風がまた、ざわめいた。
ドミネーションの名残が、空気の隅にまだ残っている。
フィンはそれに意識を向けると――そこに、一つの“声”を感じた。
それは誰かの断末魔ではなかった。
命を失い、記憶を奪われてもなお、わずかに“残った意志”だった。
フィンはそっと風薙の柄に触れ、目を閉じた。
「……“語られなかった兵士”が、一人だけ――何かを託そうとしてる」
ノーラとリナが見守る中、フィンは剣を地に突き立て、低く語りかける。
「――忘れさせない。
お前が、誰かの命を奪ったとしても。
誰かに奪われたとしても。
その痛みは、俺が語る」
風が集まり、静かに空間を撫でるように抜けていった。
まるで、その兵士の最期の息が、ようやく“語られた”ことで満たされたかのように。
そして、フィンは言う。
「やっぱり、“語り”は――ただの救いじゃない。
これは、戦うための力なんだ。
俺が語らない限り、誰かの人生が“なかったこと”にされるなら……」
彼は、風薙を握り直す。
「語るよ。命を、生きた証を、誰も見ていなかったとしても。
“忘れたくない”って気持ちがある限り――それが、語りの原点なんだ」
リナは静かに頷いた。
ノーラはそれを聞きながら、ふっと鼻で笑った。
「……あんた、ほんとめんどくさい奴だね」
「でも……嫌いじゃない」
陽が傾きはじめていた。
風はやさしく、草を揺らす。
語られなかった命を拾い、
語られることで救われる何かが、
ようやくこの場所に、確かに刻まれたのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
今話は、ついホビの中でも初の大規模戦闘回でした。
戦場王としての力、その真髄を少しでも感じていただけたなら嬉しいです。
次回、物語はいよいよ“語りの限界”と向き合う展開へ。
言葉が届かない“本当の絶望”に、フィンはどう立ち向かうのか――
ぜひ次回も、お付き合いください!




